私たちは、15年後にどんな世界に住んでいるのでしょうか? 人間である限り、年は必ずとります。『2040年の未来予測(日経ビジネス人文庫)』著者の成毛眞氏は、年金・社会保障・医療などを筆頭に未来は暗いと予測します。15年後なんてまだまだ先だと思っていても、その頃の未来を予測して生活していないと、手遅れになることもあるかもしれません。今回の対談は、現在と未来の医療について。『未来の医療年表』著者で医師・医学博士の奥真也氏と考えます。その後編。(本記事は『2040年の未来予測』文庫化にあたり、単行本の発売時に日経ビジネス電子版で公開した内容を一部更新・再編集してお届けします)
これからの医者は、「覚える」よりも「思考重視」
成毛眞(以下、成毛):未来の医療を考える場合、病気が治るかどうかに焦点が当たりがちですが、医療の担い手である医師をとりまく環境も大きく変わるはずです。まず、将来どころか、今でも医師って大変じゃないのかなという疑問を抱いている人も多いでしょう。医学の発達によって、臨床のお医者さんが勉強しなければいけないことも増えている印象もありますが、どうなんですか。
奥真也氏(以下、奥):イエスであり、ノーでもあります。医者は医学の全体概念を理解するまでは、一人前になれません。昭和だろうが令和だろうが、そこは変わらないですね。その部分は、実は昔と比べて膨大になっているわけではありません。そういう意味で、イエスかノーかと聞かれればノーになります。

奥:ただ、全体像といっても、一つひとつが深くなっています。昔は、内科と外科、小児科、産婦人科が分かっていればそれで大丈夫、という感じだったのですが、今はそれだけではなく細分化されていますし。一人前の医者といっても、時間がかなりかかります。医学部6年のうちの2、3年は時間をじっくりかけて、これらの概念を自分の中に作り上げないと、医者としても研究者としてもやっていけません。
ここで注意しなければいけないのは、覚える量は増えていないのです。重要なのは考え方です。例えば、薬の名前や処方量は忘れてもいいのです。インターネットで検索すれば分かりますから。ですから、医師国家試験を思考重視型に変えようという動きも出てきています。ようやくそちらに舵(かじ)を切り始めた程度ですが。
成毛:そうですよね。分からなければ検索すればいいし、患者のデータがあれば、薬は人工知能(AI)が処方してもいいわけですからね。
奥:その通りです。基本的には、AIやコンピューターが代替できる仕事は全部置き換えればいいと思います。ただ、そうなると、そのお墨付きを誰が与えるかという新たな問題が浮上します。例えば、入院患者さんの真夜中の輸液の調整をAIが担っている機器があります。もしそれが故障して、事故が起きた場合には、誰が責任をとるのか。当直医が全部責任を負わされることになったら大変です。
これは、自動運転の問題と根っこは同じです。自動運転で事故が起きた場合、車メーカーと運転席に座っていた人間の過失の割合をどう考えるか。保険で保障できるのか。ここの部分は何とかしなくてはいけないでしょうね。
多くの人を救いたい人は、医師ではなく別の職業の方がいい
成毛:人間とテクノロジーの責任分担を社会がデザインしなきゃいけない時期にさしかかっていますよね。いずれにせよ、今後、テクノロジーが医療現場で存在感を増すことはあっても、小さくなることはありません。そうなると医師の役割も変わってくるはずです。例えば、「インフォームドコンセントにたけている」、「患者とのコミュニケーションがうまい」などのスキルが、ものすごく重要になってくる気もします。今ですら、医療が高度化しすぎていて、患者さんは何をされているのかよく分からない状態になっていますからね。
奥:『2040年の未来予測』でも言及していただきましたが、医者が分化していくのは間違いありません。新しい治療法など医療をつくる側の医師が1割、2割で、それ以外の人は患者さんに寄り添って、治療法を示すのが仕事になっていくかもしれません。
成毛:寄り添う仕事もAIに置き換わる可能性がありますよね。
奥:はい。寄り添う仕事も、これから10年でAIがキャッチアップできる可能性は高いと見ています。すでに今でも、チャットボットで患者さんのかゆいところに手が届くところまできている印象です。私は医療をつくる側と寄り添う側に分かれると指摘してきましたが、「新しい医療はつくれそうもないから、寄り添う医師になればいい」という覚悟で医師を目指すと、立ち行かなくなる可能性が高いとも思っています。寄り添おうと考えてみたものの、AIの方が寄り添うのも得意になったという未来もそこまできています。
成毛:医師の仕事が大きく変わるとなれば、今の、偏差値至上主義の終着駅としての医学部進学も変わってくるかもしれませんね。
奥:医学部に成績のいい人がみんな行くのは昭和の終わりぐらいからの傾向でしたが、この10年ぐらいでさらに顕著になっています。これは明らかに人材のロスですよ。
成毛:自分の賢さを証明するためだけに医学部に入るような人も、中にはいますよね。先日、地学の研究者たちと話をしていましたが、地学に優秀な学生がほとんどこないと嘆いていました。優秀な学生はみんな医学部に行ってしまうと。フィールドワークをするような地学の研究者がいないので、研究が先細りしてきている。これは非常に皮肉ですよね。人の命を救いたいなら、例えば、防災の研究がうまく使われれば、それこそ10万人単位で人の命を助けることができるわけですから。
