(写真:Free1970/stock.adobe.com)
(写真:Free1970/stock.adobe.com)

※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第22回。

 本と読者のタッチポイントは、書店、図書館、ネットの3つがある。その中で、急激な減少に見舞われているのが書店だ。いまや書店がゼロ、もしくは1店のみという自治体が、なんと日本の半数に迫ろうとしている。ピンチに対応するべく、国も立ち上がった。2024年3月、経済産業省は「書店振興プロジェクトチーム」を発足した。その事務局を務める文化創造産業課長の佐伯徳彦さんに、目指すところを聞いていく。

国が乗り出す意味はどこに?

経済産業省(以下、経産省)が、書店振興プロジェクトを立ち上げたいきさつからうかがえればと思います。

佐伯徳彦さん(以下、佐伯):2024年3月に、第2次岸田文雄内閣の齋藤健・経済産業大臣のイニシアチブで、大臣直轄のプロジェクトチームを、省内横断で立ち上げたことがスタートになっています。そのチームで、書店の現場にいる方々から実態をうかがい、現状の課題整理を行い、また車座のヒアリングも数回催して、昨年(24年)秋に、途中報告を作成、パブリックコメントを実施して、今年1月に公表しました。

経済産業省 商務・サービスグループ 文化創造産業課長 佐伯徳彦さん
経済産業省 商務・サービスグループ 文化創造産業課長 佐伯徳彦さん
1977年生まれ。2000年東京大学法学部卒業。01年、東京大学大学院総合文化研究科を中退し、経済産業省入省。19~22年、日本貿易振興機構ロサンゼルス事務所次長。24年から「コンテンツ産業官民協議会」「映画戦略企画委員会」の政府側の構成員として、「エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」を開催。同年、文化創造産業課長(海外需要開拓室長、アート・ファッション政策室長、デザイン政策室長を兼務)。経済産業省の書店振興プロジェクトチームの事務局を務める(写真=猪俣 博史)

国が対策に乗り出す意味は、どこにあるとお考えですか。

佐伯:まず大きな背景で言うと、書店は日本の中長期的な競争力の基盤であるということです。日本が競争力を持つには発想力が大切で、そのためには新しい考え方、多様な考え方に触れることが必要です。

 海外先進国でも、書店は商売の一環というよりも、文化の発信拠点であり、国力と重要な関係を持っていると考えられています。

まったくその通りだと思います。

佐伯:もう一つ、経産省の文脈で言いますと、我々がエンターテインメント産業も担当していることがあります。日本のアニメや漫画が海外で大いに受け入れられている状況を継続的に守るために、書店という基盤はとても大事なのです。

書店という基盤の、そのまた基盤は、それらアニメや漫画を生み出す漫画雑誌になる、ということですね。

少年誌が書店で売られ続けることが大事

佐伯:はい、少年誌がちゃんと売れ続けていくことで、新しい漫画のコンテンツがつくられ続けていくことが重要だと考えています。

 今、出版各社は、マーケティングされた大人向けの漫画を、デジタル主体で打ち出しています。ただ、大人向けの漫画は、世界規模ではなかなか売れにくいんです。その点、少年誌は世界で売れており、その少年誌という基盤が非常に大事になるんですね。しかも子ども向けの場合は、デジタルではなく、やはり紙の雑誌なのです。

 全国津々浦々に本屋さんがある、という状態がないと少年誌は売れませんし、少年誌が売れなければ、作家、漫画家が作品を発表する場もなかなか得られなくなる。同時に取次の流通も回らなくなります。そのように、すべてが関連しています。

がっちりと組み立てられた既存の出版・取次の流通機構は、本当に漫画誌が基になっているんですね。

佐伯:その意味で、書店の位置付けは国全体の競争力に結びついていますし、さらにIP(知的財産)コンテンツが次々と生み出されていく基盤になっている。出版・書店業界は単純な一業種ではなく、日本全体の政策的な位置付けに大きな影響があります。その考えのもとで、支援スキームの作成を進めています。

