その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は鈴木督久さんの『 世論調査の真実 』です。

【プロローグ 世論調査は誰が答えているのか】

その電話は、突然かかってくる

「そういえば、内閣支持率が低下しているそうだよ。世論調査の結果だって」
 あるところで弟が姉に話しかけました。すると姉は、
「あれは世論じゃなくて、マスコミの意見よ。一般の人には聞いてない。だって私はこれまで一度も聞かれたことがないから」
「世論調査って、みんなに調査した結果じゃないの?」
「ノーノー。子どもが『みんなゲーム機を持っているから買って』と言うけど、『みんな』じゃない。都合よく解釈しているだけ。世論調査はそれと同じなのよ」
「でも有権者の60%が不支持って報道されてたから、有権者に質問したら60%の人が不支持の回答をしたんじゃないの?」
「まさか! 1億人に調査できないでしょ。ほんの一部の人に聞いているのよ。それもヒマで親切な友だちに頼んでるに決まっているじゃない」
「ええっ、そんな恣意的に調査してるんだ。学校で学んだ調査法の話と違うなあ」

 マスコミの報道する世論調査には多くの人が触れた経験があると思います。ところが世論調査の実際はあまり知られていません。私も会話の中のお姉さんのような発言を聞いたことがあり驚きました。世論調査の真実を理解してほしい。そう思いながら本書を書きました。
 まずは、世論調査を実施している電話調査の会場を覗いてみましょう。菅義偉内閣が発足した2020年9月16日夕。電話オペレーターがパソコンの前で、調査対象者の電話番号に発信しています。

――もしもし、日経リサーチの鈴木と申します。いまお話ししても大丈夫ですか。お車を運転中ではありませんか。
「いきなり何ですか。間違い電話じゃないですか?」
――ただいま日経新聞とテレビ東京の世論調査を、18歳以上の有権者の方にお願いしております。5分程度の短い時間で終わりますので、ぜひご協力をお願いいたします。
「そんなものに興味ないし。ほかの詳しい人に頼んでください」
――簡単なものです。興味のない方にも貴重なご意見を伺いたいので、ぜひお願いします。
(渋々、了解。車は運転中ではないことを確認)
――あなたは菅内閣を支持しますか、しませんか。
「さっき(首相に)なったばかりで、まだ何もわからないでしょ。もうちょっと経ってからなら、いろいろやってもらいたいこともあるし、いまは何ともわかりません」
――では、お気持ちに近いのはどちらでしょうか。
「まあ、どっちというか……とにかく、やってもらわないとねえ。そういうことだなあ。いちおう支持ってことでいいけど……」
 世論調査の対象者は、このように突然の電話を受けるのです。私たちも誰が調査対象者になるのか知りません。いつも違う人が回答者なのです。
 そしてお姉さんが「一度もマスコミから調査されたことはない」と言うのも理解できます。では、日本人は一生に何回くらい、マスコミ世論調査の対象者に選ばれるのでしょうか。
 全国紙4社、通信社2社、テレビ局5社の合計11社が、全国世論調査を毎月定例で実施するとしましょう。各社とも2500人が調査対象で有権者は1億人で固定とします。実際は月例調査のほかにも緊急世論調査や郵送世論調査が実施されているし、桁違いに大規模な選挙調査も実施されていますが、定例世論調査に限定します。有権者数も毎月変化していますが、目安を得るのが目的なので単純化します。
 毎月11社の2500人調査が年間で132回。「一生のうちに」を仮に成人以降の60年間とすると7920回の世論調査が実施されます。のべで1980万人が調査対象ですが、有権者1億人のうち2割に満たない人数です。
 そこで、実際に7920回(60年間)の2500人調査を実施するつもりで、調査対象者になる人を選びました。2500人の抽出を7920回実行しました。実際の世論調査でも同じ原理で調査対象者を無作為に確率抽出しています。
 その結果、調査対象者として選ばれたのは1796万人強で、1980万人ではありません。2回選ばれた人が160万人以上います。非常に小さい確率ですが、最大で6回も調査対象になった人が7人いました。
 おおよそ、このような感覚です。生涯のうち1回は調査対象者として、あなたにも新聞社・テレビ局から電話がかかってきそうな気がしますか。それともすでにどこかの世論調査の対象者として回答したことがあるでしょうか。

100人の若者調査、どんなバイアスがあるのか

 ところで、マスコミが報道する調査は世論調査だけではありません。この違いも専門家でなければ、わからないかもしれません。たとえばこういう報道をテレビでやっていました。
――新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は2021年1月に2度目の緊急事態宣言を発出しました。感染者の多数が若者であることも悩ましい課題でした。そこでNHKの番組「首都圏情報ネタドリ!」は東京の若者100人の意識と行動を、渋谷や池袋などの繁華街4カ所で聞き取り調査法により実施。「この1カ月の会食」が平均6・3回などの集計結果を示し、感染症の専門家が解釈を述べました――。
 しかし、調査の専門家であれば、同じ調査に対して異なる説明をします。
「東京の若者を代表しているかのような印象を視聴者に与えるが、この調査には統計科学的な根拠がない。バイアスがあるので、この調査結果を東京の若者全体に一般化して解釈できない。なぜならば……」
 こう指摘するでしょう。このNHK調査は世論調査ではないのです。しかし、「違う」と説明されても一般の人々には区別が難しいでしょう。この調査を単に批判する意図はありません。結果の利活用法と解釈の仕方に注意が必要なのです。
 ちなみに、調査専門家の「上から目線」で恐縮ですが、この調査にはどのようなバイアスがあるのか、わかりますか?

〈本書の表記について〉
1.新聞社・通信社・放送局の総称として「マスコミ」と表記する。厳密な定義はせずマスメディア(紙・電波・WEB)を持つ報道機関という程の意味で使う。略称の「日経」は媒体名あるいは企業名として使い、必要に応じて区別する。同様に「朝日」「毎日」「読売」「産経」「共同」「時事」「同盟」「NHK」等の略称で示す。
2.日経世論調査の支持率(百分率)は、2001年4月以降は小数点以下を四捨五入して整数で公表しているが、それ以前は小数点以下第1位まで集計していた。本書ではすべて整数に四捨五入した数値を使うが、紙面では小数点以下を切り捨てる決まりがあるので、2000年以前の紙面を見ると本書より1ポイント低い場合がある。また、本書に掲載されている図表につき、データの出所がないものは、日経の世論調査をベースにしている。

【目次】

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