
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第20回。
全国的に珍しい公設・民営の書店「ちえなみき」。前回(「敦賀市が駅前にマンションでもドラストでもなく書店をつくった理由」)は、敦賀市サイドのご担当である西村勇人さんにお話をうかがいました。今回は民間サイドの指定管理者、「丸善雄松堂・編集工学研究所(編工研)」の、ちえなみき店長でちえなみき統括責任者でもある笹本早夕里さんから、お話をお聞きします。笹本さんは、ちえなみきの立ち上げの時にスカウトされて運営に入られたとのこと。もともと敦賀市のご出身なんですか。
ちえなみき統括責任者 笹本早夕里さん(以下、笹本):福井県が地元ですが、敦賀ではなく鯖江市の出身です。私に限らず、ちえなみきの運営チームは基本的にすべて地元採用です。運営内部を空洞化しないで、地域と連携してコミュニティーを作っていける人員を敦賀市が探していて、声をかけていただきました。

メガネメーカーに勤めていた人材をスカウト
鯖江でも書店で働いていらしたのですか。
笹本:いえ、まったく別の仕事です。鯖江はメガネを筆頭にしたものづくりのまちで、私はメガネメーカーに勤めていました。
ただ、小学生の頃から本が好きで、家庭文庫を運営するなど、本にまつわるいろいろな活動をしていたんです。学生時代には、読まれなくなった絵本を集めて、翻訳シールを貼って東南アジアに送っていました。社会人になってからは、自分の本や、友人たちから寄贈していただいた本を、カフェやバー、マルシェなどにポップアップ的に出店して、無料で貸し出す「移動図書室」を催していました。移動図書室では、協力してくださる書店さんや雑貨屋さんが、返却窓口の代わりになってくださっていました。
全部面白そう。まさに本を基点にした地域・コミュニティー活動ですね。
笹本:前職でも、デザイナーさんとコラボして何かをつくろうとなった時に、「絵本にしましょう!」って即座に提案して、メガネづくりの工程が分かる絵本を作っていました。
という笹本さんを、敦賀市はどのようにして見つけたのですか。
敦賀市まちづくり観光部 まちづくり推進課 西村勇人さん(以下、西村):ちえなみきは指定管理者を決めてから、オープンまでの工期が3年ほどありました。その間に管理者の丸善雄松堂・編工研が、敦賀の地域おこし協力隊の方を通じて、笹本さんの存在を教えてくださったんです。役所には書籍に明るい人材はなかなかいないので、僕たちにとって笹本さんと出会えたことは、すごくラッキーでした。
その通りですが、その前に準備期間が3年もあったなんて、珍しくないですか。行政でよくあるのは、ハコを作ってから「さて中身をどう回そうか」と思案するパターン。それが多くの失敗を招いてきましたが、敦賀では何が違ったのでしょうか。
3年をかけた下準備
西村:ちえなみきはDBO(デザイン・ビルド・オペレート)方式により整備しており、それがよかったと思います。
DBOは、民間事業者(指定管理者)が設計から運営まで一体的に請け負う方式です。人材の発掘も含め、3年ほどの期間をしっかりと下準備に充てて、オープン時にはハードもソフトもすべて整えた状態にしようと考えました。並行して市では、「ちえなみきができたら、どういう活動をしたいか」というテーマで、コミュニティ活動をされている方々と話し合う「つるが未来会議」も立ち上げて、話し合いを重ねました。これが現在、毎月ここでイベントを実施しているプレーヤー、そしてちえなみきのヘビーユーザーの発掘につながっていったと思います。
そういった事前の準備業務には、予算が付いていたのですか?
西村:はい、予算を別に付けていました。
素晴らしい。ところでちえなみきには、ひと目で印象に残る空間のインパクトがあります。内装にはどなたか有名なデザイナーが関わっているのでしょうか。

