学校のクラスで人気者になるくらいの気軽さでエンタメ行動に参加するアマチュアたちが、ヒットチャートばかりかビジネスの構造さえも変えていく──。エンタメ社会学者の中山淳雄氏の最新刊『 クリエイターワンダーランド 』から一部を抜粋・再構成する。第2回は、「ひろゆき」をIP化した二次創作コンテンツの大ブームや「ゲーム実況」など、アマチュアの参加によって加速していく新しい市場成長について解説する。(文中敬称略)
ひろゆきAIの大流行
アマチュアたちが同時多発的に連作コンテンツを創る環境を提供したという意味では、その“始祖”もいえる起業家がいる。「2ちゃんねる」創設者のひろゆき(西村博之)である。彼は、ドワンゴの川上量生と共にニコニコ動画をつくり、この文脈を最初に切り拓いた人と言えるだろう。
そんな彼を“IP(知的財産)”としてAI展開をした「おしゃべりひろゆきメーカー」をご存じだろうか。CoeFontという会社が作った自動音声AIで、打ち込んだテキストを、ひろゆきの声で読み上げてくれる。いわば「初音ミク」が「ひろゆき」になったようなものだ。
このAIをつくるにあたって、もちろん本人の了解はとってはいるものの、ひろゆき自身は事業にはタッチしていない。声の収録にも協力していない。本人から許諾を得た上でネットに散らばっているひろゆきのアーカイブ音声をピックアップし、そこから「音素」「声質」になるものを束ね、AIに読み込ませることで「ひろゆきAI」として本人の声紋をコピーした。
2022年9月にリリースされ、1週間のうちに300万人ものユーザーが「ひろゆきAI」を使った。300万人が「視聴した」のではない。オリジナルのセリフやコンテンツをひろゆきの声で再現し、各自のSNSに「アップした人」が300万人なのだ。累計アクセス数は1億回ほど。まさに天文学的なコンテンツ生成の“祭り”である。大喜利のように、「ジェダイ評議会に参加するひろゆき」「女の子とのサシ飲みで絶対に奢らせたいひろゆき」「ONE PIECEシャンクスになったひろゆき」といった、1ファンがつくった創作が何千万人に広がっていく。
大手企業ではこうした「表現する消費者」を戦略的に味方に引き込もうとする事例は、まだそれほど多くはない。彼らにとっては、こうした表現者たちが敵か味方か判断しかねるのだろう。「ファンが」広げてくれるのは大歓迎だが、自分たちの資産をかすめ取ろうとしてきた「海賊かもしれない」という疑念がよぎってしまうのだ。その目的外利用は別のビジネスを生み出していて、我々は何かを奪われているのかもしれない。もしくは表現を茶化されているだけなのかもしれない。自分が創り上げたキャラクターのあるべきブランドが損なわれてしまうかもしれない。
自分の一発芸が真似されて「著作権問題」として取り上げる芸人はいないだろう。彼らにとって流行を創り出してくれる二次表現者たちは、ありがたい存在でもある。だが流行ったところで、彼らのギャラには一切変化がない。基本的にはテレビ番組やCMへの出演のギャラなど企業からもらっている売上が彼らの収益源であり、二次利用や真似をされることで人気者にはなれても大富豪にはなれない。数年後に真似されなくなって、一発屋の烙印を押されて終わる。
だがキャラクターは違う。“素材”として転用されていけば、それはライセンス料が取れる著作物として広がっていく。
動画の「切り抜き」が商売になる
2021年には「ひろゆき切り抜き動画」という新しいビジネスが生まれた。ひろゆき自身のユーチューブチャンネルは2016年にできたが、登録者数は2018年末で7000人、2019年末で5.8万人とコロナ前はそれほど人気チャンネルだったとは言えない。それが2020年末11.7万人⇒2021年末31.5万人⇒2022年末137万人と爆発的に伸びたのは「巣ごもり需要」だったというだけでは説明がつかないだろう。「#ひろゆき切り抜き」というタグをつけて、勝手にひろゆきのしゃべりを面白おかしく広げる切り抜きチャンネルが同時期に急増した。その数はなんと2022年夏時点で2100チャンネル、動画5.4万本だ。ひろゆき自身が過去7年で上げた動画は500本にも達していないが、1年ほどの間に2000人が5万本のひろゆきの切り抜き動画を上げたことで、急激なバズが発生し、本人のチャンネルは登録者を増やし、広告収入が急増していく。
