その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は加藤俊徳さんの 『人生がラクになる 脳の練習』 です。

【文庫化にあたって◎省エネ化された脳を活発に働かせよう】

 2020年以降、私たちの生活スタイルには大きな変化がありました。
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う行動制限を強いられて3年近く、実はこのことは脳の働きにも大きな影響を与えています。

・自粛生活で「脳」は省エネ化を覚え、働きが限定化したため大きく劣化した
・元気な脳を取り戻すには、脳の働きを活発にする行動を意識的に取る必要がある

 まずはこの点をしっかりとご理解いただきたいと思います。

 業種にもよりますが、リモートワークがメインで、出社するのは週に一、二度という働き方もいまでは珍しくありません。会議や打ち合わせも、オンラインで画面越しに行われることが当たり前になりました。

 コロナ禍をきっかけに同僚や友人との「会食」がなくなった。自粛があけても、人と会うのが以前より億劫になっている。このような方も多いでしょう。

 会社に行かない、旅行にも行かない、外食もしない……。こうした日常が続くと、体を動かす機会が大きく減り、人と話すことも少なくなります。未知の場所や店を訪れるという刺激もなくなります。
 こうした行動制限は、特に視覚と運動に関する脳の働きを大きく抑制してしまうのです。
 さらに、オンラインでの会話も脳への影響があります。リアルの会議では、その場の空気、ちょっとした相手の動きや表情によって、なにかしら伝わってくるものがありますが、オンラインではそうしたものがそぎ落とされてしまいます。結果、人の感情を受け取る脳の働きが弱まるのです。
 これは、私が提唱する「脳番地」でいうと運動系、視覚系、伝達系、感情系が悪影響を受けたといえます(脳番地については序章で説明します)。

 もう1つ、コロナ禍の中で脳に強い悪影響を与えたものがあります。マスクです。
 欧米などでは感染拡大の当初から、マスク着用の義務化に反対する声が多かったのですが、日本人はウイルスから自分を守り、人にうつさないためには当然と受け入れました。
 すでに欧米ではほとんどの人がマスクを外しているのに対して、日本ではいまでも外出時には多くの人がマスクを着用しています。
 マスクを着用し続けることで、脳がどんな影響を受けるのか。メカニズムを簡単に説明しましょう。

 人は酸素を吸って生きています。マスクをつけると、酸素を取り入れることに抵抗が増し、体に取り込まれる酸素の量が減少します。その酸素摂取量の減少に合わせて、脳が無意識のうちに行動制限をかけるのです。
 つまり、行動を制限しなさいといわれなくても、マスクをしていると誰もが行動をしなくなる。これが脳の仕組みです。
 しかも、脳は酸素摂取量の減少に合わせて最小限の働きしかしないという形で、脳全体を省エネ化させるのです。
 マスクを外すと解放感を感じるとしたら、それは酸素摂取量の増加によって脳の働きが向上するという重要なメッセージでもあります。
 それでは、マスクを外せば脳の働きはコロナ禍の前の状態に戻るのでしょうか。
 残念ながら、そうではありません。コロナ禍の間に省エネ化が脳の働きとして習慣化されてしまったからです。
 脳の働きを再び活発にさせることを意識して行動しなければ、以前の脳の働きのレベルに戻すことはできません。

 コロナ禍は私たちの肉体だけでなく、脳も大きくむしばんでしまったのです。しかも、それを自覚できている人はほとんどいません。
 脳を専門とする医師として、私はこの事態を憂慮し、現在ほど「脳の練習」が必要とされる時代はないと確信しています。脳の凝り固まった状態(コリ)をほぐす「脳ストレッチ」が重要なのです。

 本書は2016年に刊行した『イヤな自分を1日で変える脳ストレッチ』(KADOKAWA)を文庫化したものです。
 思いどおりにならないという悩みを乗り越えて人生をラクに生きるために、脳をどう働かせればよいかのヒントをまとめました。
 文庫化にあたっては、省エネ化された脳の働きを活発にすることに役立つよう大幅加筆し、構成も変えてあります。
 本書の「脳の練習」を参考に、ぜひあなたの元気な脳を取り戻してください。

2023年1月

脳内科医/「脳の学校」代表
加藤俊徳


【はじめに◎脳に残る「悩み」の記憶

 「いつも悩みが絶えない。悩みがなくなれば、もっと人生がラクになるのにな」
 こんなことを思ったことはありませんか?
 仕事での悩み、家庭での悩み、学校での悩み、健康についての悩み、容姿についての悩み……。世の中は、数えきれないほどの悩みであふれています。そんな悩みに、うんざりしながら毎日の生活を送っている人も多いのではないでしょうか。

 私は「脳の学校」という脳の研究と診断を行う会社を運営し、MRI脳画像から一人ひとりの脳を診断し、脳の成長を促すためのコンサルティングを行っています。
 この仕事を通じて、若い人から年配の人まで、さまざまな人から話をうかがう機会があるのですが、いつも実感するのは、人というのはいろいろなことがきっかけになって悩みを抱え込んでしまうという事実です。

