
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第16回。
社会はじわじわ不便になっていく
2010年以降に日本各地に登場した独立系の新刊書店には、ユニークなオーナーが数多く見受けられます。書籍校正の専門会社「鴎来堂(おうらいどう)」の社長、書店「かもめブックス」の店主、そしてドトールコーヒーの新業態「本と珈琲 梟書茶房(以下梟書茶房)」のプロデュースと、幅広く活動する栁下恭平さんも、その1人です。
栁下 恭平さん(以下、栁下):この前、長野に行く用事があって、東京駅の八重洲口から北陸新幹線に乗りました。電車が来るまで15分ぐらいあったので、売店でコーヒーを買って、プラットホームに上がったんですね。
僕は飲み喰いが早いものですから、コーヒーをがっと飲むでしょう。で、空になったカップを捨てようと周囲を見渡したら、プラットホームにごみ箱を見つけられなかったんですよ。
ああ、北陸新幹線は車内販売もいち早くやめましたし、いろいろなところをリストラしているんですね。
栁下:まあ、仕方ないからもう一度、売店のある階まで戻って、ごみ箱に捨てて、プラットホームに上がり直しました。
最近の東京は、流しのタクシーがつかまりにくくなって、急ぎの移動の時はヒヤヒヤします。
栁下:まさにそうで、今日、僕はこのインタビューに少し遅刻してしまいましたが、それは、流しのタクシーがつかまらなかったからなんです。以前はもう少し簡単に拾えたはずなんですけど、すみませんでした。
いえいえ。
栁下:なぜこんな話を枕にさせていただいたかというと、新幹線にしても、タクシーにしても、今の日本はいろいろな既存インフラが、少しずつ不便になっている状況で、書店もそこに含まれているな、と思っていまして。

その代わり、すべての領域でIT化が進んでいるわけですが、ちょっと前までは当たり前だったインフラが、だんだんそうではなくなっていますね。分かりやすく言うと、コロナ禍が分水嶺だったと感じます。
栁下:東京駅の日本橋口改札横には以前、三省堂があって、京都に行く時はそこにぱっと行って、文庫を買って新幹線に乗る、みたいな行動が普通にできていました。でも、その三省堂さんがなくなって、そういうアクションもできなくなりました。
渋谷ではかつて、山下書店渋谷南口店が24時間営業であって、本も雑誌も含めてすばらしい品ぞろえで、深夜2時でも本を買おうと思えば買えていました。しかし、ここのお店も18年に閉店されました。
要するに何を言いたいかというと、既存のサービスは、これから様々な面で、シンプルに悪くなっていくだろうということです。
それは実感しますね……。
栁下:ただ、これはコスト原理で言えば、いたしかたない流れなんですね。
欧米の先進国はすでにみんな、そんな感じですからね。
栁下:おそらくこれからは、僕がお世話になっている富士そば(名代 富士そば)も吉野家も、すべての生活にまつわるインフラが、今、この瞬間と比べて不便になっていくことでしょう。
本の関連で言うと、これまでは製紙会社さんがいろいろなロットで多様な紙を作ってきましたが、書籍類が売れなければ、ロットも維持できませんので、紙のバラエティーも減っていくと思います。これらを見渡して、まちの本屋も消えていく運命だ、とみなさんが思われることも、まあ仕方ないことですよね。
いやいや、そんなことはおっしゃらずに。そうではない展望やシナリオも、栁下さんはじめ、書店復興のインタビューシリーズに登場されている方々はお話しされています。栁下さんの「かもめブックス」は、今年で11年目を迎えますが、そこからの考察を伺えますか。
出版社、取次、書店は「別の稼ぎ方」をするようになる
栁下:これまで出版・書店業界は、出版社、取次、書店という3つのステークホルダーによる一つの業界として語られてきましたが、僕の実感として、それらを一つの業界としてまとめて語るのはもう違うかな、というのがあります。
それは栁下さんならではの視点ですね。
栁下:より正確に言うと、それぞれのマネタイズのモデルが違ってきている、ということですね。
あ、面白い。もっと教えてください。


