組織の中で、マネジャーとリーダーの仕事はどのように異なるのでしょうか。ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授、ジョン・コッター氏がリーダーシップの本質をまとめた名著『 リーダーシップ論 第2版 人と組織を動かす能力 』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部、黒田由貴子、有賀裕子訳/ダイヤモンド社)を、ヒトラボジェイピー社長の永田稔さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
進むべき方向やビジョンを示す
昨今、日本の経済界のみならず、政治、社会全体で「リーダー人材」や「リーダーシップの発揮」が求められています。しかし、「リーダー」や「リーダーシップ」はどんな人やどんな行動を指すのか、人によって意見が異なっています。
現在、ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授であるジョン・コッター教授は30年間にわたるリーダー研究を基にリーダーシップの本質を著書『リーダーシップ論』で明らかにしています。現在の組織の大半では「あるべきリーダーシップ」が欠けていると指摘しているのです。
その問題意識の根源には、組織のマネジャーとリーダーが混同されがちということがあります。マネジャーとリーダーは異なるものの、組織内では補完し合う関係であるとも述べています。現在の大組織を動かしていく上で、この両者はともに必要ということです。
それでは、マネジャーとリーダーがどう違うのかを見てみましょう。マネジメントやマネジャーは、20世紀の企業が大組織になる過程で生まれてきたものです。組織が大きくなるにつれ、組織内の分業が進む一方、各機能の調整や統制をしないと大企業は秩序を失い、存続自体が危うくなります。そのような状態を避けるため、調整や統制の役割を担うのがマネジメントであり、マネジャーの役割なのです。
マネジャーの仕事とは、計画作りと予算化であり、担当部門の目標を決め、その実現と進捗管理、他部門との調整、その過程で生じる問題解決が主な仕事となります。
リーダーとは変革を行う人のことです。リーダーは組織が進むべき方向やビジョンを示し、メンバーに方向を理解させ、各自の心をまとめて変革をなし遂げます。進むべき方向を示すことやメンバーを動機づけること、人々を鼓舞することが仕事の中心となります。
マネジャーとリーダーの仕事、マネジメントとリーダーシップは明確に異なります。これらを組織の中で明確に使い分けることが必要です。
ケーススタディー 「指示待ち族」が増殖
A社の新社長に就任したX氏は、社長就任後、自社の幹部社員の行動に大きな悩みを抱えていました。
A社はカリスマ性を備えた創業者が20年近く創業から最近まで引っ張ってきた会社であり、X氏は昨年、創業者の引退に伴い社長職を引き継ぎました。
X氏は数年前に海外事業の立ち上げに伴いA社に中途入社し、入社後も海外事業の立ち上げを主に行ってきたため、国内の本社や創業者との関わりは比較的薄いまま社長のポストについたのです。
社長のポストについてからX氏が驚いたことは、幹部社員、それも主要な事業の責任者までもが、事業の方向性について自分の意見を述べずX氏の指示を待っていることでした。
X氏は当初、新社長である自分に対し遠慮しているのかと思っていたのですが、しばらくたってもその行動が変わらず、いつまでたっても自分で事業の方向性も決めないことにいら立ってきました。
そこで、X氏と同時期に他社から転職をしてきた人事部長に相談をしました。
X氏「社長になって改めて気づいたんだが、この会社の社員はあまりにも指示待ち族が多くないか?」
人事部長「そうお感じになられますか。しかし、幹部の方々は皆、優秀ですよね」
X氏「そうなんだ。私から見ると指示待ち族なんだが、一旦指示を与えるとその実行力はすごいものを持っている。社内の調整や顧客とのやりとりもとてもうまい。きちんとした実行計画や戦術立案もたいしたものだ。安心して仕事を任せられる人たちなのだが、そのような優秀な人たちがなぜ事業の方針をつくることに至っては、何も意見を出さず私の指示を待っているのかが不思議なんだ。能力面には問題がないと思う。人事部長はなぜだと思う?」
人事部長「私も社長とほぼ同時期に入社をしたので、まだ確証をもって言い切ることはできませんが、この会社はリーダーが育成されてこなかった会社なのかもしれませんね」
「リーダー」と「マネジャー」は異なる