 かくいう私も、若い頃からさまざまな悩みを抱え、苦しんできました。
 たとえば、高校時代に抱え込んだ悩みは私にとって非常に深刻なもので、いまでもそのことを思い出すと体がキュッとしめつけられる感じがするのです。

 あれは忘れもしない高校1年の秋のことでした。
 朝の登校時、下駄箱のところでクラスメイトに会い、「おはよう」と挨拶をしたのです。ところが、そのクラスメイトは私の顔を一瞥(いちべつ)しただけで、無視して教室へ入っていきました。
 たったそれだけのことですが、当時の私にはそれがすごくショックで、ひどく傷ついてしまったのです。
 その後は「自分はもしかして嫌われているかもしれない」というネガティブな思考に陥って、それ以降、ずっとモヤモヤと悩むようになってしまいました。
 いまとなっては、ナイーブな思春期の1コマとして笑うこともできますが、当時は真剣に悩み、苦しみ続けたのです。
 そのクラスメイトに悪気はなく朝急いでいて、私に気づかなかっただけで、私が過剰に反応しただけかもしれないと、現在は別なふうにも理解できます。ところが、10代半ばの私は柔軟で多様な選択肢を持つことができませんでした。

 あれからすでに40年以上の年月が経過しました。
 もちろん、当時の悩みはすでに過去のものとなっています。それなのに、自分の脳から当時の記憶が完全に消えていないとわかり、驚いたことがあります。
 数年前のことです。
 高校時代の同窓会が開かれ、その席で挨拶を返してくれなかったクラスメイトを見かけました。するとその瞬間、30年以上も前の朝の下駄箱の光景が鮮明によみがえってきたのです。
 このときに改めて、悩みは人の脳に強烈な記憶を残すものなのだと認識することになりました。
 はたから見たら、どうでもいいようなことと思うかもしれません。しかし、そんな物事に人は悩み、どうにかしたいと考え込んでしまいます。これが人間の脳の習性なのです。

 では、「悩む」ことは私たちにとって有害なのでしょうか?

 この問いに対する私の答えは、「有害ではない」です。
 確かに、悩みを抱えるのはつらい。でも、悩みは私たちに、その後の人生をプラスにするためのチャンスを与えてくれるきっかけになることもあるのです。
 人は悩みを抱えると、そこから解放されたいと思い、いろいろな方法を考えます。このとき、脳は活発に働き、目の前の状況を乗り越えるため成長しようと必死になります。つまり、「悩みとは成長するチャンスである」ともいえます。

「できない」と思って悩んでいたことが、自分の力で解決法を考えて実践した結果、「できる」ようになったとき、私たちはなんともいえない満足感に包まれます。
 人間関係で悩んでいたのに、うまく対応したことで一気に悩みが解消されたときも、気持ちが軽やかになり、前向きな姿勢を持つことができるようになります。
 私たちはさまざまなことで悩み、それを乗り越えた瞬間、新たな希望を感じて生きる力を得ていきます。こうしたポジティブな思いに浸れるのは、「悩み」というネガティブな要素があるからなのです。

 とはいえ、気をつけてほしい点もあります。
 それは「悩み」に完全にのみ込まれてはいけないということです。
 どこかの段階で悩みに圧倒され、それを解消したいという気持ちを失ってしまうと、人間の脳はそこから抜け出すための方法を考えることをやめてしまいます。
 こうなると悩みは深くなるばかりで、いつまで経ってもそこから抜け出せなくなってしまいます。こうした事態に陥ることだけは避けなくてはなりません。

 本書では、あなたが悩みを抱えてしまったときに、どのように脳を使えば解消できるのかを紹介していきます。
 読み進めていくうちに、「悩みというのは自分の脳がつくり出している」ことがわかってくると思います。
 これが何を意味するかというと、「脳の使い方を変えれば、悩まない脳に変わる。もっとラクに生きられる」ということです。
 そうはいっても、いつになっても悩みを解消することができず、悩みにのみ込まれそうになってしまうこともあるかもしれません。
 本書は、そうした状況に陥った際に実践できる方法についても詳しくふれているので、ぜひ参考にしてみてください。必ずあなたの救いとなる効果が出てくるはずです。

 1つの悩みを乗り越えることで、人は必ず成長します。そしてまた、次の悩みに直面する。そのとき再び、その悩みを乗り越えていけばいいのです。
 悩みを乗り越えた先には、脳の成長と生きる喜びが待つことを忘れないでください。このサイクルを繰り返すことで、脳をいつまでも元気な状態に保つことができます。

 「悩みがあっても、悩むことはない」
 一見、矛盾した言葉のようですが、これが脳から生まれた悩みへの正しい考え方なのです。

 人間の脳は、驚くべき能力を秘めています。
 これまで1万人以上の脳診断と治療をしてきた結果、私は、脳が100歳になっても成長するパワーを持っていると確信しています。そんな素晴らしい力を備えた脳を使わない手はありません。
 このパワーをフル活用して、悩みを乗り越えて人生をラクにしていきましょう。

加藤俊徳


【目次】

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