YOASOBIやAdoなどの新世代アーティストが台頭しヒットチャートを席巻しているのはなぜか──。エンタメ社会学者の中山淳雄氏の最新刊『 クリエイターワンダーランド 』から一部を抜粋・再構成する。第1回は、アニメ【推しの子】のオープニング楽曲『アイドル』の大ヒットを生んだ「歌ってみた」「踊ってみた」という「ファンの参加行動」と、その原点である「初音ミク」と「ニコニコ動画」の化学反応を解き明かす。(文中敬称略)
天井知らずに伸び続けたフォロワー数
『【推しの子】』というアニメのオープニング楽曲をYOASOBIが歌った『アイドル』が、世界を席巻するヒットとなった。Billboard Global Excl.US(米国を除いたグローバルランキング)で日本楽曲として初の総合1位を獲得し、アニメ配信期間の前後あわせての4か月間、米国を除く全世界でヒットチャート1位を続けていた。さらにアップルミュージックの「2023年トップソング100:Sing」で世界1位、グーグルの2023年検索ランキングでは「Songs」カテゴリーで世界1位になった。もちろん日本国内での人気もすさまじく、2023年の音楽チャートを総なめして、タイトル77冠を獲得したのである(THE FIRST TIMES「YOASOBI、2023年年間タイトル77冠を獲得! 2タイトルで全世界1位に」)。
この快挙の経緯と背景を見ていくと、そこにはエンタメにおける新世代の台頭、彼らの創作活動の特徴、その人気沸騰を演出するファンのエンタメ受容行動など、従来のヒットの法則とはまるで違うメカニズムが働いていることがわかる。
まずは【推しの子】について振り返ってみよう。原作となるマンガは2020年4月から『週刊ヤングジャンプ』で連載されてきた。原作者は赤坂アカ、作画は横槍メンゴである。
そのマンガに注目してアニメ化を主導したのは、連載していた集英社ではなく、ライバル出版社のKADOKAWAである。【推しの子】のアニメは2023年4~6月にTOKYO MXなどで放送された。公式ツイッターのフォロワー数は、アニメでよくありがちの「4月スタート時点が頂点」ということはなかった。3月末19万⇒4月末44万⇒5月末58万⇒6月末67万と伸び続けた。
驚くべきはユーチューブチャンネルの登録者数の伸び方で、並みいる人気アニメが1万もいかずに苦労しているところ、3月末7万⇒4月末23万⇒5月末35万⇒6月末53万と、3カ月間天井知らずに伸び続けた。ユーチューブチャンネルの月間動画再生回数は、4月2800万回⇒5月3000万回⇒6月6200万回⇒7月7500万回とアニメ終了後も上がり続けた(図表1)。
原作を取り巻いた愛あふれる連作
なぜこれほどバズったのか。第1の理由が主題歌『アイドル』である。YOASOBIで作詞・作曲を担当するAyaseは、原作をダイナミックに“解釈”した。メロディ・テンポ・リズムなどの斬新性は音楽専門家の意見に任せたいところだが、アイドルであったアイのウソや秘密が暴かれる中で、虚実ないまぜの芸能界での処世術を学んでいく世界観が存分に凝縮された作詞とメロディは、マンガを知る視聴者にすら驚きを与えた。楽曲でスポットがあたっているのは、第1巻ですでに故人となっているアイという母親なのだ。アイにとらわれ続ける人々の心理が、存分に表れた楽曲であった。
【推しの子】の作画を担当した横槍メンゴが試写会後(テレビアニメ第1話は90分と通常の3倍の長さで制作され、放映開始の4か月前に先行劇場上映された)の2023年3月17 日、ツイートでこうつぶやく。「なんかもちろん…すべてが超絶クオリティで、それに圧倒される気持ちもあるんですけど、何より私が泣いちゃったのってすごい『愛』が溢れた仕上がりだったからで…『愛』なんですよこの映画 とても愛なので ぜひ…よろしくお願いします」。
