「真面目な人ほどうつになりやすい」とよく言われます。新刊『 50歳からの心の疲れをとる習慣 』の著者であり、元陸上自衛隊心理教官で心理カウンセラーの下園壮太さんは、真面目な人は「気分の浮き沈みの波があるのはよくない」と思い込みがちで、それがメンタルの調子を崩す原因になる、と話します。どうすれば気分の浮き沈みに上手に対処できるようになるでしょうか。

真面目な人ほどうつ病になりやすい、とよく言われるが、それには理由があると心理カウンセラーの下園壮太氏は指摘する(写真はイメージ=Shutterstock)
真面目な人ほどうつ病になりやすい、とよく言われるが、それには理由があると心理カウンセラーの下園壮太氏は指摘する(写真はイメージ=Shutterstock)

真面目な人ほど「気分の波があるのは良くない」と思う

 年齢を重ねるとともに、体力が衰えるだけでなく、やる気のムラや気分の浮き沈みが激しくなってきた、という人は少なくないでしょう。

 こんなとき、真面目な人ほど「ムラがあるのはよくない」と考えがちです。人間はどんなときも首尾一貫しているべきだ、態度がコロコロ変わるのはよくない、仕事への意欲は常に一定であるべき、という固定観念がある人は多いかもしれません。

 しかし、年齢を重ねると、いつも晴れ晴れとした気分でいることが難しくなってきます。ちょっとしたことでイライラしてしまったり、やたらと不安に感じたり……。

 うつっぽくなるというほどではないけれど、小さなストレスでもその影響を以前より大きく受けて、心の浮き沈みを感じるようになってきた、ということはないでしょうか。

 浮き沈みが気になり始めると、調子がいいときにも「今はいいけどまた落ちるのでは」と思ったり、しんどいときには「ずっとこの状態が続くのかな」と不安になったりもします。これは、人生の後半において、よくあることなのです。

 それなのに、ムラがあるのはよくないと考え、その原因を探したり、やたらと対策をとろうとしたりすると、結果的に心の浮き沈みの波を大きくしてしまう可能性があります。

 人間も生き物ですから、がんばったあとは疲れるものだし、浮き沈みはあって当たり前です。ことさらに波が気になる人は、「一貫性を欠いてはならない」という価値観が強くなりすぎていないか、立ち止まって考えてみてください。

 そもそも人間は感情的な生き物だし、体調の変化もあるし、その時々の都合もあるので、一貫しないものなのです。以下のような思い込みがないか、チェックしてみましょう。

  • 社会人として、やると言ったらやる、言行一致であるべき
  • 約束は守るべき、うそをついてはいけない
  • 仕事への意欲や情熱はずっとキープすべき
  • いつも笑顔で、寛容でなければならない

 もちろんこれらは、社会生活を営む上で大切なことなのですが、「波があってはダメだ」とこだわりすぎると、予定通りに仕事がこなせなかったり、納期に遅れたり、人に対して寛容でいられないときに、過剰に自分を責めるようになってしまいます。

疲労が蓄積すると気分の浮き沈みが大きくなってくる

 では、なぜ歳をとると、気分の波が大きくなってくるのでしょうか。

 気分の浮き沈みは、疲労と密接に関係しています。50歳を過ぎると疲れが抜けにくくなり、それが気分の波に影響を与えているのです。

 私は、以下のように、疲労には「3つの段階」があると考えています。

  • 疲労の第1段階
    休むことによって回復できるレベル。通常の疲労
  • 疲労の第2段階
    うつっぽくなり、イライラし始めるものの、気合いでなんとか乗り切ることができるレベル
  • 疲労の第3段階
    日常生活に支障が出る抑うつ状態のレベル

 50代以降になると、体力が低下してくるので、少し無理をするだけでもすぐに疲労の第2段階になってしまいます。第1段階では波はほとんど感じませんが、第2段階では波が大きくなってきます。

 第2段階では、まずやる気を持続できなくなります。この段階では、本能は体を休ませようとするので、これ以上がんばれないように、やる気は自然となくなるわけです。このやる気の低下は、日常生活や仕事に地味に影響してきます。

 疲労の第2段階では、感じるストレスが2倍になり、冗談半分で言われたことでも受け流せなくなり、くよくよ思い悩んだり、いつまでも腹を立てたりしてしまうようになります。

 ところが、このようにやる気がなくなり小さなことで落ち込んだとしても、第2段階では、必死に気合いを入れれば、仕事もこなせるし日常生活も送れるのです。

 ただし、気合いを入れて無理して気持ちのレベルを戻すことができても、それは短い時間しかキープできません。そして、その状態を維持できなくなると、気持ちがガクンと下がる、ということを繰り返してしまいます。

 これが「波」や「ムラ」を感じる基本的なメカニズムです。

 つまり、「波が気になり始めた」人で、「やる気が持続できない」「傷つきやすくなったように感じる」という人は、疲労の第2段階、しかも限りなく第3段階に近いところにいるというわけです。

「原因を追究して克服する」姿勢がメンタルを悪化させる

 気分の波が大きくなってきたときは、疲労がかなり蓄積しているので、通常の休養だけでは回復できません。数日間、しっかり睡眠をとるとともに、栄養のあるものを食べ、激しいアクティビティは控えましょう。

