その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田中猪夫さんの『 国産ロケットの父・糸川英夫のイノベーション 』です。
【はじめに】
鹿児島県の大隅半島東部にある肝属(きもつき)郡肝付(きもつき)町の宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所の構内に銅像が立っている。故糸川英夫博士(1912〜1999)の銅像だ。我が国宇宙開発の父で、初の国産ロケット、全長23センチのペンシルロケットを打ち上げたのが糸川さんだ。その功績を顕彰するため、2012年11月に建立された。
糸川さんが亡くなって20年以上経過し、その名前を知らない世代も多くなった。しかし、その名前が再び脚光を浴びる出来事が近年あった。
2003年5月に内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられたJAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が、長い苦難の末、小惑星「イトカワ(ITOKAWA)」に着陸してサンプルを取得した後、2010年6月13日にオーストラリアのウーメラ砂漠に無事帰還したのだ。世界初の地球・小惑星間の往復飛行の達成であり、世界初のサンプルリターンの成功として、大きく報じられた。
後に「イトカワ」となる小惑星1998SF36は、米マサチューセッツ工科大学の小惑星研究チームが発見したものだった。命名権はこのチームにあったが、それを譲り受けて、「イトカワ」と命名したのは、糸川さんがかつて所属した東京大学宇宙航空研究所(現JAXA)の後輩たちだった。「はやぶさ」が打ち上げられて3カ月後の2003年8月のことだ。
糸川さんは、その生涯を通じて偉大なるイノベーターだった。その足跡は戦前に遡(さかのぼ)る。
例えば、中島飛行機時代の糸川さんが設計した九七式戦闘機である。九七式の主翼は一直線だ。当時の航空機の大半は、ドイツのプラントルの翼理論に基づく楕円形の翼で設計されていたが、糸川さんは主流理論に挑戦し、一直線で設計した。
九七式が初めて空中戦で敵機と戦ったのは、1939(昭和14)年の旧満州国(現中国東北部)とモンゴル人民共和国の国境付近で起きたノモンハン事件だった。関東軍は物量で圧倒するソ連の戦車部隊に太刀打ちできずに敗退したが、航空戦では九七式戦闘機がソ連の航空機を圧倒した。
糸川さんはこの戦闘機の主翼のイノベーションを皮切りに、戦前には戦闘機の「隼(はやぶさ)」と「鍾馗(しょうき)」を設計し、戦後は脳波記録装置、麻酔深度計、音響学の研究、ストラディバリウス級のバイオリン製作、さらに国産ロケットの開発を行い、今日の宇宙開発の基礎を築いている。その最初のイノベーションが、主流理論に真っ向から立ち向かった反逆の精神から生まれたことは特筆していい。これから見ていくが、反逆の精神こそ、糸川流イノベーションの本道なのだ。
糸川さんはロケット研究から身を引いた後、組織工学研究所というシンクタンクを創設した。同時に、企業向け会員組織である組織工学研究会を発足させ、東京、大阪、名古屋など全国5都市でセミナーを開催した。私は研究会に会員として参加して以降、研究会が1994年12月に閉じるまでの10年間、ボランティアとして事務局員的役割を務めた。
一時、多くの企業会員を抱えた組織工学研究会も、最後の頃は参加者がほとんどいなかった。聴講者が私1人だったときもあった。そのとき、「田中さん、1対1で良かったね」と糸川さんは言って、3時間の講義を一切手を抜かずにやってくれたのは貴重な思い出だ。
糸川さんの86年の人生は実に面白い。時代背景も戦前、戦中、戦後、オイルショック、そしてバブル崩壊、失われた10年と長きにわたっているのだが、幼少期から最晩年まで精力的に生きた糸川さんの人生は見事な作品だ。
糸川さんはロケット開発をやめた後も、自らが提唱する「人生24時間法」を実践して、60歳を過ぎてクラシックバレエを学ぶなど、人生の偉大なるイノベーターでもあった。本書は、糸川さんが編み出したイノベーション方法論の復権を願い、その人生をタテ糸に、ヨコ糸をHow To Innovate(イノベーションの方法)で描いたものだ。
糸川さんの人生については、『八十歳のアリア 四十五年かけてつくったバイオリン物語』(ネスコ発行、文藝春秋発売)や『糸川英夫の「人生に消しゴムはいらない」』(中経出版)など糸川さん自身の著作の他、『私の履歴書 文化人19』(日本経済新聞社)、的川泰宣著『やんちゃな独創 糸川英夫伝』(日刊工業新聞社)、嵐山光三郎編、松本零士画『少年時代 糸川英夫―ロケット博士への道』(講談社KK文庫)を参考にしたことを明記しておく。また、糸川さんとロケット開発を共にした元文部省宇宙科学研究所(現JAXA)課長の林紀幸さんには、貴重な証言と多くの資料を提供してもらった。ここに感謝の気持ちを記したい。
本書が現代の諸問題を解決する際のヒントになれば、筆者としては望外の幸せである。
【目次】