マンガを描き上げた本人が、マンガから生まれていったアニメや声優・楽曲など“連作クリエイター”たちの愛あふれる連携に、感動し、泣いている。作品が作者本人のみならず、関係者や連作クリエイター、そこに二次作品を派生させるファンまでも含めて「愛をもって運ばれていく」状態は、10年前にはあまり見られなかった現象だ。
作者本人の感動がてらいもなく表現され、その表現がさらに多くの表現を生み出すことも含めて、新しいテクノロジーが運んだ結果でもある。そう、つまり【推しの子】と『アイドル』のヒットには第2の理由、「連作クリエイターの動きを触発した」ことが大きく効いている。
二次創作することにてらいがない
Ayaseも横槍もメジャーステージでの活躍の10年以上前から、アマチュアとしてネットで様々な作品を発表し、パロディやオマージュあふれる連作を披露してきた。AyaseはボカロP(ボーカロイドプロデューサー、後述)出身で、「自分の声」を使わずに「歌」を披露してきたクリエイターである。横槍メンゴも以前は「ヨリ」という名前でボカロPの楽曲につけあわせるイラストを描いていた。
Ayaseや米津玄師に代表されるボカロP、MV(ミュージックビデオ)やキャラクターに絵をつけるpixiv絵師たちは、“連作”のプロフェッショナルだ。誰かの作品にインスパイアされて、それをもとにして二次創作することにてらいがない。ツイッター(X)でためらいもなく推しのアーティストを公言し、体験してきたライブや映像の感想を述べる。
プロのアーティスト・作家が、お金にならないプラットフォームでシコシコと他の有名作品のファンアートを描くようなことが、数十年前はありえただろうか? 少なくともプロとして名前を出すなら、所属事務所がケアをしながら偽名で運用し、プロとしての自分とユーザーとしての自分を切り分けるのが当然ではなかっただろうか。
1000人の連作がさらに1億人に届く
『アイドル』はオリジナルのミュージックビデオ1本が2023年4月だけで1億回以上再生されている。だが、そのまわりで約1000人のクリエイターが二次創作として「歌ってみた」「踊ってみた」の動画を作成し、さらに1億回以上の視聴を積み増したのだ(図表2、こちら徒然研究室(仮称))。つまり“本体”が1億人に届く間に、“連作”として1000人のクリエイターが援用し、平均10万人ずつがその連作を見ることで、2倍の広がりを見せた、ということになる。
連作した1000人の全員が【推しの子】や『アイドル』に傾倒し、善意で持ち上げているというわけではない。人によってはバズっている流れに乗って自らのチャンネルへの誘導数を引き上げようという打算も働くし、ネタがないから自分もその連作で連載動画の本数を上げているといった事例も少なくはない。だが動機がいかなるものであれ、原作に強く心惹かれるファンがその連作のクオリティを認めれば、二次創作で10万人がみるヒット動画になる。“本作”をより深く味わうために、ファンは“連作”の数多くのアレンジを視聴し続ける。
これは2010年代後半以降のアップロードカルチャーがくみ上げた「新しいヒットの法則」である。「歌ってみた」「踊ってみた」という「ファンの参加行動」は、もはやヒット作品にとって切り離すことのできない要素になった。
初音ミクから始まった新しい創作文化
ボカロPや絵師のほかにも、歌い手、Vチューバー、ライブ配信者、ウェブ発ラノベ作家、ウェブイラストレーター、切り抜き師、弾幕師、動画職人などが2020年代になって脚光を浴び、クリエイターの百花繚乱バブルが起こっている。彼らの出自を辿ると、その多くは1点を起源としている。2006年から始まるニコ動というアンダーグラウンドな動画発表ステージと、「初音ミク」をはじめとするボカロのようなDTMテクノロジーである。
連作クリエイターの歴史は「初音ミク」から始まったといっても過言ではないだろう。
初音ミクとは、アニメやマンガなどのキャラクターではなく、コンピューターに自身の作った楽曲を歌わせるソフトウェアのことであり、その楽曲を歌うソフトウェア上のキャラクターが有名になったものである。これを作ったのは北海道大学の職員だった伊藤博之が1995年に立ち上げた音楽ソフトウェア販売代理会社、クリプトン・フューチャー・メディア(CFM)である。