20年前までは機能していた既存の流通機構は今、時代の変化の中で、大きく揺らいでいます。その最も目に見える現象として書店減少があります。出版の現場にいる私たちも、その課題を日々、身を持って感じていて、やっぱり構造的に変わらないとだめだな、という危機感があります。

佐伯:日本ではすでに、全国で4分の1の自治体が書店ゼロになっていますので、今の状況は深刻ですね。

ただ、日本では人口減少が避けられない流れなので、大事な書店を守ろう、という情緒的なスローガンでは、もう立ち行かない。その中で、経産省というお役所がサポートできる領域はどこにあるとお考えでしょうか。

佐伯:今、いろいろなプロジェクトが動きつつあるところなのですが、まず書店の利益率を上げることを考えた場合、業界の構造をどのように改革するかが課題になります。その点で、本のバリューチェーンの中にある「返本率」に着目しています。

返本率ですか?

返本率の改善が業界を変える

佐伯:はい、地味な着目点ですが、ここにアドレスしないと、全体が変えられないのです。世の中にはあまり知られていませんが、現在、書店に配送される本の中で、書籍が30%強、雑誌は50%弱が返本されています。

なんと。

佐伯:本を売り上げた時の書店への配分は22%ぐらいで、取次が8%、あとが出版社と、そこから作者への印税になるといわれています。出版社側は返本された時のリスクをコストに反映して、自分たちの取り分を決めているわけです。

 その構造の中で計算すると、返本率をあと10%下げれば、書店の取り分は30%まで引き上げることが可能だ、という考え方ができるのです。

返本率を下げるためには、何をすればいいのでしょうか。

佐伯:まずは何が売れていて、何が売れていないか。その実際を正しく知ることなのですが、実は今まで、書店ではこのことが、あまりクリアにされていなかったのです。

そうなんですね。

佐伯:書店にデータがない一方で、出版社の方は、売り上げを得るために新しい本を書店に配本していきます。

出版社としても、人々に読んでもらいたい本を出す以上に、書店の棚を埋めて、自分たちのテリトリーを確保したい、という事情があります。

佐伯:ただ、現実には売れ筋の本が棚を埋めますので、出版社が新しい本を次々と書店に送っても、書店の方では段ボール箱も開けずに返本している。そんなことが常態化しているんです。

真に売れているものがよく分からない状況で、しかも4割が出版社に返されていたら、販売計画も何も考えられなくなりますよね。販売計画が立てられず、さらに返本が増えていくのであれば、悪循環そのものですね。

佐伯:かといって、じゃあ現行の配本制度をやめればいい、とはならないわけです。何しろ市場には年間約7万冊の新刊本が出回っていますし、その背景には数多くの出版社があって、本を通じて文化の提供を行っている。そのことを踏まえる必要があります。

時間がかかるとは思いますが、それでも構造改革は必要でしょうね。

RFIDでデータを可視化

佐伯:データ不足という課題に対しては、すでに出版大手4社(講談社、小学館、集英社、KADOKAWA)が、自社の漫画すべてと、小説の一部に「RFID(Radio Frequency Identification)」というチップ(タグ)を付けて、データの可視化が始まっています。

 RFIDは電波を用いた非接触通信で、情報の読み取りなどの管理を行うシステムです。それを使うと、その本の居場所がリアルタイムで分かります。取次の倉庫なのか、配送車の中なのか、あるいは書店の倉庫か、書店の店頭なのか、または売れたのか。何がどこで、どう売れたのか、そのデータを回収できるようになるんです。

これまではブラックボックスだったところが、書店の基盤として整備されるということですか。

佐伯:はい、そうなります。どの本が売れているのかを正確に把握できると、書店の発注精度が高まります。取次も、出版社から言われたからといって、何でもかんでも書店に送ることがなくなるでしょう。それは返本率の低減につながります。このRFIDを書店のインフラとして使っていただくために、国が補助できないか、方策を考えています。

