「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」(フライヤー、グロービス経営大学院共催)の特別賞「ロングセラー賞」には稲盛和夫さんの著書『生き方』が選ばれました。多くのベストセラーがある稲盛さんの著書の良さと、今後のビジネス書のトレンドについて、共催者であるフライヤーの大賀康史代表取締役CEOと、グロービス経営大学院の田久保善彦・経営研究科 研究科長に聞きました。

※「ビジネス書グランプリ」の他の受賞作については、以下を参照
第1回 「『ビジネス書グランプリ2023』受賞作品は“迷いの中に差す光”」
第2回 「『ビジネス書グランプリ2023』タイパ重視に一石を投じる1冊」

王道の強さがある『生き方』

フライヤー代表取締役CEO・大賀康史さん(以下、大賀) 今回は特別賞「ロングセラー賞」を受賞した稲盛和夫さんの『 生き方 人間として一番大切なこと 』(サンマーク出版)についてお話ししたいと思います。こちらは2004年の初版から読み継がれ、150万部を突破、世界16カ国で翻訳されているというロングセラーです。

「ロングセラー賞」を受賞した『生き方』とサンマーク出版代表取締役社長(取材当時。現・取締役会長)の植木宣隆さん
「ロングセラー賞」を受賞した『生き方』とサンマーク出版代表取締役社長(取材当時。現・取締役会長)の植木宣隆さん
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 この本の良さを一言で表すと「王道の強さ」だと思います。ビジネスでは時代に即したノウハウや言葉をうまく使うことが求められますが、一方で「軸」となる人間や経営の本質はそう簡単に変わることはありません。本書を読むと、稲盛さんのように長期的に結果を出し続けた方というのは、「こういう考えをされていたのか」とストレートに伝わってきます。

 例えば、「単純な原理原則が揺るぎない指針となる」「一日一日を“ど真剣”に生きる」「利他の心で生きる」など、考え抜かれた稲盛哲学が紹介されていて、心に刺さります。

 稲盛さんの著書は数多くありますが、遺作となった『 経営12カ条 経営者として貫くべきこと 』(日本経済新聞出版)はフライヤーでもご紹介しました。私も読みましたが、「確かにこの本の通りに経営をしたら、うまくいくな」と感心しました。例えば、「売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える」「誰にも負けない努力をする」「常に創造的な仕事をする」など、稲盛さんの経営哲学の集大成が紹介されています。

 そして、言葉がストレートなため、頭の中にすっと入ってきます。例えば「事業の目的・意義を明確にする」ことは、現代風に表すとミッション、パーパスといった言葉になるでしょうが、本質的には変わらないわけです。「具体的な目標を立てる」はOKR(目標と達成指標)やMBO(目標管理制度)、「強烈な願望を心に抱く」はグリット(やり抜く力)と言い換えられるかもしれませんが、稲盛さんはシンプルに伝わりやすい言葉で表現しています。

 私も経営者ですが、この本を1日1章ずつ読んでいると、やるべきことがクリアになるような、心が清められていくような感覚を味わっています。

「稲盛さんは言葉がストレートなため、頭の中にすっと入ってきます」というフライヤーの大賀さん(写真提供/フライヤー)
「稲盛さんは言葉がストレートなため、頭の中にすっと入ってきます」というフライヤーの大賀さん(写真提供/フライヤー)
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稲盛哲学の根本にあるもの

グロービス経営大学院・田久保善彦さん(以下、田久保) ロングセラー賞となった稲盛和夫さんの『生き方』ですが、稲盛哲学の根本にあるものは何かというと、「人間理解」だと思います。源流は石門心学の開祖・石田梅岩にあり、梅岩の思想が二宮尊徳や渋沢栄一、松下幸之助や稲盛さんにも影響を与えたのではないかと推察しています。

 一方、西洋は、人間理解よりも、資本主義などの仕組み論から入る場合が多いと思います。現代のビジネスには西洋理論のほうがマッチしているかもしれませんが、稲盛さんは勝ち負けではなく人間の心の問題を説いているため、経営者だけではなく、多くのビジネスパーソン、そして国境を越えて外国人にも読まれ続けているのだと思います。

 『経営12カ条』も人の心に着目した1冊だと感じました。稲盛さんは仏教にも詳しい方でしたので、人の心の動きの深い部分まで理解されていたのでしょう。だからこそ、京セラで培ったフィロソフィが日本航空(JAL)の人たちの心を動かし、経営再建につながったのではないでしょうか。

