ミステリの名手であり、ホラーや純文学なども手掛ける芦沢央(よう)さんのエッセイ連載。前回(参照:10年も健康診断に行かなかった作家を動かした夫のファインプレー)は、芦沢さんが10年ぶりに健康診断に行ったという話でした。今回は、なぜ芦沢さんがまったく運動しない人間になってしまったのかという話です。以前は週に3回、それぞれ3~4時間もダンスで汗を流していたというから驚きです……。(編集部より)

(イラスト=くぼ あやこ)
(イラスト=くぼ あやこ)
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不摂生についての反省会も早々にやるべきだ

 前回は、10年ぶりに健康診断に行った話を書いたのだが、その際〈私の不摂生ぶりについてはまた項を改めて反省するとして〉と書いて夫に読んでもらったところ(第15回には夫も登場するため)、不摂生ぶりについての反省会も早々にやるべきだと言われた。

 夫からは「特に運動不足を何とかした方がいい」という指摘をもらったので、今回は、なぜ私が運動をまったくしない人間になってしまったのかについて考えたい。

 前回も書いた通り、私は元々身体を動かすのが嫌いな人間ではなかった。学生時代は運動系の部活、サークルに入っていたし、社会人になってからもダンスチームに所属して1日3~4時間×週3日ほど汗だくになるまで踊っていたようなタイプだ。

 よく意外がられるのだが(おそらく運動神経が悪そうに見えるからなのだろう)、中高時代には器械体操部に所属していてバク転やバク宙、平均台の上で側転くらいはできた(今やったら首の骨を折って死ぬと思うので、やってみてくれとは言わないでほしい)。社会人時代にやっていたダンスの種類はヒップホップ、ジャズ、ハウスで、よくイベントなどにも出演していた。

 どちらにもかなり熱中していて、器械体操部時代には昼練と週に4回の部活をした上で毎日夜には柔軟と筋トレを行い、器械運動の上達のポイントが書かれた本を読み、誰かから指示されたわけでもないのに練習日誌をつけて改善点を分析していた(そこまでやってバク転やバク宙くらいしかできるようにならなかったのだから、やはり運動神経は良くないのだろう)。ダンスの方はチームメンバーと公立体育館のスタジオを借りて練習を重ね、チーム練習がない日にも当時交際していた今の夫と互いにダンス動画を撮り合ってダメ出しをし合っていた(夫は同じダンスチームのメンバーである)。

 それをやめてしまったのは、妊娠・出産がきっかけだった。私自身が第1子を授かったこともあるが、同じ時期にチームメンバーが次々に妊娠したため、チームの活動自体が休止し、そのまま解散してしまったのだ。

 ただ、この頃にはまだ、少ししたらダンスを再開しようと考えていた。実際、週末に夫に子どもを見ていてもらい、ダンススクールに行ったこともあった。

 だが、そこで私は自分の身体が思うように動かないことに衝撃を受けた。体力も筋力も柔軟性も格段に落ち、以前なら簡単にできたはずの動きがまったくできなくなっていたのである。しかも周りにいるのは10代、20代の子ばかりで、みんな、何というかキラキラしている。私は産卵後の鮭みたいによぼよぼしているのに(鮭ならもう死んでいるのだから、生きているだけで褒めてほしい……)。

 さて、ここからが問題だ。

 妊娠・出産によって身体的パフォーマンスが落ちるというのは、よくある話だろう。しばらくは歯がゆい思いをすることになったとしても、そのまま続けていれば少しずつ元に戻していけたに違いない。

 けれど私は、一気にやる気を失ってしまったのだった。

 これから必死に練習し続けたとして、きっと最盛期は超えられないだろう、と思ってしまった。もう、1日3~4時間×週3日もダンスに時間をかけることなど不可能だったからだ。

「全盛期を超えられないと思うとやる気が出ない」

 私は第1子の出産とほぼ同時に、小説家としてのデビューも果たしていた。しかもこの頃は、まだ兼業作家だった。既に編集の仕事は辞めていたが事務員として働いており、子どもを保育園に預けて事務の仕事をし、お迎えに行って夕飯、お風呂、寝かしつけまで終えた後に小説を執筆する、という日々を送っていた。どう考えても、その上でダンスに注力する余裕があるわけがない。

 それでも、月に一度か二度でいいから好きなダンスをしよう、とは思えなかった。やるならとことんやりたい。それができないなら、やりたくない。

 そのうちに第2子も生まれ、さすがにこのまま兼業を続けていたら死んでしまうのではないかと考えた私は事務の仕事を辞めた。ただ、仕事がひとつ減ったといっても、それで余裕ができたわけではなかった。体力が落ちたままの身体には、乳幼児2人の育児はハードすぎたからだ。

 公園や遊び場に連れて行くと、子どもより私の方が疲れ果ててしまう。子どもが昼寝をしてくれるなら喜んで一緒に昼寝をし、疲れがリセットされて元気いっぱいの子どもと遊びながら、眠い……まだ寝ていたい……と切実に思っていた。

 とにかく必死に仕事と育児をこなしているうちに数年が経ち、子どもたちが2人とも小学校に上がった頃、夫から「そろそろ少し運動したらどうか」と提案された。

 「またダンススクールでも通う?」

 「んー、ダンスはもういいかな」

 「何で?」

 「全盛期を超えられないと思うとやる気が出ない」

 「じゃあ、何か新しいことをやるとか」

 そこで私は、いろいろな運動に挑戦することになった。

 まず、夫が「とりあえずジムに入ったら? スイミングは全身運動だからいいよ」と言うので、翌日には入会手続きに行った。平日の昼間の時間帯だと大人向けの水泳教室も開催されていて、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの4泳法の中でバタフライだけやったことがなかった私は、「バタフライ初級」というクラスを受講してみた。

