ミステリの名手であり、ホラーや純文学なども手掛ける芦沢央(よう)さん。日経BOOKプラスでのエッセイ連載も好評の芦沢さんの最新作『 あなたが正しくいられたとき 』(文藝春秋)が発売されたのを記念してインタビューを行いました。その前編です。
“イヤミス”を書いているつもりはなかった
デビュー15年を迎える芦沢さんは、よく“イヤミス”の書き手だといわれています。“イヤミス”とは一般的に、読んだ後に嫌な気持ちになる後味の悪いミステリ小説なのですが、ご自身ではどう思われますか。
芦沢央さん(以下、芦沢):私自身は、自分が怖いと感じるものや、こんなことあったら嫌だなとか、すごくモヤモヤするなっていうものを作品に書いていて、それが結果的に嫌な気持ちになってしまうのだとしたら、それはごめんなさいという感じ(笑)。嫌な気持ちになる話を書いてやろうと思ったことはないんです。
実は今日、撮影をお願いしているフォトグラファーの皆木優子さんは、芦沢さんの作品をかなり読まれているファンだそうです。皆木さんはどうですか?
皆木優子さん:(突然話を振られて驚く)えっと、嫌な気持ちになるかもしれませんが、それが癖になって、また読んでしまうという感じです……。
芦沢:ありがとうございます。私の作品が好きでよく読まれている方ほど、「“イヤミス”といわれているけれども、厳密には“イヤミス”じゃないよね」と言ってくれたりします。あと、“イヤミス”を手掛けている作家の中には、「人の不幸は蜜の味」と思いながら書かれている方もいるかもしれませんが、私自身は人が不幸になるのは嫌なことだなぁと思いながら書いていますね。

作品の中には殺人や虐待なども出てくるわけですが、現実に起こったそうした事件から影響を受けたりすることはありますか。
芦沢:気になる事件があってもそれを即ネタにするということはないですね。事件そのものというより、それに対する世間の反応とか、起きてしまった被害者たたきとか、何か関連したものにモヤモヤを感じることがあって……。時間がたってから、それが作品のアイデアにつながったりすることはあります。
罪を犯してしまうときの心理に興味がある
2026年1月に発売されたミステリ書評家の若林踏さんによる評論・ブックガイドである『日本ミステリ新世紀MAP』(実業之日本社)では、芦沢さんはホワイダニット小説の書き手とされています。ホワイダニット(=why done it)とは謎解きミステリの形式のひとつで、若林さんによると「(犯罪の動機を含む)人間の行動の裏に隠された理由を解き明かすことを主眼とした物語」とのこと。芦沢さんは、やはり罪を犯してしまう理由に興味があるということでしょうか。
芦沢:まさにそうです。謎解きミステリにはほかに、誰が罪を犯したのかに焦点を合わせる「フーダニット(=who done it)」や、どのように犯行に及んだのかに焦点を合わせる「ハウダニット(=how done it)」もありますが、私が好きなのはホワイダニットというジャンルですね。
基本的に犯罪って、つり合いがとれない行為なんですよ。バレて捕まる確率が高いし、罰せられることを考えれば割に合わない。それなのに、追い詰められた状況になって、その人の中でつり合いがとれてしまう瞬間があるから、罪を犯してしまうわけですよね。そのときの“狂気”みたいなものに興味があるのかもしれない。
なるほど。エッセイ連載の第3回では、芦沢さんが急にスピーチを頼まれてパニックになっているときの精神状態が、犯人が「一線を越えて罪へと踏み出してしまうときの異常な精神状態」に似ているんじゃないか、と書かれていましたね。
芦沢:よくSNSなどで、「小説家は自分が経験したことしか書けないか」どうかが議論になったりするんですけど、少なくとも私は、殺人を経験しなくてもスピーチをやるだけで犯人の心境がわかる、というようなことをちょっと冗談まじりにエッセイに書きました。スピーチ、苦手なんですよ。突発的な事態がそもそも苦手で、出版社が主催するパーティの二次会なんかで急にスピーチを頼まれるから、しどろもどろになります(苦笑)。
実は嘘をつくのが苦手
連載のスピーチの話に共感したという読者がたくさんいました。スピーチが苦手な人、多いのかもしれません。
芦沢:経営者などでスピーチが得意という方もいますが、あれは特殊能力だと思うんですよね。純粋に尊敬します。
芦沢さんの作品では、罪を犯してしまう人の心理描写がとてもリアルで、読んでいて胸が苦しくなるようなときもあるのですが、まさかスピーチをするときの経験が生きているとは……。
芦沢:読んでいて自分の過去の体験がフラッシュバックした、という声を読者から聞くこともあります。もちろん、同じ体験をしたことがあるわけではないんですよ。何かが起きて追い詰められたときの心理が、読者の中であまり思い出したくない記憶と似ていたりするんでしょうね。
例えば、直木賞候補になった短編集『汚れた手をそこで拭かない』(文春文庫)に収められた「埋め合わせ」という作品は、小学校の教師がプールの栓をするのを忘れて水を流しっぱなしにしてしまう話です。こんな経験をしたことなくても「なんとかごまかさなきゃ」と焦る気持ちは、読み手の過去の経験に重なりますよね。
芦沢:誰しも何かしらの自分の中に後ろめたいものがあって、それが掘り起こされるのかもしれません。ごまかすために嘘を塗り重ねて、どんどん状況が悪くなる……という話を『汚れた手をそこで拭かない』ではいくつも書きました。
エッセイ連載の第1回では、「むしろ私は嘘が苦手すぎて、嘘をつかなければならなくなる状況が怖いから、嘘によって破滅する人間の話をよく書いているくらいなのである」とあります。
芦沢:嘘をつくのも苦手です(笑)。私が嘘をつくときって、多分目が泳いでるし、すぐバレると思います。子どもの頃も、勝手にお菓子を食べちゃったときとか、聞かれてなくても自分から白状しちゃうタイプでした。自分の中で良心の呵責に耐えきれず、秘密にできないんですよ。

複数人で集まってやる「人狼」や「マーダーミステリー(マダミス)」などのゲームでは、参加者が嘘をついてだまし合ったりするわけですが、そういうゲームも苦手ですか。
芦沢:そうですね。ミステリ作家が集まって人狼やマダミスをやることもあるんですけど、私はすごく弱い。マダミスって、まず自分が割り振られた役のハンドアウト(概要)を読んで、役になりきってゲームをするわけですが、犯人役じゃなくても何か後ろ暗いところがある設定になっていますよね。犯人じゃないのに隠し事があるせいで挙動不審になって、いつも犯人じゃないかって疑われるんです。
ミステリ作家が集まって人狼やマダミスをやるんですか。その様子を見てみたいですね。
芦沢:うまい人はすごくうまいですよ。私は挙動不審なだけですが(笑)。
聞き手・構成/竹内靖朗(日経ビジネス) 写真/皆木優子