X氏「リーダーが育成されてこなかった? でも彼ら幹部は皆、部門のリーダーだろう」
人事部長「そうですね。皆、タイトルを見ると事業リーダーという呼称が与えられていて、外形的にはリーダーです。しかし、中身が真のリーダーではないということではないでしょうか」
X氏「中身が真のリーダーでないというのはどういうことだ?」
人事部長「最近、ハーバード・ビジネス・スクールのコッター教授が書いた『リーダーシップ論』という本を読みました。そこには、『リーダーとマネジャーは異なる』と書かれていました」
X氏「リーダーとマネジャーは異なるとはどういうことだ? どう違うというのだ」
人事部長「マネジャーは計画を立て、組織を統制する人です。一方、リーダーはビジョンを示し変革を率いる人だとコッター教授は述べています」
X氏「なるほど。私が求めているのは後者の人材だ。我が社は今、変革期にある。各事業部門がビジョンを示し変革をしていかなければならないと思っている。しかし、なぜ我が社には、コッター教授の言うマネジャー人材しかいないのだろうか」
人事部長は答えました。「おそらく、この会社の中における組織や人事に関わるすべてのことが、リーダーを見つけ育成するようになっていなかったということではないかと考えています」
X氏「どういうことだ?」
人事部長「ひとつ大きな点として、この会社では創業者のリーダーシップが強すぎて、他の人が皆フォロワーにしかなれなかったということが挙げられると思います。会社全体のみならず、個別の事業においてもビジョンや方向性を示すのは常に創業者であり、現在の幹部の人たちはそのビジョンの実行者の役割をずっと担ってきて、その役割に慣れすぎてしまったのではないでしょうか?
また、人事部長として気になるのは、評価や昇格の基準です。コッター教授がリーダーの要件として挙げているビジョンを示すことや組織の中で縦横無尽に影響力を発揮することは、人事評価の項目の中にはひとつも見当たりません。評価項目としてあるのは、『計画能力』や『実行力』『調整力』などです。大半の人事評価の項目が、コッター教授の言うマネジャー人材の行動にあてはまるものばかりなのです」
X氏「なるほど。そのような評価基準で選ばれた人が今のこの会社のリーダーと呼ばれている人たちなのだな」
人事部長「そうだと思います。しかし、私はそれも致し方なかったのかなとも思います。コッター教授はこうも言っています。『リーダーとマネジャーは補完関係にあり、どちらも組織に必要なものだ』と」
X氏「なるほど。創業者が偉大なリーダーであり、会社を大きく育ててゆく中で組織をきちんと回してきたのが彼らということだな」
リーダーとマネジャーの適性を見極めよ
人事部長「その通りだと思います。彼らは会社を大きくする中で、前社長との役割分担の中で求められてきた役割を忠実に果たしてきたのだと思います。そして評価制度や昇格制度もそのような人を評価するように作られ運営されてきました」
人事部長は続けました。「彼らも戸惑っているのだと思います。自分たちとしては一生懸命に新社長に尽くそうと思っているのに、新社長からは評価されない。この状態が長く続くとモラールに悪影響が出ると思います」
X社長は考え込みました。
「そうか、お互いに期待していることに大きなズレが生じているのだな。私の経営スタイルと創業者のスタイルは異なる。彼らは創業者のスタイルを期待しているから問題が起きているのだな」
「そうだと思います。そういう意味ではお互いの歩み寄りが必要だと思います。社長も彼らの価値観、スタイルを理解し、しばらくは彼らに合わせることも必要だと思います」
人事部長は続けました。「そして徐々に新社長として、我が社の幹部に期待するリーダーシップを様々な形で伝えていってはいかがでしょうか?」
X社長は答えました。「そうだな、人事評価制度も変える必要があるし、そもそも彼らが考えているリーダー像を書き換えてゆかなければならないな」
人事部長「そうです。ただ注意しなければならないのは、組織の中でのバランスや個々人の適性だと思います。先ほど申し上げたように、リーダーもマネジャーも双方が組織の中に必要なのです。そして、個人には適性があり、マネジャーに向いている人、リーダーに向いている人が存在します。適性を見極めて適した役割を担ってもらうことが必要ではないでしょうか?」
X社長「その通りだと思う。リーダーもマネジャーもいいバランスで生み出す人事改革が必要だ。君が真の意味のリーダーとなって、この改革を推進してくれることも期待しているよ」
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