西村:DBOですので、内装設計も指定管理者が担当しています。丸善雄松堂の中にある設計部署と、編工研のデザイナーチームの担当と意見を交わしながら進めていきました。
特に著名な方のデザインというわけでもない。それはすごいですね。そして、ちえなみきの最大の特徴が、「世界樹」と呼ばれる独特の棚パターン。松岡正剛さんが所長を務めていた編工研のアイデアということですが。
笹本:はい、世界樹は「棚パターン」というより、「世界知、日常知、共読知という3つの知から構成される書籍空間のコンセプト」と言ったほうがより正しいと思います。
1階の大部分を占める「世界知」のエリアは、松岡さんが東京の丸善丸の内本店で期間限定の実験的書店空間「松丸本舗」を開いた時のイメージを継承しています。松岡さんが手掛けられた松丸本舗はディープな本好きの方々にとって、今も強い印象を残している企画だったと思います。
ちえなみきのプロジェクトがスタートした時の市の担当が、松丸本舗と松岡正剛さんの大ファンで、「あの空間を敦賀でも再現したい」と、熱い思いを持っていた。その要素も大きかったですね。ただ、公設書店ですので、ここではマニアックに全振りせず、子どもから大人まで楽しめる空間を意図し、バランスよく設計しました。
世界樹はもう、そのまま「映え」のビジュアルですね。
笹本:SNS映えの効果は大きいです。館内は写真撮影も自由にしているんですよ。
その自由さがいいですね。とはいえ、ビジュアルだけでは来館者は満足しないでしょう。世界樹はなぜ、人を引きつけるのでしょうか。
「知っている」「読んだことある」本が人をつかむ
笹本:第一に文脈の力があると思います。図書館の「日本十進分類法」による並べ方ではなく、棚のテーマがすべて文脈でつながっているので、興味が自然に広がっていく。つくりが迷路のようになっていて、自分で行こうと思った棚にすぐに行けないところも、逆に知的好奇心をくすぐっていると思います。
たしかに何か一つ、気になったタイトルがあると、連鎖的に「お、これは!」という本が目に入り、迷路がつくる“知のトラップ”に入り込んでしまいますね。
笹本:もう一つ、選書が、「とがった本ばかりではない」ということもあると思います。
なるほど。ロングセラーや敷居の低い本も入れてある。
笹本:そうです。テーマを設けた棚には、主軸となる本を何冊か決めて、それを目立つように陳列しています。そして主軸の本は、みなさんが「あ、この本、知っている」「学生の頃に読んだ」とピンとくるものも。懐かしい気持ちとともに、新しい本にも出合えるという、その両方があるんです。

私も、愛読した『ぐりとぐら』の絵本に目を引かれて、普段はじっくり見ない絵本コーナーにハマりました。格子戸の付いた棚の奥に、知らない絵本が陳列されていて、探検する気分で知らない絵本を手に取りました。売れ筋ばかりではつまらないけれど、あまりにマニアックな本ばかりだと、引いてしまう。そのバランスが腕の見せどころですね。
笹本:絵本コーナーが分かりやすいのですが、「この本、家にあった」「保育園、幼稚園で読んでもらった」「学校の図書室で読んだ」といった気持ちが、必ず生まれるように選書しています。絵本コーナーだけでなく、その工夫を全館で行っています。
おしゃべりOK、Wi-Fiも電源も使えて居心地最高



あちこちに自由に座れる椅子がたくさんあり、その一つひとつがデザイン的にも吟味されていて、座り心地とともに、居心地がいい。店内は撮影自由、しかも電源も無料Wi-Fiもあって、市民だけでなく、観光客を含めてすべての人が行き来できるという、寛容な書店です。
笹本:今、私たちが話をしている2階の会議スペースも無料なんですよ。ここもオープンスペースになっていて、読書に限らず、仕事の打ち合わせに使っていただいても大丈夫です。地元の企業の方が1階のカフェでワンドリンクを注文して、会議をされたりしています。


黙って本を読むだけでなく、自由にしゃべってもいい、と。
笹本:はい。ママ友で集まって情報交換カフェのように使うこともできますし、小規模のイベントの場にもできます。クイズを作ることが大好きな方がクイズサークルを立ち上げて、部活動のように集まったり、地元の助産師さんがお産の準備クラスを定期的に開催されていたり。
仕事の打ち合わせもOKということであれば、へんなセミナーとか勧誘みたいなものに使われたりしませんか?
笹本:使用のテーマは、「本」「学び」「知育」に関することと決めていて、利用者はちえなみきのスタッフと話し合いながら使用しています。関係者のアドバイスやフィードバックもいただきながら、勧誘や誘導、高額な参加費の類はすべて、お断りするというように、そこは気を付けています。
もう一度伺いますが、ここ、電源もWi-Fiも使えて無料なんですよね。