 そういった対処をとらずに疲労の第2段階の状態が長く続いてしまうと、やがて第3段階に落ちていきます。第3段階になると、これまでとは別人のように動けなくなり、それはそれでつらいのですが、波自体は収まります。というのも、落ちている気持ちを上げるエネルギーがもはやないからです。

 ですから、浮き沈みの波が出てきたときは、第3段階に落ちる前に気づき、休んで疲労を回復させなければなりません。

 疲労の第2段階でしっかり休まずに、第3段階へと落ちてしまう人には特徴があります。それは、性格が真面目で、「こうあるべき」という思い込みがあり、気分の波があると、その原因を追求して克服しようとしてしまうタイプの人です。

 気分の波があるのは、「自分の性格が弱いから」「能力がないから」「責任感がないから」などと原因を決めつけ、自分を責めるのです。

 そして、その原因を解決するための「対策」をとろうとします。責任感がない、アイデアが出ない自分を変えるために、役に立ちそうな本を読んだり、セミナーに参加したり、体を鍛えるためにジムに入会したりします。

 でも、疲労の第2段階にある人がそんなことをしたらどうなるでしょうか? 疲労がもっとたまって、第3段階へと落ちてしまいます。

 この状態にあっても、「いや、自分はそんなに疲れていない」と思ってしまう人は、スケジュール帳を開いて直近まであなた自身にかかっていたストレスをチェックしてみてください。

 ハードな仕事、クレーム対応、気を使う人間関係……。仕事だけでなく、家庭の問題、環境の変化、不安や気疲れ、天候の不順、長時間の移動、ちょっとした事件や災害……。先週や先々週だって、あるいは数カ月前から、ハードな案件が続いていたことに気づくかもしれません。

 しかも、疲労は遅れてやってくることが多いのです。疲労がたまりすぎる前に、しっかりと休息をとりましょう。

チャーチルは、うつを「黒い犬」と呼んだ

ウィンストン・チャーチルは、自分のうつ病のことを「黒い犬」と呼んだ(写真はイメージ=Shutterstock)
ウィンストン・チャーチルは、自分のうつ病のことを「黒い犬」と呼んだ(写真はイメージ=Shutterstock)

 浮き沈みの波をコントロールできたらいいのですが、なかなかそうならないため、焦りも出てきます。

 人生は、いろいろな試練の繰り返しです。うつっぽくなったときでも、浮いたり沈んだりという経験を繰り返して、少しずつ対処が上手になる人もいます。

 例えば英国首相だったウィンストン・チャーチルは、精力的に任務を遂行しつつ、繰り返しやってくるうつ症状に苦しみ、うつのことを「黒い犬」と呼んでいたそうです。

 おそらくチャーチルは、自分の状況を俯瞰し、「黒い犬がやってきても、それはやがて去って行く」ととらえることができていたのでしょう。

 うつ状態になることを「黒い犬」と名づけることで、自分の波をことさらおおごとにとらえないという対処法を身につけていたわけです。

 気持ちが落ちてしまう自分のことをダメだと思わず、「ああ、またあの黒い犬が来た」と思えば、「仕方ないな、あいつがいるうちは自分は暗いんだ」とあきらめもつき、自分のことを責めないで済むところが賢い、と私は思うのです。

 一方で、何度繰り返しても対処が上手にならない人もいます。毎回波に飲まれては、ダメージを受けてしまうのです。この波乗りが上手になる人とならない人との違いは、疲労から回復し、第1段階のレベルに戻ったときに、きちんと振り返っているかどうかだと思います。

 波をなんとかやり過ごして元気になったときに、「気持ちが落ちて溺れていた自分」を振り返って観察してみると、わかることがあります。

 人にはストレスをためるコップがあって、それがいっぱいになるとあふれ、気持ちが落ち込みます。ストレスが勢いよくコップに流れ込んできてあふれたときは、とてもわかりやすいでしょう。しかし、ほんの少しストレスが追加されただけなのにコップからあふれてしまった場合は、「ああ、気づかないうちに、すでにコップの中にはストレスがかなりたまっていたんだな」と気づくべきなのです。

 こうしたことは、スケジュール帳を見ながら落ち着いて振り返らないとなかなか気づきません。「俺は過去は振り返らない、常に前を向く」なんて言っている人は、毎回気持ちの落ち込みにやられてしまいます。あなたも「波乗り上手」になるために、こまめに自分自身のストレス状況を振り返る習慣を取り入れてみましょう。

日経Gooday(グッデイ) 2023年3月28日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]

50歳を過ぎると、体力が衰えて、疲れが抜けなくなってくるだけでなく、心も疲れやすくなってきます。ちょっとしたことでイライラしたり、傷つきやすくなったり、気分の浮き沈みが大きくなったり……。人生100年時代では、50歳はその「折り返し地点」。残りの長い「人生の後半」は、心の疲れをきちんとケアすることが何よりも大切になってきます。本書では、元・陸上自衛隊の心理カウンセラーである下園壮太さんが、あなたの心と体に寄り添う「メンテナンス習慣」をお教えします。

下園壮太(著)、日経BP、1650円(税込み)