シンセサイザーなどコンピューターで音楽を生み出す技術は1950年代から存在していたが、それが市場を形成してくるのは1980~90年代に入ってDTM(デスクトップミュージック)という言葉が生まれてからの話だ。技術進歩とともに「ピアノ」や「ギター」などの音がソフトウェア化していく中、「声」がPCに取り込める「楽器」になったのは、2003年にヤマハが開発した「VOCALOID(通称ボカロ)」のおかげであった。1万〜2万円のソフト1本を購入して曲と詩をPCで打ち込めば、吹き込まれた声が歌い上げてくれる画期的なソフトであった。
このボカロソフトに「キャラ」をつけて売り出したのがCFMだが、初音ミクがその第1号ではない。日本初のキャラ設定付ソフト『MEIKO(メイコ)』が2004年に売り出されており、通常の音楽合成ソフトのヒット作基準である1000本の3倍も売れている。だが2作目の男性ボイス『KAITO(カイト)』は低迷した。社員や知人に手描きでキャラをつけてもらったようなものでは売れない、というのが当時の判断であった。
そこで2007年に出す3作目は「声優」という新しいジャンルを取り入れ、オーディションで選んだタレントの声を使い、キャラクターデザインはプロのデザイナーに依頼するという本格的なものになった。有名絵師KEIがデザインしたのは、1983年に世界初のFM音源シンセサイザーとして歴史を塗り変えたヤマハの「DX7」というDTMマシンをモチーフにしたもので、メカとSFと萌えを組み合わせた斬新なものだった。これが現在の「初音ミク」である。約半年で3万本というDTM界の大ヒット作となった。
ニコ動との共振で「女神」に
とはいえ、まだこの時点では3万人の楽曲製作ユーザーが生まれたに過ぎない。歴史がほほ笑むのは、大抵の場合、単数ではなく複数の発明品が化学反応を起こす瞬間だ。
初音ミク誕生の半年前、もう売り終わっていたはずのMEIKOがポツポツ売れだしていた。普通は起こらない現象に、CFMも「一体何が起きたのか?」と驚いていたが、どうやら2006年12月に東京のドワンゴという会社が動画配信サービスを始め、それが効いているらしいということが数か月後に判明する。ニコニコ動画(ニコ動)である。
ユーチューブ動画を勝手に流用するところから始まったニコ動では、この時期はレミオロメン『粉雪』の合唱や『テニスの王子様』2.5次元ミュージカルなどに勝手に字幕を付けた動画が配信されバズっていたが、今の定義でいえば違法である。
2007年2月にはユーチューブから動画転送をカットされ、わずか3か月でサービス終了かと思ったが、ドワンゴのエンジニアたちの神業によって、たった9日で自前の動画投稿サイトの再立ち上げに成功する。その後も爪に火をともすかのごとく生存ギリギリのライン上にあり、何度も「ニコ動終わったな」と嘲笑を受け続けていた。
そんなニコ動にとって、初音ミクはまさに“女神”のような存在だった。月525円の有料会員が数千人しかいなかった赤字サービスが、2007年8月末の初音ミク登場とともに会員が急増。2007年末には16万人にまで増える。初音ミクの3万人のソフト購入ユーザーにとっても、このニコ動がなければ発表の場がなかったわけであり、2つのどちらが欠けていてもイノベーションは成立しなかっただろう。東京と北海道、着メロの会社とDTMの会社、全く関係のない場所で異なる産業から立ち上がった2つのサービスが、奇跡的な化学反応をみせた瞬間である。その後のニコ動は2015年にKADOKAWAと経営統合するころまで10年にわたって成長を続け、ピークには有料登録者が約250万人に達した(図表3)。
「ボカロP」と「歌い手」の誕生と台頭
この化学反応は、新世代の音楽クリエイターを生み出す。8月31日の初音ミク発売から1週間もたたずに、いわゆる“2ちゃん民”と言われるネットユーザーの中でミームが起こる。