栁下:もちろん3者とも、本を売ることが利益につながっていて、その根底は変わりませんが、アウトプットが違ってきているんです。少し粗い論になって申し訳ありませんが、整理すると次のようになります。
書店は「本を売る」ことがマネタイズになっています。
取次は物流かつ商流のビジネスモデルであり、掛取引など支払いのバッファを担うことが、以前から大きな役割の一つでした。ここでは「本を動かす」ことがマネタイズになります。
出版社は本を作ることが利益の源泉ですが、実際は本を取次に卸せば、取次から代金がいったん支払われる仕組みになっているので、「本を作って取次に卸す」ことがマネタイズになります。
ダイレクトに消費者、というか読者と接点を持つのは書店だけなんですね。
栁下:もちろん3者とも根っこは一緒で、「本が売れる」というところでマネタイズしています。ただし1997年以降、本の売り上げが下がるにつれて、違いがだんだん顕在化するようになったわけです。
90年代半ばまでは、雑誌、漫画がばんばん売れることで、ちょっとの違いはそこに吸収できた。ゆえに業界全体がマネタイズモデルの違いに、あまり向き合わないで済んでいた。そういう過去があるということですね。
栁下:ですので、マネタイズの違いが顕在化してきたこの3~4年ぐらいに、それぞれの生き残りの方向の違いも、目に見える形になってきた感があります。
たとえば出版社では、漫画がやはり主力ですので、この10年のトレンドとして、漫画の(ウェブを介してスマートフォンで読む)アプリ化への注力が目立っています。
集英社の「少年ジャンプ+」や講談社の「マガポケ」とかですね。
栁下:ウェブアプリを構築することによって、IP(知的財産)の土壌を整備し、海外への配信も強化することで、より大きなマネタイズがしやすくなります。
また、雑誌は雑誌で、それまで蓄えた情報の編集力があります。それを生かして、「まちを編集する」といった名目で、地方の行政などと一緒に地域企画に取り組んでいたりもします。
地方創生には国の予算が付くので、BtoG(Gはガバメント)モデルがここで出てくるわけですね。
栁下:取次は資本力と不動産などの資産がありますので、それらを運営することにも目を向けるようになっています。
マネタイズの複線化が起こっている
このシリーズで日本図書販売(日販)の子会社「ひらく」が、箱根の強羅に開業したブックホテル「箱根本箱」のことも取り上げていますが、それに関連していますね。(「日本独特の「取次」が経営する本のホテルと“喫茶店”」)
栁下:日販さんの強羅本箱は、マネタイズというよりはブランディングだと思いますが、事業の中身が多様化していることは確かです。
また、書店は書店で、本を売ること+αが多様に進んでいます。
かもめブックスはカフェとギャラリーを併設していますし、栁下さん自身がドトールコーヒーの「梟書茶房」をプロデュースしておられます。
栁下:あとは、店主が一つのブランドになって、エッセーを出版したり、イベントを行ったり、公共施設の選書を担ったりと、マネタイズの間口が広がっていますよね。
小規模なイベントでも、その売り上げが月に10万円あれば、まちの書店にとっては経営を安定させる要素になります。そういった、マネタイズの2本立て、3本立てのような状況があり、それは書店だけでなく、出版社、取次という各業態で起こっていると思います。