 新しい身体の使い方に楽しくなってきて週に2回コンスタントに通い続けたが、2カ月ほどして一応はバタフライができるようになると、わざわざスケジュールを調整してジムに行かなければならないことが負担になってきた。

 「ジム行って着替えて泳いでまた着替えて髪乾かして……っていうのがめんどくさい」

 「走るのが一番手軽でいいよ。あとなわとびもオススメ」

 ということで、次に私は3キロ走って公園へ行き、公園で300回なわとびをして、また3キロ走って帰ってくる、というのを2週間ほど続けてみた(スイミングのおかげで体力が戻っていた)。

 だが、これもすぐに飽きてしまった。少しずつ走るのが苦痛ではなくなってくることへの喜びはあったものの、いかんせん走っている間に頭の中が暇なのが性に合わなかったのだ。

 「隙間時間にすぐできて、やってる最中も面白い運動ないかな……」

 「リングフィットとかいいんじゃない?」

 早速、任天堂Switchの「リングフィットアドベンチャー」を買った。

 これは半年以上続いた。冒険をしながらトレーニングによってモンスターを倒していくのが面白く、アイテムや称号を集めるのも楽しかったからだ。

 けれど、全ステージをクリアし、周回してアイテムをすべて集め終えた頃から、もはや運動のためにやっているのかゲームのためにやっているのかわからなくなってきた。レベルが500くらいになって、ほとんどのモンスターは一発で仕留められるようになってしまったため、運動にならないのだ。

 夫からは「データ消してまた一からやれば?」と言われたものの、もう周回プレイをしすぎてどこに何があって何が起こるのかもわかっているゲームでは、最初のようなワクワク感がない。

 「何ていうか……極端な人だよね」

 夫は呆れたように言った。

 「もっと程よく、息抜きみたいな気軽な感じで続けられないの?」

 おっしゃる通りである。

「頭をからっぽにする」のが苦手

 私は、いよいよ自分の性質に向き合わなければならなくなった。問題点がどこにあるのかは、自分でも薄々わかっていた。

 やるならとことんやりたい、それができないならやりたくない、という考え方だ。

 では、なぜ私はやるならとことんやりたくなってしまうのだろう。

 考えられる原因は、私が知らないことを知るのが最も楽しい人間だからだ。

 新しい運動を始めると、それまでに知らなかった身体の使い方が少しずつわかってくる。様々な部位が筋肉痛になり、その痛みが筋肉の存在を自覚させてくれる。そして、ある程度続けて身体がその運動をするためのスタートラインのような場所に立ったところで、壁が現れる。何か、一応はできているだけで全然上手くできないんだよな……という壁だ。

 そこからが面白い。

 まず、どうすればもっと上手くなれるかを上手い人を見ながら勉強する。その人と自分の動きを比較して足りない部分を見つけ、それを埋めるための筋肉や柔軟性をつけていく。それを繰り返していくうちに、あるとき「あ、そういうことか」となる瞬間が来る。バラバラにある知識や体感やイメージが繋がる瞬間だ。

 私が途中でやめてしまったスイミングやランニングも、続けていればこの瞬間に立ち会えたのだろう。けれど私は、それよりも前にやめてしまった。

 スイミングやランニングを続けられている人に話を聞くと、「頭をからっぽにできるのがいい」と言われることが多いのだが、私はこの「頭をからっぽにする」のが苦手だった。身体を動かすのならば、どこをどう動かし、どういうポイントを意識しなければならないかを考え続けていたい。そうなると、スイミングやランニングは基本的に同じ動きの繰り返しなため、同じことを考え続けなければならなくなる。

 夫からは、「そんなにストイックに考えないで、泳いだり走ったりしながら仕事のこと考えてもいいんじゃないの?」と言われた。

 「散歩中にアイデアが生まれるって話もよく聞くし、運動しながら仕事ができたら一石二鳥でしょ」

 なるほど、とは思う。でも、実際にやってみると上手くできないのだ。私は身体を動かしながらだと、そこまで難しいことを考えられない。運動も仕事も中途半端になってしまう。

 どうしたものか……と唸(うな)っていると、夫はため息をつきながら言った。

 「リングフィット2が出たらいいね……」

 それだ!

 任天堂の方、何卒よろしくお願いします。

「最盛期を超えられない」と思わなくて済むスポーツは…

 とはいえ、京都方面に祈りを捧げているだけでは、現状何の運動にもなっていない。

 今すぐ始められて、運動中、運動そのものについて考えることがたくさんあって、「最盛期を超えられない」という思考を抱かなくて済む運動はないか――浮かんだのは、テニスだった。

 私がこれまでにやったことがあるものの、「最盛期」という言葉を使う気が起こらないくらい真面目には取り組めなかったスポーツだ(大学時代には一応テニスサークルに入っていたのだが、小説を書いたり恋愛をしたり麻雀をしたり飲み会をしたりする方が楽しかったため、サークルには気が向いたときにしか行っていなかった)。

 実際にやってみた上で、それほどのめり込めず、けれどすっぱりやめるわけでもなくだらだら続けていたことがあるスポーツ、というところが今の私にはちょうどいい。テニスは歳を取ってからも楽しめるスポーツだというし、40代からスクールに通う人も多いらしいからぴったりではないか。

 よし、目の前の〆切を乗り越えて時間に余裕ができたら、まずはテニススクールの体験レッスンに行こう!

 残った問題はたったひとつ、いつになったら時間に余裕ができるのか、ということだけである。