小説家・真山仁氏の「ハゲタカ」シリーズの最新刊『 チップス ハゲタカ6 』(日経BP、リンクは上巻)。日経ビジネスで2023年11月~2025年9月にかけて連載されていたが、単行本として上下巻で発売された。ハゲタカシリーズとしては前作の『シンドローム』以来、8年ぶりの第6弾の新刊となる。真山仁氏インタビューの第3回は、『チップス』を読む上で参考になる本やお薦め本、そして真山氏が小説家を目指すきっかけの一つとなった山崎豊子さんとの出会いや、「ハゲタカ」シリーズの今後について聞いた。

『チップス』の理解が深まり、面白くなる3冊
『チップス ハゲタカ6』執筆に当たって、様々な本や新聞、雑誌、政府刊行物などを参考にしました。
最も参考にしたのは、『チップス』を書くきっかけとなった『
2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か
』(太田泰彦著、日本経済新聞出版、書影・リンクは増補版)です。この本がなければ、間違いなく『チップス』は生まれていませんでした。また、『
半導体有事
』(湯之上隆著、文春新書)も、半導体が有事になり得るという視点をもらった本です。
小説の参考にしたわけではありませんが、非常に衝撃を受けたのは『
2034 米中戦争
』(エリオット・アッカーマン、ジェイムズ・スタヴリディス著、熊谷千寿訳、二見文庫)です。これを読めば、『チップス』がより楽しめるようになると思います。
この本は、本気で米中が戦争したらどうなるのかを、アメリカ海軍の元カリスマ司令官と、海兵隊特殊部隊の経験を持つ小説家がタッグを組んで小説化したもの。信じられないような結末に震撼(しんかん)しますが、かといって荒唐無稽ではなく、非常に説得力がある。世間でイメージされているような米中戦争は子どもの話だなと思わされました。
「あり得ない内容だ」と思う人もいるかもしれませんが、「米中が戦争したら、このような結末になる可能性がある」と示すことは一つの抑止力になり得ると思います。
そして、「あり得ないこと」を考えてみるのは、これからの時代、とても大事です。なぜなら、現実の世界でも想定外の出来事がたくさん起こっているから。そういう意味でも、この本は特にお薦めしたいです。

人生を変えた山崎豊子『白い巨塔』
私の人生に大きな影響を与えたのは、山崎豊子さんの『 白い巨塔 』(新潮文庫)です。私は大阪生まれで、幼少期は堺市に住んでいました。その堺市を代表する大作家が、山崎さんです。
小学生の頃、医者になりたいと思っていた時期があったのですが、高校時代に理系科目に挫折して「医者は無理だ」と諦めました。そんなときに読んだのが『白い巨塔』。医者になれなくても、このようなアプローチならば医療について発言できるんだ、医者にならなくても小説家になって医療の問題点について書けばいいんだ、と大きな力を得ることができました。
それから山崎さんをリスペクトするようになったのですが、山崎さんのデビュー作『 暖簾 』や、その後に書いた『 花のれん 』『 ぼんち 』(いずれも新潮文庫)など「船場(せんば)もの」と呼ばれる大阪・船場を舞台にした商人の話は長らく読んでいませんでした。
その理由は、船場ものには大阪ならではの「世の中カネや」的な物語が多いという先入観があったからです。私は大阪で生まれ育ちながら、子どもの頃から巨人ファンで、いわゆる「大阪的なもの」が苦手だったこともあり、なんとなく避けていたのです。しかし、「ハゲタカ」を書くにあたり、主人公を船場出身に決めたところで、読んでみたのです。実に面白く、船場には商いの根幹があると気づかされました。
世界の金融の発展にはユダヤ人が大きな役割を果たしてきました。投資銀行にもユダヤ人にゆかりのある企業が多いので、ハゲタカファンドをテーマに書くと決めたときに、ユダヤの商法を学ぶべく「ユダヤの教え」をテーマにした本を買いました。一番大事なポイントとして「相手を笑わせて懐に入ってからビジネスをするべし」と書かれていて、「なんだ、船場の商人と同じじゃないか」と気づき、10ページで読むのをやめました。
「ハゲタカ」主人公の鷲津政彦は、ユダヤ人の教えを学んでファンドマネジャーになったと思わせておいて、実は大阪・船場の出身で、船場マインドを武器に活躍しているという設定です。鷲津がやっているのは、世界を舞台にした巨額の企業買収ですが、油断させて相手の懐に入り込む手法自体は、まさに船場の商人そのものです。
私自身が堺の出身で、こういった設定もあってか、「山崎豊子の後継者」と言っていただくことがあります。私自身は後継者と思ったことは一度もありませんが、山崎さんを尊敬しているからこそ、大阪小説家として同じスピリッツを持ちたいという気持ちは強い。鷲津の存在こそが、その証左でもあります。
ハゲタカシリーズで取り上げたい「スタートアップ」「食料問題」
『チップス』以降も、鷲津政彦の人生は続きます。彼にはまだまだ、やってもらいたいことがあるから。特に2つ、どうしても取り上げてみたいテーマがあります。
1つは、スタートアップ企業。鷲津にはまだ、企業を育て上げた経験はありません。スタートアップ企業に関わり、世界的競争力のあるベンチャーに育てるというテーマは、実は以前からずっと温め続けています。そしてスタートアップのジャンルは「宇宙開発」を考えています。
宇宙開発については、2014年発売の『売国』執筆時に相当勉強し、若い研究者とも親しくなりました。本気でワープを研究している人や、北極星に行くのが目標という研究者もいます。「行けるわけないと言われるが、そんなこと言っているから行けないんだ」と言うのです。
彼に「実現するためには何が足りないのか」と尋ねると、圧倒的にお金が足りないと言います。ではお金さえあれば本当にワープも北極星行きもかなうのか。宇宙開発はこれからまだまだ成長する分野なので、一度はハゲタカで描いてみたいですね。
もう1つは、食料問題です。
1930年代の「ブロック経済」と似たようなことが、今また起きようとしています。アメリカを中心に「自分さえよければいい」という考え方が強まっていますが、「弱者を切り捨てていい」に等しい。これが世界的な考え方になると、食料やエネルギー分野で信じられない規模のコングロマリットが生まれ、巨大な力を持つようになるかもしれません。
食料問題は、人の生死に直接的に関わります。大富豪が、世界中の穀物などの食物を全部買い占め、それを武器に世界を掌握する、なんてことも決してあり得ない話ではありません。そんな未来に警鐘を鳴らす意味でも、鷲津が食料コングロマリットに挑む…というような展開を考えてみたいですね。
小説では「現実から振り切る」ことが可能ですが、食料問題はあまりに壮大なテーマなので、十分に取材できる環境を整えないと難しい。
これからの小説は、もしかしたら読み手と運命共同体になる必要があるかもしれません。小説家がまずテーマを示し、「読んでみたい」と思った人に取材を応援してもらえるような仕組みをつくる。そういう環境をつくるのも、小説家としての自分の仕事だと思っています。
取材・文/伊藤理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/的野弘路




