「日本は停滞してもうダメだ」という認識はそろそろ改めたほうがいい。経済成長の鈍化と引き換えに日本が守ろうとしたのは社会の安定性だ。変革のスピードはゆっくりでも、停滞をしていたわけではない。『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』の著者でドイツ出身の経営学者ウリケ・シェーデさんはそう話す。シェーデさんが日本企業に必要と説く「舞の海戦略」のモデルとなった元力士・舞の海さんと、シェーデさんが対談した。今回はその後編。

前編 「舞の海×シェーデ 『舞の海戦略』で日本企業を変革せよ」

人材不足は相撲界にも

ウリケ・シェーデ(以下、シェーデ) 前回は、高度成長からバブル崩壊を経た日本企業が世界の新たなパワーバランスの中で競争していくには、規模だけでは勝利できず、舞の海さんのように高度な技とスピードで変革をすることが重要だという話をしました。相撲界では、舞の海さんが活躍されていた1990年代から今まで、どのような変化があったのでしょうか。

舞の海秀平(以下、舞の海) まず力士の体格が良くなりました。身長も高いし体重もあります。幕内の平均体重がこの30年間で10キロ増え、今は163キロです。ただ大きくなった分、上体がすごく揺れるので無駄な動きも多いですし、けがのリスクもあります。技と体重が一緒に伸びていけばいいのですが、皆、体重ばかり欲しがります。

 若乃花、貴乃花を思い出していただければ分かるように、30年前はどの力士も高い技術を持ち、足腰が強くて、バランス感覚に優れていたと思います。ライバルと切磋琢磨(せっさたくま)する中で、勝つためにどうすればいいかを、今以上に一人一人がしっかりと考えていました。

「最近の力士は大きくなった分、上体が揺れる」と説明する舞の海さん
「最近の力士は大きくなった分、上体が揺れる」と説明する舞の海さん
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舞の海秀平(まいのうみ・しゅうへい)
NHK大相撲解説者、タレント
1968年生まれ。本名、長尾秀平。青森県鰺ヶ沢町出身。日本大学相撲部で活躍。山形県の高校教師に内定していたが、夢であった大相撲への道をかなえるため周囲の反対を押し切り大相撲入りを決意。基準の身長に足りず1度目の新弟子検査に不合格。頭にシリコンを入れ壮絶な1カ月を過ごし、2度目の検査で合格。最高位小結。技能賞5回受賞。現役引退後は、NHK大相撲解説者、タレントなどとして活躍。

シェーデ 今、舞の海さんのように技が得意な力士はいますか。

舞の海 何人かいます。宇良(うら)はアクロバティックな動きをして面白い相撲を取ります。翠富士(みどりふじ)も体重は120キロもないくらいですが、すばしこいですし体が強いのでバランスを崩しません。

 実は今、相撲の世界も人材不足なんです。ファンは一定数いるのでチケットの売れ行きは良く、テレビの視聴率もまずまずですが、相撲を取る人がどんどん減ってきています。私の頃は力士が1000人弱いてその中で競争をするので自然と強い横綱が生まれてきました。今は600人ぐらいですね。

シェーデ それは驚きです。その中に外国出身力士は何人くらいいますか。

舞の海 30人くらいでしょうか。現状では、外国出身力士は1つの相撲部屋に1人しか入れないという決まりになっています。このままでは数十年後に相撲自体がなくなってしまうかもしれません。これからも「1部屋1人」を維持するのか、それともオープンにして外国人を世界中から入れて日本の相撲を存続させるのか、人材不足は相撲界でも難しい問題です。

社会安定のために「ゆっくり」を選ぶ

シェーデ 相撲がなくなるかもしれないというのはショックな話です。相撲界はこのままでは本当に失われてしまうかもしれません。

 日本社会も人口動態の変化、地方の衰退、政府債務の増大、生産性の低下など多くの課題を抱え、「失われた」とか「停滞した」とかいわれています。ですが、よく分析してみると、実はそうでもないのです。バブル崩壊後の10年間は確かに大変でしたが、2000年代に入ってからの20年間は停滞をしているように見えて変革を続けていました。ですから先端技術でリーダーシップを取る企業が現れ、日本はいまだに経済大国なのです。たとえスピードは遅くてもこの30年の間、日本企業は着実に再浮上していたのです。