勝手に切り抜きをされる見返りは「広告収入の折半」である。動画を使ってもよいが、原作としてのひろゆきには広告収入を還元してね、というリモートの著作権管理の仕組みである。
ユーチューブは2007年から、肖像・楽曲・動画などの原作元が、勝手な切り抜きを排除したり、そこの収益を獲得できる「コンテンツID」の仕組みを導入し、それがうまく機能している。ひろゆき切り抜きビジネスを主導したユーチューバー事務所のGuildは、この仕組みの運用によって売上100億円の企業へと成長した。ひろゆきも含めた400もの有名人のチャンネルを運営し、その“切り抜かれ促進ビジネス”で成長することができたのだ(RealSound「ひろゆきの切り抜き動画は“新たなビジネスモデル”? Guild高橋将一に裏側を聞く」)。
ひろゆき切り抜き動画の作者の1人に「ひろゆきの控え室」の運営者がいる。彼の売上は月700万円、年1億円近くになる。これはほぼ個人だけで稼いでいる金額だ。ひろゆきへの還元をしたうえで、広告収入の3~5割が「ひろゆき控え室」に入る。逆算すると「ひろゆき控え室」だけで2億〜3億円もの広告料(アドセンス)がユーチューブから入っていることになり、それは年間40億〜50億回も再生されているから、という状況になる(「#ひろゆき切り抜き」)。
「切り抜き師」が商売になるなんて、誰が考えただろうか。誰かの肖像を切り取り、AIでそのオリジナルを引き伸ばしながら、音楽と即興落語を組み合わせたかのような動画を編集し、アップする。それを1人で行う。広告費は雀の涙ではあるが、バズって何億回再生ともなっていけば、1人で食っていくには十分な金額でもある。
彼ら自身は生活のためにやっている部分もあるが、基本的には「2ちゃん民」と行動特性は変わっていない。ネットでうまいこと言って、いいねコメントが殺到するような、まるで学校のクラスで人気者になるくらいの気軽さで、編集力によってのし上がっていく。
「手段化」したゲームの恐るべき世界的成長
ゲームの分野では、消費者の新しい行動が市場を爆発させている。
マリオやドラクエに熱狂していた1990年(世界市場1兆円)、ファイナルファンタジーの3Dグラフィックに驚愕し、ゲームが映画産業のようにもてはやされた2000年(同2兆円)、ニンテンドーDSなど携帯型のゲーム機が携帯ゲームと競争となり負けていく2010年(同5兆円)。さらに、それらのタイミングでは想像だにしなかったことが起こった。フォートナイトやロブロックスでゲームに興じる人口は10億人を突破し、2020年の世界市場は18兆円に拡大し、さらに2026年には同30兆円と予想されている(4Gamer.net「2023年のグローバルゲーム市場を予想するレポートをNewzooが公開。全体的に成長傾向で,とくにコンシューマゲームの伸びが良い」)。この10年でゲーム市場は確変した。ゲームの黄金時代だったはずの1980~90年代と比べても、この直近の10年のほうがはるかに大きな成長をみせているのだ(図表1)。
成長の中心はゲーム先進国だった日本ではない。1980年代からの30年間ずっとゲーム産業の覇権を担ってきた日本市場はここ10年、“(相対的には)成長しなかった”ことで、世界シェアでいえば10%を切るところまで落ちてきている。これに対して、北米や中国は、恐るべき勢いでゲーム人口もゲーム市場も伸びているのだ。
これはゲームの遊興スタイルが多様化してきた結果とも言える。「設計されたゲームをクリアする」というオーソドックスな遊び方(ゲームを遊ぶ)の対象でしかなかったものが、「オンラインが“放課後の時間”をつくる」「ゲームプレイを配信しながら、自分自身のスキルやキャラクターを表現する」など手段化し「ゲーム『で』遊ぶ」という対象になってきたからだ。
カリフォルニア大学のステファニー・ボラック、パトリック・ルミューによる論文「Metagaming」が2017年に提唱しているのは、ゲームが「単なる商品」でなく、「批判的創造のためのプラットフォーム」になってきており、「創造的実践、哲学的実験、文化的批評、政治的行為のためのメディア」になるポテンシャルがある、ということだ。
ゲームをクリアすることに没頭していた時代はまだゲーム黎明期だった。ゲーム空間での遊び方は多様化し、RPGツクールやロブロックスで「ゲーム作りというゲーム」に興じたり、ミラティブやツイッチで「ゲーム配信を視聴したり配信者とコミュニケーションする」ことも可能だ。ゲーム空間をメタに遊ぶようになってきているのだ。
