その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は金田章裕(監修)、造事務所(編著)の『 30の都市からよむ日本史(日経ビジネス人文庫) 』です。
【はじめに】
都市の成立と発達から日本史をみる
2017(平成29)年現在の日本には、人口100万人以上の都市だけで12(東京都を含む。50~100万人の市は17、10~50万人の市は239)も存在する。ただしこれは行政単位であり、それぞれが歴史上、必ずしもひとつの都市であったわけではない。行政上の市の中に、いくつもの歴史的な都市が含まれている場合も珍しくない。
このような都市には、平安京(京都)のような古代以来のものも、堺のような中世が起源、あるいは長崎のように近世に成立した都市もある。近代になって形成された札幌のような例もある。
また、意図的、計画的に建設された都市もあれば、そうでない都市もある。有名な寺社の門前に発達したものもあれば、交易拠点の港町として成立した場合もある。近世にはとくに、城郭建設と一体として城下に町が建設された、いわゆる城下町が多かった。数多い城下町は、日本の都市の代表的な構造に結びついている。一方、幕末から発達した港町や、明治時代に計画的に建設された都市もある。
このように、現在に結びついた都市の成立時期や、都市へと発達した理由、あるいはその背景はさまざまであり、現在に至る都市の構造に大きな影響を及ぼしている。
たとえば、首都をはじめとする政治中心都市の場合、立地や街路の形態は、それぞれが成立した時に日本がどのような政治構造であったのかということと深く関わる。さらには、設計者ないし建設者個人の意図や意向が色濃く反映している場合も多い。
政治中心都市の代表例は城下町であるが、徳川幕府のお膝元の江戸(東京)と藩領の中心とは大きく異なる。加えて、同じく藩領とはいえその数は多く、共通性と多様性の両側面がある。名古屋と金沢は大規模な藩領の城下町であり、いずれも台地端に建設されたとはいえ、徳川幕府御三家筆頭の城下町と外様最大藩領の城下町では、置かれた政治状況も建設理念も大きく異なる。大きな藩でも立地条件によって状況は多様であり、小さな藩とも大きく異なる。
とくに城下町の場合、建設者である城主の意図と、藩領の規模が大きく都市の性格に反映するのが普通である。那覇の場合はこれらとはまた異なり、文化的にも大きく異なる状況にあった。さらに、政治状況が変化した後の歴史的な過程も、都市の発達や衰退に結びつくことも多かった。
港町として発達した都市も多い。しかし、それらが発達した時期の交易ないし貿易の状況や、当時の技術的段階や経済の構造は異なり、十三湊や鞆の浦の立地が優位であった技術段階と、それを背景とした地域の政治的経済的構造はすでに失われている。
このような都市の成立と発達、そして時には衰退する様子は、地域の歴史の動向、ひいては日本の歴史そのものを物語る雄弁な語り部である。
もちろん、これらの都市をめぐる研究は、歴史地理学や都市史などにおいて、極めて詳細に進んでいる。その都市を訪れると、いろいろな観光案内や書物、あるいは歴史博物館などの展示施設もあって、よりくわしく知ることができる。
ところが、ある都市の概要を知って別の都市と比較してみる、あるいは、さらにくわしくある都市を見聞するための予備知識を得るのは必ずしも簡単ではない。
本書はそのために手軽に読めて、居ながらにして視野を全国にめぐらせられる企画である。本書が活用されて、都市が語る日本の歴史に近づく一助となれば幸いである。
金田章裕
【目次】


