その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は池上彰さんの 『池上彰の 未来を拓く君たちへ』 です。
【はじめに】
平成から令和に元号が変わりました。元号が変わると、「ひとつの時代が終わった」と感じるのは、日本独特の感覚です。
世界は元号に関係なく大変動が続いています。とりわけアメリカのドナルド・トランプ大統領の予測不能な言動は世界の不安定要因になっています。鉄鋼やアルミに関税をかけたり、中国を狙い撃ちにした関税をかけたりなど、まるで世界に喧嘩を吹っかけているようです。
当初は日本政府の中に「良好な関係の同盟国・日本に対しては関税をかけないだろう」という楽観的なムードが漂っていましたが、そんな常識は通用しませんでした。
ここで私は、大学に入った直後に読んだアダム・スミスの『国富論』を思い出します。アダム・スミスは、この本の中で重商主義を批判しました。
重商主義とは、関税などで輸入を抑え、輸出を拡大させることで一国の富を蓄積できるという考え方です。スミスは、このような方法では人々は豊かになれない、貿易が盛んになることによって輸入品が増え、人々がこれを消費することで豊かになると指摘しました。
スミスが18世紀に説いた理論は経済学の常識となり、世界の主要国の政治家にとっても自明の理となっていました。
その常識をわきまえないアメリカの大統領の存在は想像を絶します。この人は学生時代何を学んだのでしょうか。それとも本人はわかっていて、大衆迎合の一環としてやっているだけなのでしょうか。にわかには区別がつきません。
東京工業大学の大岡山キャンパスを拠点にして、日本や世界の情勢を見たり聞いたりして考えたことを、日本経済新聞朝刊の「池上彰の大岡山通信 若者たちへ」と題したコラムに連載してきました。本書は、この連載をまとめて加筆したものです。連載は高校生や大学生、専門学校生を対象としてイメージしてきましたが、実際には多くの社会人に読まれています。「日経のコラム読んでいます」と声をかけられることも多くなりました。
私が所属するのは東工大のリベラルアーツ研究教育院。理系の学生たちにリベラルアーツの大切さを伝え、自立した人間に成長してほしいという願いから誕生しました。ここでは「教養とは何か」を考えるのですが、アメリカに大変わかりやすい反面教師が誕生しました。
トランプ大統領はツイッターで部下の更迭を公表することもよくあります。自分に仕えてくれた人を解雇しなければならないとき、指導者あるいは経営者は、相手に向かい合って真摯にねぎらわねばなりません。これが上に立つ者の倫理です。トランプ大統領の言動は、倫理面での反面教師にもなってくれます。
こうしたニュースを私たちは海の向こうでの出来事と思っていますが、形を変えたり規模を小さくしたりして、私たちの身の回りにも存在しているのではないか。ときにはそう考えて自戒する必要があると考えています。今後もそんなことを若者たちと語り合っていければいいなと思っています。
コラム連載にあたっては、日本経済新聞の倉品武文さんにお世話になりました。コラムで取り上げるテーマについても、適切なアドバイスをいただきました。
このような本の形にするにあたっては、日本経済新聞出版社の編集者・武安美雪さんに、文庫化にあたっては桜井保幸さんに御世話になりました。
2020年1月 ジャーナリスト・東京工業大学特命教授 池上 彰
【目次】