ミステリの名手であり、ホラーや純文学なども手掛ける芦沢央(よう)さん。日経BOOKプラスでのエッセイ連載も好評の芦沢さんの最新作『 あなたが正しくいられたとき 』(文藝春秋)が発売されたのを記念してインタビューを行いました。その後編です。
単行本未収録の短編が20本以上に
芦沢さんの最新作『あなたが正しくいられたとき』は、少し変わった成り立ちの短編集なのだとか。
芦沢央さん(以下、芦沢):短編を書くとき、単行本にまとめる予定が最初からある場合と、そうではない場合とがあります。後者であっても、あとで本にすることをイメージして、ほかの作品と似たトーンにしておけばいいのですが、そういうことを意識せずに好き勝手に書いていたせいか、気がつけば自分の単著に未収録の短編が20本以上にもなっていました。そういった作品も含めて6本の短編を集めたのが今回の本です。中には大幅に書き直したものもありますが、もともと1冊にまとめようと思っていたわけではないので、少し不思議な味わいになっているかもしれません。
単行本未収録の短編が20本以上とはなかなかの数ですね。なぜそこまで増えてしまったのでしょう。
芦沢:同じテーマに対して複数の作家が寄稿する、いわゆる「競作アンソロジー」の企画が好きで、依頼されるとつい引き受けてしまうんです。しかも、そのとき思いついたアイデアを一番生かせる形で書こうとしてしまうので、その結果、トーンがバラバラな短編が増えていったというわけです。
なるほど、「競作アンソロジー」というジャンルがあるのですね。テーマは同じでも作家によって書き方やアイデアが違うわけですから、読み比べたりすると新鮮な驚きがあるかもしれません。
芦沢:もし未体験だったら、ぜひ手に取ってもらいたいですね。小説の読み方が変わると思います。
例えば、競作アンソロジーの依頼はどんなふうにくるのでしょうか。その企画は出版社の編集者が考えるのですか?

芦沢:いろんなケースがあります。例えば、今回の新刊に入っている「薄着の女」という短編の初出は「小説新潮」の2017年7月号で、『鍵のかかった部屋 5つの密室』(新潮文庫nex)に収録されています。この企画のはじまりはとても変わっていて、作家の友井羊さんがTwitter(現X)に「同じトリックを使って複数のミステリー作家に小説を書かせて、どのようにストーリーが変わるのか興味ある」と投稿されたのがきっかけでした。私が「おもしろそう!」と反応したのが編集者の目にとまり、あっという間にアンソロジーの企画になりました。
新潮社の社食に参加する作家が集まって、どんなトリックでそろえるかを話し合いました。それが、「糸を使って密室を作る」という古典的すぎてもはや使いづらいトリックに決まり、私は困って反則ギリギリの“変化球”の設定にして乗り切りました(笑)。
全員が同じ1行から始めるアンソロジー
ミステリ作家が集まってどんなトリックにするか相談するというシチュエーション自体がもう面白いですね。ほかにぜひ、芦沢さんおすすめの競作アンソロジーを教えてください。
芦沢:たくさんありますよ。例えば、講談社から出ている、全員が同じ1行から始めるアンソロジーシリーズがあります。これまでに、『黒猫を飼い始めた』『嘘をついたのは、初めてだった』『これが最後の仕事になる』『だから捨ててと言ったのに』『新しい法律ができた』などが出ていて、2025年12月に出版されたのが『それはそれはよく燃えた』ですね。どれも20人以上の作家が参加したショートショート集です。これだけの人数がいて、みんな同じ1行から書き始めているのに、見事に中身がかぶっていないのがすごい。ぜひ読み比べてみてください。
このシリーズ、芦沢さんが参加されたものもありますか?
芦沢:私が参加したのは、『嘘をついたのは、初めてだった』と『だから捨ててと言ったのに』ですね。本のタイトルがそのまま最初の1行なんですけど、「嘘をついたのは、初めてだった」なんて、その一文自体が嘘くさいじゃないですか。それをどう成立させるのかがポイントというわけです。
ジャンル特化型ホラーアンソロジー
ほかにはどんなおすすめがありますか?
芦沢:ホラーのジャンルで企画されたのが『ジャンル特化型 ホラーの扉』(河出書房新社)です。ホラーにも、「心霊ホラー」「オカルトホラー」「サスペンスホラー」「SFホラー」といったさまざまなサブジャンルがあり、この本ではそれぞれのサブジャンルごとに作家が割り当てられ、ホラー小説が書かれています。しかも、そのサブジャンルがなぜ怖いのか、どう楽しむのがいいのか、という解説文が組み合わされていて、初心者でもホラーの魅力がわかるという構成になっているんです。
ホラーという分野を体系的にとらえようとしているんですね。怖いのが苦手な人でも大丈夫でしょうか。
芦沢:おそらく、ホラーのサブジャンルの中でも、人によって「こっちは好きだけど、こっちは苦手」という好みがあると思うんです。怖いのが苦手という人でも、このサブジャンルなら楽しめるというものが見つけられるのではないでしょうか。
「私小説」アンソロジー
ひとつのジャンルを掘り下げていくことができるのも競作アンソロジーの魅力かもしれません。ほかにはどんなジャンルのものがありますでしょうか。
芦沢:金原ひとみさんが責任編集をした『私小説』(河出文庫、河出書房新社)は、「現代の私小説」をテーマにしたアンソロジーです。もともとは文芸誌の「文藝」2022年秋号の特集でした。金原ひとみさんが編集長となって、それぞれの作家に私小説を書いてくださいとお願いした企画ですね。日本文学の中には私小説の文化があると思うのですが、このアンソロジーは収録されている私小説論や解説も含めて読み応えのある1冊です。
確かに、私小説ってエッセイやノンフィクションとはどう違うのか、考えてみると面白いですね。
芦沢:私はこのアンソロジーには参加していませんが、別の企画で私小説を書いたことがあり、とても勉強になりました。書いた原稿を編集者に読んでもらい、「ここからここまでは私小説になっていますが、ここからここまではエッセイですね」などと指摘してもらったんです。なるほど、私小説とエッセイでは視点の置き方が違うんだ、と気づきました。
芦沢さんは、ミステリを軸に、ホラーや純文学など、いろんなジャンルに挑戦しようとされている印象があります。
芦沢:自分が書く物語の幅を広げていきたいと思っているんです。書きたいけど今の筆力じゃ書けないっていう物語がまだ自分の中にいろいろとあるんですね。十代の頃から小説を書いていますが、なんというか“修行”が好きなんですよね。

エッセイ連載の第6回では、「これまで必ず自分なりの企みと試みを設定することで書き続けてきた」と書かれていますね。前にやったことと同じことはやりたくないから、必ず新しい「企みと試み」を設定する、と。
芦沢:まさにそれです。毎回「企みと試み」を設定して、何か新しいことに取り組もうとしているわけです。私が競作アンソロジーをつい受けてしまうのも、その企画自体に「企みと試み」があるからだと思いますね。
エッセイ連載も新しい路線への挑戦でしょうか?
芦沢:そうですね。エッセイを書くのは新鮮で楽しいです。ただ、「ダメ人間を卒業するために奮闘する」というのが連載のコンセプトなのに、いっこうに卒業できなそうなのは申し訳ないですけど(笑)。
聞き手・構成/竹内靖朗(日経ビジネス) 写真/皆木優子