奥:そうなんですね。実は多くの人を救いたいという学生には、今の医学部の人の育て方は必ずしも向いていないかもしれません。世の中にはたくさんの人に対して広くベネフィットを提供するような仕事と、1人の人に深くベネフィットを提供する仕事があります。医師の仕事は、後者の一人ひとりの患者さんに深く入り込む方です。ですので、多くの人を救いたい人は、別の職業の方がいいといえることもあります。
成毛:でも、そんなことまで考えて進路を選びませんからね。
奥:途中でどうしても適性が合わない場合も出てきます。ただ、医学部の2年生、3年生あたりで気づいても、そこからの進路変更が今の制度上、なかなか難しいのが実情です。
成毛:ほかの分野に行った方が輝けた人も、成績がいいから医学部に進んでしまい、進路変更も難しい。
奥:はい。今の医学部教育では、そういう人材をうまく活用できるストーリーをまだ見いだせていません。例えば、医学部以外に進学した人が、進路を変えて、医学部に行くケースは珍しくないですよね。対照的に、医学部に進んだ人がほかに行くケースはあまり耳にしません。
進路を変えたくなったら、変えさせてあげればいいんですよ。私の先輩で、東大の医療情報部の教授がいますが、天文学者になるか迷っていたそうで、そんな人はたくさんいます。でも、ルートがないから諦める人がほとんどなわけです。これは医学部だけではないかもしれませんが、1回決まった進路でも、もう少し柔軟に変えられる道をつくることは国全体にとっても絶対にプラスになりますよ。
サラリーマンが意思決定者だと、どうしても長い目で見られない
成毛:国のお話が出ましたが、「医療をつくる」側の問題についてひとつお尋ねします。投資家の視点からすると、研究開発の加速に伴い、医学分野はリターンも非常に早くなっています。その分、お金も集まる分野になっているわけですが、日本は米国や中国に比べると非常に規模が小さい。結果として、2040年には日本の医学分野での研究の劣位がはっきりする気もするんですが。
奥:その通りです。日本の研究費はアメリカと数値を並べて書くのが恥ずかしい水準です。公的な研究費だけでも、100倍違います。例えば、ある有望な研究に米国が1億円出していたら、日本の場合、100万円のイメージです。
成毛:100万円もらっても、地方の大学でしたら、首都圏との交通費20回分で終わってしまいますね。
奥:そうなんです。これは日本の平等主義の弊害です。日本の国力はこれから大きく伸びることは期待できないわけですから、国力なりの人数に配分すべきだと思います。ところが、予算を薄く広く配ろうとするから、ひとり当たり100万円になってしまう。100分の1に絞って、ひとりに1億円あげた方がいいと思いますよ。最近はそうした方向に少しずつシフトしていますが、冒頭で触れた医師国家試験と同じく、やはり改革が遅いと感じます。
成毛:短期的な成果も求めすぎですよね。
奥:はい。10年支援しますが、2年後に成果を出さないと、残りは打ち切りますよって平気で言ってますからね。
成毛:それ、10年あげたことになってないですよね。
奥:なっていないですね。「2年後どころか、10年後成果が出なくてもかまいません」とでも言わない限り、目先のプレッシャーに潰されて、研究は進みませんよ。ですから、私は民間マネーに期待しているのですが、いかがですか。
成毛:ダメですね。そもそも、構造が絶望的です。ファンドを組成すると、そこに投資するメジャーな投資家は、金融機関や大企業になりますが、これが問題です。なぜならば、結局、金融機関や大企業の中にいるのはサラリーマンで、彼らが意思決定するからです。サラリーマンが意思決定者だと、どうしても自分たちが関わっている期間内にそれなりの結論を出すようになってしまう。結果的に「何がなんでも、5年以内に最終的な結論を出せ」となりがちです。長くても10年ですね。
アメリカの場合は20年、30年のファンドがたくさんあるんですが、日本にはない。日本で重要なのはファンドの未来ではなく、彼らの役職寿命なんです。そんなものにお金は集まりませんし、まともに機能するわけがありません。2040年までにサラリーマン根性が一掃されない限り、状況は大きく変わらないでしょうし、一掃されるとも到底思えません。私が『2040年の未来予測』を書いたのもそうした絶望からで、国や大企業に期待せずに、一人ひとりが一歩踏み出したり、リスクに備えたりするしかありません。考えて動き出せば、少なくとも、その人の未来は変わります。

[日経ビジネス電子版 2021年4月9日付の記事を転載]
あなたは、年金や社会保障を未来も受けられるでしょうか? 地方が消滅する時代に、未来のあなたはどこに住んでいるでしょうか? 地震の備えはしていますか? 温暖化については、どう考えていますか? 具体的に明日には何が起こる、と未来を予測するのは難しいですが、十年単位で見ると「起こりそうなこと」は予測しやすくなります。未来が想定できていれば、右往左往することはありません。あなた個人に待ち受ける未来は、何も知らずにいたときの景色とは違ってくるはずです。
成毛眞(著)、日本経済新聞出版、990円(税込み)