『初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた』がアップされたのは9月4日。1週間で1万本、半年間で3万本。これがお金にもならない中で初音ミクを使ってニコ動にアップされた音楽作品の数である。iKa_mo(鶴田加茂)の「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」(9月20日)」は1週間で50万回再生され、ryo (supercell)の「初音ミク が オリジナル曲を歌ってくれたよ「メルト」』(12月7日)など“ボカロ曲”のヒット作が生まれてくる。彼らはのちに「ボカロP」と呼ばれるようになる。
ボカロは、米津玄師(ボカロ名:ハチ)やYOASOBIのAyaseなど様々なアーティストを生み出すプラットフォームとなった。
匿名性は伝播する。ボカロPとして顔も名前も隠して作詞作曲で生きる職人たちが生まれると、今度は顔と名前を隠して声だけで勝負をする「歌い手」が生まれてくる。ボカロの歌を自分の声でカバーして「歌ってみた動画」をニコ動やユーチューブなどに投稿する人たちの登場である。そらる、96猫、Eve、Adoといった歌い手は、純粋な歌唱力のみで取り上げられ、2010年代半ばにメジャーレーベルとの契約が成立した。ニコ動が生んだシンガーである。
2011年の東日本大震災後にツイッターが普及すると、歌い手を応援するフォロワーの輪が広がって、一大ファンベースとなっていく。果ては歌という“芸”すらなく、ただひたすらに雑談をしたり、エンタメ的な漫談・雑談を繰り広げるVチューバーが現れてくる。
中高年世代がボカロPや歌い手、Vチューバーに親しみを持つようになったのは、ごく最近になってからの話だろう。2018年末に米津玄師が紅白歌合戦に出て以降、2020年にYOASOBI、2021年にまふまふが登場する。まふまふは紅白にもかかわらず、自作楽曲ではなく「命に嫌われている」というカバー曲を歌っている。この楽曲の原作者のカンザキイオリもまた、ボカロPである。2022年にはAdoが扮する劇場版アニメ『ONE PIECE FILM RED』の「Uta」が紅白に登場し、伝統あるこの番組の歴史で初めて「人間ではないキャラクター」が歌った。2023年にはすとぷりも初出場した。
彼らはニコ動からユーチューブへプラットフォームを移しながら、2015〜16年ごろから配信を開始し、2018~19年に米津ブームに乗って登録者数を増やし始めている(図表4)。この時期にかつてのトップアーティストでもあったAKB48、宇多田ヒカル、モーニング娘。などを抜き去る。
2022年に入り、【推しの子】×YOASOBII、『ONE PIECE』×Adoなど、動画配信で全世界に広がったアニメに乗せてコラボ楽曲が世界的に視聴される、かつてないJ‐POPブームを演出していく。それも手伝い、藤井風やXG、Imase、新しい学校のリーダーズといったポップアーティストたちも海外でフィーチャーされていく。
ファンの支えでメジャーシーンを総なめ
ボカロやニコ動から活動を始めたアマチュアクリエイターたちは、10年ほどの成熟期間とユーチューブの浸透を経て、徐々にマスな存在になってくる。ニッチなネット民以外にもツイッター(現X)でコンテンツのアップデートを告知し、ファン経済圏と推し文化が生まれた。彼らは、内輪で盛り上がりながら頭角を現し、いまやメジャーシーンを総なめにしている。
これはクリエイター側もユーザー側も、コンテンツの利用を受け入れるテレビ局や動画配信プラットフォーム側も含めて、コンテンツ創作に対する日本的な柔軟性が生んだ結果ともいえる。メディアも新しいクリエイターを受け入れ、市場を一緒になって創ってきた。その奇跡が生んだワンダーランドともいえる。

中山淳雄著、日経BP、2200円(税込み)