笹本:公民館などは(受益者負担の観点で)使用料を設けていますが、ここは「地元の人がチャレンジしたいことへのスタート地点」と捉えているんです。普段はまちで大人向けに編み物教室をされている方が、このオープンスペースで子ども向けに編み物の初歩を教えていたら、「何しているんだろう?」と、みんなが集まってきたり。
ああ、いい光景ですね。うちの近所にもあったらなあ。駅から遠い住宅街ではなく、駅の隣にそういう場所があることが、いいですね。
ちえなみきは、独自のイベント企画もユニークで面白いですね。例えば昨年(24年)秋に催された宿泊イベントの「ちえなみきに泊まろう」。閉館後の18時から翌朝9時まで、20人が館内に泊まるという。
笹本:「〇〇に泊まろう」といったイベント自体はうちのオリジナルではなく、各地の施設で結構、人気を集めているものなんです。ただ、ちえなみきは、区画ごとに照明の明るさや色を調整できて、カフェも併設されていますので、この空間全体を楽しむ特別な体験ができるな、と考えまして。
夕食が地元のお店による「季節の食材を使ったおばんざい弁当」、朝食が併設カフェ、中道源蔵茶舗の「おむすびとお味噌汁」。軽食の持ち込みも可で、寝る場所にはコット(簡易ベッド)を用意。夜は参加者の読書会も開かれるという、キャンプみたいなワクワク感があります。参加費は一人1000円、プラス本2冊の購入とのことで、ここでも太っ腹ですね。
笹本:昨秋は2度目の開催だったのですが、おかげさまで人気が上がり、20人の定員に8倍の応募がありました。
ちえなみきの存在が「読書好き市民」の鉱脈を掘り起こす
お話を聞いていると、運営側のフットワークのよさを感じますが、敦賀市は職員の平均年齢が若いとか、そのような要因があるのでしょうか。
西村:敦賀市の職員は、平均年齢が38歳ぐらい。たぶん県内でも若い方だと思います。
それは、昨今の日本では珍しいほど若いですよ。加えて、敦賀の人の気質というものがあるのでしょうか。港町で新しいものに抵抗感が少ないとか。
西村:わが市の宣伝をちょっとしますと、敦賀は江戸時代には北前船の一大寄港地で、明治時代に入ると日本海側で初めて鉄道が敷かれた場所でした。当時はロシアのウラジオストクに渡る唯一の航路の起点だったからです。交通の結節点になっていたので、昔から交流人口は多い土地柄でした。また、近代には原子力発電所ができ、全国から人が集まってきた歴史もあります。
笹本:同じ県内でも、鯖江市などは地域おこし協力隊などで移住される若い世代が目立ちますが、敦賀は原子力産業の仕事で移住された方たちと、その子ども世代が家族を持って定住されているイメージが強いですね。地域活動では30代、40代の子育て層が目立ちます。
そもそも福井県自体が、子育てに手厚い県として有名ですよね。
西村:出産費用の自己負担がゼロだったり、高校生まで医療費がかからなかったり、そういう施策は都会と比べると手厚いかと思います。
読書好きな土地柄というのはありますか?
西村:僕自身、社会人になってから地元の図書館に通ったりしていましたが、個人的に読書好きな土地柄というイメージは、正直、ないですね(笑)。
そうなんですね(笑)。
西村:市内に数店ある書店さんでも、人が行くのは漫画コーナーと参考書コーナーで、がっつり本を読んでいる人たちがここにはいるぞ、という感覚はありませんでした。
そこに公設で書店を作って大丈夫なのか、と思いませんでしたか。

西村:当時の担当者や担当部長などの、多くの知見や熱い思いを考えれば、いまのような結果になっても不思議ではないと思います。ちえなみきで働きたいと応募してきた20代の女性に話を聞いたら、「学生時代は本について話せる友達がいなくて、さびしかった。ここなら本に触れられるのでうれしい」と言っていました。
笹本:ちえなみきでは、読書会も定期的に催していますが、参加募集するとすぐに埋まります。それも、『自省録』(マルクス・アウレリウス・アントニヌス・著)とか『忘れられた日本人』(宮本常一著)といったタイトルです。本好きな方々はこんなにいたんですね、と、驚いています。
それもいいお話ですね。きっと全国の至る所に、まだ掘り起こされていない本好きの鉱脈があるのだと思います。
笹本:集まる場所さえあれば、本を媒介にして、それらが掘り起こされて、交流が広がっていく。そんな実感はあります。
敦賀市以外でも応用可能か?
とはいえ、お話を伺っていると、ちえなみきは、鷹揚(おうよう)にかまえた運営が成功を呼びこんだ事例のように思えます。それは経済的な余裕、つまり地元に原子力発電所という産業基盤が、ばっちりあるからと言えるのではないでしょうか。ということは、ちえなみきの公設・民営書店という形は、例外的な事例で、全国に敷衍(ふえん)しにくい、となるのかな、と。
西村:正直に言って、スペシャル(突然変異)なところがあると思います。ただ、スペシャルな点とは別に、考え方や他の自治体でも応用できるところは多々あります。
ここでは昔ながらの行政の考え方から脱して、デザインが持つ費用対効果に注力しました。昨今は自治体でも、デザインの力を重視する傾向は強くなってきており、公設・民営の書店をDBOでつくって運営するという、敦賀モデルを打ち出すことができたと考えています。
次回は、ちえなみきをめぐる資金スキームについて、スペシャルなところと、敷衍可能なところ、両方を伺っていきます。

(*後編に続きます)
[日経ビジネス電子版 2025年5月22日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)