「ゲーム実況」の登場とメーカーの方針転換
「ゲーム実況」の文化が始まったのはいつごろからだろうか。日本では2003年にフジテレビで毎週木曜24~25時に放送されていた『ゲームセンターCX』という番組があった。お笑い芸人よゐこの有野がゲームをプレイし、あまりうまくもないそのスキルに、心のなかでツッコミを入れながら楽しむ番組だった。
2000年代半ばには配信ツールを入れたゲーム実況を行うユーザーが現れ、2006年末のニコニコ動画でそうした動画が続々と転載されていく。“永井先生”という、余裕綽々でびっくりするほど下手なプレイで五目並べをして負け続ける動画が話題となり、それが呼び水になって「これなら俺でもできるかも」という配信者がどんどん増えていく。ただ当時はゲーム実況がイリーガルなもので、「購入したゲームのプレイ映像をネットにさらすこと」はゲームメーカーとして公式には許諾しておらず、表立って語れるような存在ではなかった。
2009年ごろになるとRPGツクールで個人がつくった『青鬼』が無料配布され、そうした自作ゲームを(合法的に)配信することがブームを形成する。ボカロの歌い手が(当時は違法だったカバー曲ではなく)オリジナルソングを歌うようになったのと同様に、ゲーム実況のためのオリジナルゲームが出てくる。この時期、ニコニコ動画上では「配信を前提とした音楽・動画・ゲーム」が新しいクリエイティブを生み出すようになる。
ユーチューバー、歌い手、ゲーム実況者といった「ミキサー」や「ビルダー」的な役割をしているインフルエンサーの多くが、この2010年前後の時期にニコ動で活躍していた人材でもある(※ミキサーやビルダーについては次回で詳しく)。他人の創作物を使っている間はアングラなネットミームのように扱われていたが、そこで自らのキャラクターやステージでのふるまい方を覚える中で、オリジナルの楽曲・動画・ゲームを発表することによって「クリエイター」に進化していったのだ。
それまでゲーム公式の遊び方は「専用ゲーム筐体」で個々人にプレイしてもらうこと、ユーザー間でコミュニケーションをとるにしてもプレイステーションオンラインなど公式サービスを使うことを前提としてきたが、ゲーム実況の販促効果などを知るや、公式メーカーも徐々にゲーム実況を許容していくようになる。商用利用しないこと(ユーチューブのパートナープログラムなど配信サイトのお金を稼ぐ仕組みは利用OKのことも多い)、エンディング部分は配信しないこと、特定の歌・BGMは入れないこと、著作権表記をすることなどの「ガイドライン」を示し、ミキサーやビルダーとの協調を図ろうという方針に転換しつつある。
団塊世代はゴルフと麻雀、Z世代は動画とゲームが社交ツール
家庭用ゲームは、週に何回かテレビ画面で没入する、習い事や塾などと競合するようなエンタメだったが、もはやモバイルゲームは5~10分の暇つぶしにサクッと起動する、動画や音楽の視聴と競合するようなエンタメになった。「プレイすること」の面倒さからも解き放たれ、ぼんやり他人のプレイを見ることすら、遊び方の1つになったのだ。
ゲームが目的ではなく手段となったとき、そこにはゴールもなくなり、無制限に人が集まる場として人々を惹きつけ続ける。ゲーム世界に人々が滞留する時間は、数十年前では考えられないほど膨大なものになっている。
団塊世代がゴルフと麻雀を覚え、団塊ジュニア世代がカラオケを覚えたように、Z世代は社交のためにユーチューブとTikTok、そしてゲームを覚えるのだ。要領よく他人と仲良くなる技術としてのゲームがある。アニメやゲームという“産湯”に漬かってきた世代にとって、それは不思議なことでもなんでもない。
ゲーム空間に入るかどうか、それは世代間の違いの顕著な例でもある。米国の世代別エンタメを分類したときに明らかな世代差が出ているのは、「TV/映画を視聴すること」が中高年の娯楽になり、「ゲームをプレイすること」が若者の娯楽になっているという点である(図表2)。
Z世代にとって、ゲームは他のあらゆる娯楽に勝るものになってきている。今の40代以上では想像もしがたいほどに、コミュニケーションプラットフォームとしてのゲームが浸透してきているのだ。

中山淳雄著、日経BP、2200円(税込み)