「稲盛哲学の根本にあるものは『人間理解』」と話すグロービス経営大学院の田久保さん(写真提供/グロービス経営大学院)
「稲盛哲学の根本にあるものは『人間理解』」と話すグロービス経営大学院の田久保さん(写真提供/グロービス経営大学院)
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 私がよくグロービスの社会人学生に話すのは、「本の奥付(最終ページ)を見て、刷りを重ねている本は読む価値があるよ」ということです。長い間の環境や価値観の変化を経ても、読み続けられているからです。デール・カーネギーの『人を動かす』(山口博訳/創元社)もそうですし、稲盛さんの本もそうです。世界で一番売れた本は『聖書』で、その次が『論語』だという説もありますが、人が生き、仕事をしていると、さまざまなつらい状況に直面します。そのときに人間の本質に迫るような本は、やはり心を打ちます。稲盛さんの本はそうした本の1冊であると思います。

次に来るビジネス書は?

大賀 では最後に、今後のビジネス書のトレンドについて考えたいと思います。ただ、ビジネス書は世の中の流れを反映するものなので、「どんな世の中に変わるのか」を予測したほうがいいかもしれません。思いつくままに挙げてみても、ロシアとウクライナの戦争はどうなるのか、アフターコロナにおける海外と日本の違い、インバウンドの復活、長寿に向けた研究、そして話題のAIチャットボット・ChatGPT――と、ビジネス書のテーマになりそうなトピックがたくさんありますね。

 ChatGPTに関しては、いよいよテクノロジーが創造性の分野にまで足を踏み入れようとしている、と感じています。実はフライヤーの新サービス名を検討したとき、ChatGPTに案を出してもらったことがあります。結局、採用はしなかったのですが、「新サービス名を5つ考えて」といったら、1秒で出してくれる。「足りないから、もう10個」といっても即答です。今までは、「創造的な仕事をしていれば、テクノロジーの発展とは無関係」と思っていた人も、かなり衝撃を受けるでしょう。ただ、悲観する必要はなく、上手に利用すればいいと思っています。

 本はこうした混沌とした社会における地図であり、羅針盤です。自分が迷わないようにするためには、稲盛さんのような王道の本、そして幅広いジャンルの本、両方を読むことがお勧めです。なぜかというと、1つのジャンルや思想に偏ってしまうと、何かに行き詰まったときに解決策が導き出せなくなってしまうからです。何かを成し遂げるとき、心穏やかに暮らしたいと思うとき、自分を客観視することは欠かせません。ぜひ、さまざまな本に触れ、よりしなやかに生きるヒントを見つけてもらえればと思います。

田久保 私は今までに何冊か本を書いていますが、いつも出版社の人と話すのは、「本だけはマーケティングできないね(笑)」と。期待していたら全然売れない、またその逆もしかりで、どんな本が売れるのか、まったく読めないところがあります。

 ただ、今後も引き続き世の中に不安感が残り、それに関する本が注目されるのではないでしょうか。世界を見ればロシアとウクライナの戦争があり、企業を見ればリスキリングがキーワードとなっており、「いったい自分はどう生きればいいのか」「どうスキルを磨けばいいのか」といったテーマの本が増えると思います。

 テクノロジー分野ではChatGPTが注目されていますね。テキスト作成に始まり、相当なレベルのプログラミングもできるようになりました。さらには、画像の取り扱いまで。プログラミングに着目してみれば、高い授業料を払ってプログラミングのスクールに通うことに意味がなくなってしまいます。「AIが得意な領域の仕事は、いよいよAIに任せることができるようになる。もしくは、最低でもAIと協業したほうがよい結果が得られるようになる」となると、本当の人間の価値を考えるため、教養や哲学といった原点に回帰するような本が売れるかもしれません。

 私自身は、トレンドを知るための本よりは、教養や思考を深める本を読むようにしています。今年に入って、20~30冊ほど読みましたが、一番よかったのは連続起業家である孫泰蔵さんが書いた『 冒険の書 AI時代のアンラーニング 』(日経BP)でした。「本当に深く物事を考えるとは、どういうことか」が説明されていて、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」にはぜひランクインしてほしいですね。

取材・文/三浦香代子