DX、SDGsなど、日本企業を取り巻く環境は激変している。ところが、横並び志向はいまだ根強く、結果、同質的な価格競争に陥っている。不毛な消耗戦から抜け出すためには「競争しない」状態を作ることが重要で、そのための方策には「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つがある。ここでは「ニッチ戦略」を9つに分類。様々な業界・規模の企業戦略を長年研究している早稲田大学ビジネススクール教授・山田英夫氏の著書、『 競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋、再編集して解説する。

「質的限定」と「量的限定」の2軸による探究

 従来ニッチ企業と言えば、質的経営資源に優れた企業を指すと考えられてきた。しかし、必ずしも質的に優れなくても、市場の量をコントロールすることによって、リーダー企業に同質化されないニッチ戦略を探ることができる。

 すなわち、「質的限定」と「量的限定」の2つの軸で、ニッチ戦略を探究していくことが可能である。この2つを掛け合わせると、図表1のようになる(なお、図表中の④は、質的にも量的にも限定が弱いため、ニッチ戦略にはなりえない)。

 以下、①→②→③の順に、各象限ごとのニッチ戦略を紹介しよう。

図表1 「ニッチ戦略」の分類
図表1 「ニッチ戦略」の分類
(出所)『競争しない競争戦略 改訂版』90ページを一部修正
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①質的限定の「ニッチ戦略」

・技術ニッチ

 文字通り、リーダー企業も追随できないユニークな技術で、限られた市場で圧倒的強みを発揮する戦略である。

 手術用の縫合針などを製造するマニーが典型例である。彼らは、世界一の品質の製品しか出さず、年間世界市場5,000億円以下の市場しか狙わず、そこでは大手企業も追随できない高技術の製品で存在感を示している。

 また、印刷業界には、大日本印刷、凸版印刷という巨人がいるが、プロネクサスは、ディスクロージャー関連の印刷で圧倒的強みを持っている。同社は、有価証券報告書の作成などの川上工程にまで入り込み、顧客が入力した数字を電子データの方式に変換し、正確かつ迅速に報告書を印刷する仕組みを作り上げた。さらに、国際会計基準ともひもづけた書類作成システムを確立しており、この分野では大手の追随を許していない。

・チャネル・ニッチ

 リーダー企業でも追随できないチャネルを押さえ、そのチャネルを通じて限られた市場の寡占を作る戦略である。

 大同生命保険は、生命保険業界では中堅だが、中小企業の経営者への死亡保険では圧倒している。それは、税理士団体と提携し、中小企業の経営者へのチャネルを押さえているからだ。製品も一般人向けの定期付終身保険ではなく、在任中のリスクに備え、法人を受取人とする定期保険が中心であり、大手生保でもこの牙城を崩すのは容易ではない。

・特殊ニーズ・ニッチ

 特殊なニーズに対応した製品・サービスにより、限られた市場を獲得する戦略である。

 朝日印刷は、医薬品包材の印刷で他社を寄せ付けない強みを発揮している。医薬品の表示は薬機法により細かい規定があり、それを順守するだけでも大変である。制度改正も度々あり、それにも対応しなくてはならない。朝日印刷は、それができる数少ない企業である。

②量的限定の「ニッチ戦略」

・空間ニッチ

 限られたエリアだけを事象領域とし、そこではリーダー企業でもシェアを取れない状況にする戦略である。

 コンビニのセイコーマートが代表例で、北海道では業界トップのセブン-イレブンも寄せ付けない。北海道の地理的条件を考慮した店内調理のホットシェフも、店の手数はかかるが、直営店の多いセイコーマートならではの戦略である(フランチャイズが多いセブン-イレブンでは、手数のかかる店内調理はやりにくい)。

・ボリューム・ニッチ

 リーダー企業が参入するには小さすぎる市場で、圧倒的な地位を築く戦略である。

 スポーツ用品におけるタマス(卓球ラケット)、三英(卓球台)、セノー(運動機器)、ミカサ(バレーボール)などは、市場規模が野球やランニングほど大きくなく、アシックスやミズノなどの大手が参入してこない市場で寡占を維持している。

・残存ニッチ

 製品ライフサイクルの衰退期で、大手が撤退した後に利益を追求する戦略である。レコード生産の東洋化成、レコード針のナガオカ、ボウリング・ボールの日本ヱボナイトなどが典型例である。

・限定ニッチ

 生産・供給量を意図的に抑えることによって、希少価値を高め、利益を追求する戦略である。ボリューム・ニッチとの違いは、あえて供給量をコントロールし、市場規模を一定にとどめている点にある。

 アウトドア・ファッションの高級品にしか素材を提供していないゴアテックス(日本ゴア)などが典型例である。

スポーツ用品では専門メーカーが市場を寡占しているケースがある(写真:dwphotos/shutterstock.com)
スポーツ用品では専門メーカーが市場を寡占しているケースがある(写真:dwphotos/shutterstock.com)

③質的限定×量的限定の「ニッチ戦略」

・カスタマイズ・ニッチ

 オーダーメード限定生産のニッチ戦略であり、カスタマイズ・ウォッチのKnotが典型例である。Knotは、日本各地の伝統工芸や技術を用いて、2万通りの組み合わせの中から自分だけのウォッチをオーダーすることができる。

 カスタマイズ・ニッチ戦略の要諦は、いかに顧客側の選択肢を増やしながら、企業側のコストを上げないかにある。Knotでは、通常の時計にある多段階のサプライチェーンをカットすることによって、コストを下げ、納期も短縮している。

・切替コスト・ニッチ

 既存顧客が、後発企業の製品・サービスに切り替えたくても、切替コスト(スイッチング・コスト)が高いために、切り替えられない戦略である。

 ホギメディカルは、もともとは医療用の不織布メーカーであったが、手術室で使うメス、注射器、縫合糸、ガーゼなどを他社から調達し、それを完全滅菌してキット化し、病院の手術室に納品している。

 医療機器としての認可はキットごとに必要になるため、後発企業の参入障壁が高く、いったんホギメディカルのキットに慣れた病院やドクターは、他社キットに切り替えることが難しい。

 以上のように、「ニッチ企業=高い技術を持つ企業」というのは、ニッチ戦略の1つにすぎず、リーダー企業が同質化できないニッチ戦略には、量を限定したり、質を磨いたりすることによって、まだ多くのバリエーションがあるのである。

日経ビジネス電子版 2021年12月3日付の記事を転載]

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 いかにして競争せず、自社の独自性を貫くか。そのための戦略を「ニッチ戦略」「不協和戦略」「協調戦略」の3つに整理して解説。DX(デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(持続可能な開発目標)、コロナ禍といった企業を取り巻く環境が激変する中でも、利益率を高める不変の法則を明らかにする。
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山田英夫(著)、日本経済新聞出版、2200円(税込み)