つまり経産省の力点は、デジタルトランスフォーメーション(DX)化にあるということですね。

佐伯:そうなります。RFIDにはいくつかメリットがあります。RFIDのタグは無線通信ですので、本が詰まっている段ボール箱を、外からレシーバーで読み取ることで、中身が全部分かるんです。これまで書店では、取次から回ってきた段ボールを開けて、1冊1冊取り出して中身を確認していたわけですが、まずその手間がなくなります。要するに、在庫管理が楽になるんですね。

RFIDの読み取りは、ちょっと昔の回転寿司のお会計の時みたいなイメージでしょうか。

佐伯:はい、あの感じです。RFIDのレシーバーを置いておけば、書店の棚で何が売れたかということも、24時間体制で管理できます。RFIDのタグは、出版社が出荷する時に付けるので、そのコストを書店で負担する必要もありません。書店側は、データの読み取りと、その管理だけをすればいいことになります。

ただ、それによって、何がよくなるのか、いま一つ分からないのですが……。

データオリエンテッドな運営がスタート地点

佐伯:現行では、書店が本を1冊売った場合、定価の22%が取り分になります。しかし、そこから人件費、家賃など経費を引いていくと、純粋な利益は大幅に薄まります。一方、近ごろは付録付きの雑誌などが増え、書店員さんの手間は増える一方なんですね。ですので、店舗での手間の低減は、やはり大きな課題なのです。

 さらに、特にまちの書店さんの声として、取次が書店の販売実績ではなく、面積に応じて配本をしていることへの不満が大きかったんです。うちは、この作家のこの本を、こんなに売っているのに、新刊が配本されないとか、遅れるとかといった状態ですね。

大規模書店がどうしても優遇されて、配本の誤謬(ごびゅう)が起こるということですね。

佐伯:小さい書店さんですと、欲しい本がなかなか来ない。それは、分かりやすい販売データがなかったからです。データがあれば、どこの書店でどれぐらい売れているのか、売っているのかを、すぐに示すことができます。取次にしても、あそこの本屋さんに配本すれば売れる、ということが分かれば、効率的な配本が可能になります。

とはいえ、それだと全国の書店が「売れ筋一辺倒」になってしまって、本が持っている多様性が損なわれないでしょうか。

佐伯:もちろん本の品ぞろえは多様性があった方がいいと思います。ただ、毎年7万冊も新しい本が市場に出ている中で、1冊1冊の善し悪しを書店が把握することは、現実的ではありません。やはり当初はデータオリエンテッドにやっていくことが、いいのではないかと思います。

なるほど。

佐伯:何が売れているのかをデータで把握し、売れ筋に寄せていけば、書店の棚の回転率も上がってきますし、回転率が上がるような店づくりができれば、返本も減っていくでしょう。売れ筋を確保した上で、自分の店だったら、このジャンルの本がよく売れるから、配本を強化してほしいというような要望も取次に出しやすくなります。

 そのようにデータを根拠にして、バリューチェーン全体で返本率を下げ、各者の利益率を上げていくことは、書店振興のベースになると考えています。特に書店にとって、現行の利益率の改善が達成できないと、おそらく今後、書店に参入しようとする人も減って、ますます難しいことになってしまいますから。

データベースの整備は、書店だけでなく、取次、出版社も賛成ということですか。

佐伯:出版社も、取次も、書店がなくなってしまえば当然、売り上げが下がりますので、その意味で関係者全員が前向きになっておられます。

 例えば出版社で言いますと、制作から出荷、販売まで、いろいろなリスクがありますが、返本された本を最後に処分しなければならないコストもかかるんです。返本率が下がってコストが圧縮されれば、書店の利益配分を上げることにも応じる、と言っておられる出版社もあります。地味な部分ですが、我々が取り組めるのは、そのような基盤の再整備です。このことはあまり知られていないので、このような機会に、私どもから内容をお伝えできるのはうれしいですね。

(*後編に続きます)

日経ビジネス電子版 2025年6月3日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)