書店の経営者として、取次の変化を肌で感じることはありますか。
栁下:トーハンさんが小型書店の開業を支援する「HONYAL(ホンヤル)」という小口パッケージサービスを、24年10月に始めました。それは僕が開業した11年前だと考えられなかった動きです。かもめブックスは約40坪の書店ですが、11年前ですと、その坪数では大手取次の帳合をすぐに取るのは難しかったんです。
なぜでしょうか。
栁下:かつての取次は雑誌の販売日をベースに配送スケジュールを組んでいました。つまり大規模のものを大規模の場所に運ぶことに最適化した物流で、だからこそ「週刊少年ジャンプ」が札幌でも福岡でも月曜日に手に入るんですね。
その物流スケジュールが基準になっていますので、40坪前後のまちの書店に、きめ細かく対応することは、あまり考えないできた。
今では取次の姿勢も変化があるのでしょうか。
栁下:状況はずいぶん変わっていて、むしろまちの書店への配本に力を向ける方向になっています。それは、売り上げよりも流通拠点として数を維持したいとい理由があるかと思います。
業界全体を盛り上げないと、取次のよって立つところも狭まってしまいますから、そうせざるを得ないですね。
栁下:前回のインタビューで僕は、紙の本はずっと求められるだろうと言いました。なぜなら、情報パッケージとして本というものが便利ですので。
となると、やりにくさとか変化は書店、図書館、古本、さらに流通の方面から広がってくるのかな、と思っています。
まちの本屋さんが個性的になり、それを支える姿勢に取次が変わり出したのもうなずけますね。とはいえ、どこの駅前でも普通に書店があり、本が選べた時代は戻って来そうにない。そういう現実はあります。
文楽も娯楽、本も娯楽
栁下:また話が変わって恐縮なんですが、ずいぶん前に大阪で文楽を保護しようという動きがありました。
文楽に限らず、芸能や工芸を文化として保護することはとても大事だと思います。僕は本も娯楽だと思っているんです。

ですので、書店の危機というのは、自分ごととして考えなければいけないことだとは思いますが、一方で、そんなに頑張って保護しようとしなくてもいいんじゃないかと、ちょっと思っていて。
そうなんですか?
栁下:文楽には観客が必要だし、本にも読者が必要です。書店を保護しても、本を読む人がいなくなったら意味がないし、そもそも読者を保護するという行為はナンセンスですよね。どこの駅前でも普通に書店があり、本が選べた時代は、それだけ読者がいたからであって、本屋だけの問題じゃないと思うんです。鶏と卵問題でどちらが先かは分からないですが。
やりたい人が、継続可能な利益を出しながらやればいい、ということですか。
駅前に書店はきっとまた戻ってくる
栁下:出版社はスマートフォンを脇に置かせるくらい面白い本を作る。取次は流通と商流の最適なインフラを作る。書店は読者との接点を最大化する。
もちろん、下流に行くにつれて打てる手は減りますが、僕は「どこの駅前でも普通に書店があり、本が選べた時代」が形を変えて戻ってくると思いますよ。だって、そこまで悲観的になるほど本がなくなるとも思えないんです。数万文字以上の情報を読む時は、書籍の方が読みやすいし、理解しやすいですから。
物理的な紙の束としての「本」は廃れないと、「本屋B&B」の店主、内沼晋太郎さんもおっしゃっていました。(「韓国の書店支援策と紙の本の明るい未来」)
栁下:僕は基本的に、みんなが好きにすればいいと考えているんです。冒頭でお話ししたように、しばらく世界は不便になっていくだろう、という前提はありますが、そのことも過剰にネガティブには感じてなくて。あ、雨が降ってきた、ぐらいなものなんですよ。
なるほど。
栁下:そもそも“しばらく不便になっていくだろう”ということを、どこまで許容するのかも決まっていない中で、改善しようという話だけが先行しても、それは困るよね、という話だと思うんですね。
進化論みたいになってしまいますが、適応していけばいい、ということでしょうか。
栁下:もちろん、改善した方がいいということもありますが、雨が降ってきたら傘をさせばいい。そのくらいのスタンスで考えた方が、いい未来があると考えています。
栁下さんをはじめ、このインタビューに登場してくださる本好きの方々は、ものすごく話題が豊富です。そのような方が、ご自身が「面白い」ことをエネルギーとして、元気に書店を経営していることに励まされました。

[日経ビジネス電子版 2025年3月14日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