「2000年代に入ってからの20年間は停滞をしているように見えて変革を続けていました」と話すシェーデさん
「2000年代に入ってからの20年間は停滞をしているように見えて変革を続けていました」と話すシェーデさん
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ウリケ・シェーデ
米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授
日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などが研究領域。一橋大学経済研究所、日本銀行などで研究員・客員教授を歴任。9年以上の日本在住経験を持つ。著書に『The Business Reinvention of Japan』(第37回大平正芳記念賞受賞、日本語版:『再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リインベンション』日本経済新聞出版/2022年)など。ドイツ出身。

舞の海 とはいえ、株価は最近までずっと上がらなかったですし、日本人の所得も長い間上がっていませんよね。会社の変革にはスピードが大事なのに、日本全体としてみれば変化はすごくゆっくりですね。

シェーデ 日本の変化が遅いのは、社会の安定のために払っていた代償だと思います。なぜそれほどゆっくりなのかというと、企業がピボット(方向転換)するのは大変なことだからです。ある日突然、従業員の数を減らしたり事業部門をカットしたりすると、大量失業や大量倒産、所得格差の拡大など、社会に様々なダメージを与えることになります。

 素早くピボットして会社が良くなるのと社会の安定を守るのと、どちらが重要かを考えたとき、日本は雇用や社会の安定を守ることを優先し、あえて時間をかけて慎重に企業の変革を進める道を選んだのでしょう。確かにゆっくりではありましたが、だからといって停滞していたわけではないのです。

舞の海 企業の変革がゆっくりなのは、社会の安定とのトレードオフだったのですね。

シェーデ この日本の折り合いのつけ方はアメリカとは正反対です。アメリカ経済は極めてペースが速いです。会社の業績が良くないと従業員はすぐに解雇されるので、労働市場も非常に流動的です。アマゾンやマイクロソフトのような巨大テック企業が急激に成長し世界を席巻していますが、その背後では多くの伝統的なアメリカの会社が消滅していて、不確実性の高さや社会不安につながっています。

日本は新たな資本主義モデルの先駆者に

舞の海 経済の成長と社会の安定、両者がバランスを取っていくのは難しいですね。日本のやり方にもアメリカのやり方にも一長一短があるというか……。私のように伝統文化の世界にいた人間はどうしても「古き良き日本」のやり方や日本独自の考え方を守ったほうがいいように思ってしまうのですが、日本が世界で競争していくにはやはりグローバルに合わせていったほうがいいのでしょうか。

シェーデ 日本のやり方が通用しないわけではありません。21世紀の世界にとって何が重要かを考えると、GDP(国内総生産)の成長や株価の上昇を目指し経済大国としてナンバーワンになることよりも、経済成長と社会の安定とのバランスをうまく取っていくことのほうが重要になるのではないかと私は考えます。

 二酸化炭素排出や地球温暖化も世界的な課題です。今後は、経済活動と環境の持続可能性を両立させることや、企業の進歩と人々の幸せを共存させることが、ますます重要になってくるでしょう。そうなると、ダメージを軽減しながら慎重にゆっくりと変革する日本の進め方はむしろ強みになるかもしれません。

 経済の発展と政治・社会の安定のバランスをいかに取っていくか、その方法が見つけられれば、日本はより良い資本主義のモデルを世界に示すことができると思います。

「経済成長と社会の安定とのバランスをうまく取っていくことのほうが重要になる」
「経済成長と社会の安定とのバランスをうまく取っていくことのほうが重要になる」
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文/橋口いずみ 写真/鈴木愛子

日経プレミアシリーズ
シン・日本の経営 悲観バイアスを排す
日本企業にとって、過去30年間は「失われた時代」というよりも、抜本的な企業変革期だったと言える。なぜそう言えるのか? なぜ今、多くの日本企業が世界の技術リーダーになっているのか? これまでにない新鮮な見方を提供する日本企業論。

ウリケ・シェーデ著/渡部典子訳/日本経済新聞出版/1210円(税込み)