その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は延岡健太郎さんの『 キーエンス 高付加価値経営の論理 顧客利益最大化のイノベーション 』です。

【はじめに】

 キーエンスは、イノベーションにおいて、国内はもちろん、世界をも代表する生産財企業である。過去30年間(1992―2021年)の業績を平均しても、売上高営業利益率は40%を大きく超える。そのような製造企業は世界でも稀である。規模としても、2022年時点で、既に営業利益は4000億円を超えた。2021年には時価総額が10兆円を上回り、国内の全上場企業のトップ5に入った。

 近年は、さすがに、一般的にも興味・関心を持たれるようになってきたが、その実績からすれば、あまり目立った扱いはされてこなかった。キーエンスの創業者も、会社としても、本業で顧客や社会に大きな貢献をすることだけに集中し、その他のマスコミ対応や講演活動などは、意図的に避けてきた。

 10年以上前から同社の研究を続けている筆者にとって、大変残念なことであった。2009年に東洋経済新報社から出版したキーエンスを主題にした論文(延岡・岩崎〈2009〉)は、いまだに電子版として、多くの読者に読まれているが、さすがに古くなった。

 残念とする最大の理由は、キーエンスの経営が超一流なので、特に生産財企業に関係する多くの人々に、その本質をぜひ、知ってもらいたいと思うからだ。生産財企業のあるべき姿、原理原則をとことん追求している経営の真の姿を理解すれば、多くの読者が感動するはずだ。

 一方、キーエンスは、特に広く紹介される必要もないと考えているだろう。既に、本業でイノベーション成果を大きく高め、顧客企業、関連企業、国・地方の財政、従業員などを含めて、大きな社会貢献を行ってきた。際立った社会貢献の内容については、具体的に本書で丁寧に説明する。驚異的に大きな実績を上げ続けてきた結果として、本業に専念することこそが社会的な存在意義だとの確信を深めただろう。

 他の社会的な活動を増やすと、多少なりとも本業がおろそかになる。例えば、役員や社員が講演をすると、マスコミの取材も増える。その労力を本業に集中すれば、それ以上の社会貢献ができると信じている。そのため、これまでに、経営学分野の研究者に対して、キーエンスが積極的に取材調査に協力して、正式に出版を認可した書籍は存在しなかった。

 筆者は、キーエンスの経営を正しく記述した著書が執筆・出版されるべきだと主に次の2点から信じてきた。

 第一に、素晴らしい経営によって、大きな社会貢献をしているにもかかわらず、キーエンスは誤解されている部分が多い点だ。その一流の経営と社会貢献に相応しい尊敬を受けるべきだと信じている。

 驚異的な利益を出す企業として、自社の利益のみを追求する企業ではないのかと誤解されやすいのだろう。しかし、実際には、顧客企業の生産性向上を主体として経営改善に多大な貢献をして、結果として生まれる大きな付加価値からは、潤沢な雇用や莫大な納税も含めて大きな社会貢献をしている。

 加えて、組織文化としても、ブラック企業どころか、これほど従業員にとってホワイトな会社はないのではと思う。上下関係や公私混同を嫌い、若手の意見を大事にする文化は清々しい。

 第二に、他の企業では見られない圧倒的に優れた経営を実践しているので、その内容を少しでも社会的に共有すれば、多くの企業にとって恩恵となる。キーエンスにとっては、模倣をされることによる負の影響がゼロではないかもしれない。しかし、圧倒的にプラスが大きいと考える。

 例えば、トヨタ自動車はジャストインタイムに代表されるトヨタ生産方式の普及に貢献したが、負の影響があったとは考えられない。トヨタ自動車の協力企業も含めて、多くの企業の経営が改善され、さらには世界的に尊敬される企業になったプラス面が大きいだろう。筆者も、これまでに、トヨタ自動車の優れた経営哲学と仕組みを理論化して世界に広める貢献をしてきたことを誇りに思う(Cusumano and Nobeoka,1998;Dyer and Nobeoka,2000など)。

 マイナス面が少ない理由の一つは、トヨタ自動車やキーエンスの経営は、長年にわたり構築されてきた並外れた組織能力に支えられた仕組みなので、普通の企業が同じように実践することは極めて困難だからだ。本書についても、経営の目指すべき理想として理解・学習してほしいが、多くの企業にとって、少なくとも短期的に同じように実践することは容易ではない。

 このキーエンスの優れた経営が社会的に共有されるべきだという点は、第一の正当に尊敬されるべきだという点と、ある意味では相互依存関係にある。優れた経営が理解されれば、社会的に尊敬されるし、尊敬が高まると、他企業が学ぼうとする。いずれにしても、この両点から、キーエンスを正しく伝える著書の重要性が高い。

 このような目的のもとで、最終的に、キーエンスには、本書の出版に協力していただくことになった。関係者各位に心から感謝したい。実は、キーエンスとは以前から長年にわたり、多くの機会で交流があり、多数の方々から、様々な説明を受けてきた。また、今回の著書に限って言えば、担当いただいた方に、出版協力の承認や、聞き取り調査の社内調整、さらには原稿を読んで助言をいただくなど、全面的にご協力いただいた。ご多忙ななか、お時間をとってご協力いただいたキーエンスの方々には感謝するばかりである。

 実際であれば、ご協力いただいた方々のお名前を挙げて、感謝の念をお伝えしたい。また、社会科学研究の著書として、調査記録としても協力者の氏名を残したい。しかし、本書の内容からも示唆されているように、個々人が表に出て注目されることを避ける経営方針・企業文化なので、氏名を出すことは遠慮した次第である。もちろん、強い感謝の気持ちに変わりはない。

 コンセプト・シナジー株式会社代表取締役の高杉康成氏には、数本の共著論文も含めて、長年にわたり多くの機会を通して、キーエンスの素晴らしさについて、様々なご教示をいただいた。本書についても、本来であれば共著にしてもよかったくらいに、彼の知見が含まれている。

 加えて、キーエンスがまだ小さい頃の管理職であった株式会社ウィンズ社長の岩崎孝明氏から、15年以上前に、キーエンスの本質を初めて学んだ。先に述べた2009年出版の最初の事例論文では共同執筆者になっていただいた。

 お二人との出会いがなければ、キーエンスの研究自体を続けていなかったかもしれないし、本書は実現していなかっただろう。あらためて心より感謝申し上げたい。

 本書の内容を簡単に説明する。まず、第1章と第2章で、最初に、キーエンスの高付加価値経営のポイントを簡単にまとめて説明する。特に、社会貢献を推進する経営哲学と、高付加価値が実現できている論理を中心に説明する。この2章だけでも、超優良企業で高収益の理由が理解できるはずだ。

 第3章では、生産財企業のイノベーションに関する理論を概説する。第4章以降で、具体的な事例を説明しながら高付加価値経営の本質を経営学の視点から分析していくが、その前に、基本的な理論フレームワークを理解してほしいという趣旨だ。ただし、キーエンスの事例だけに関心のある読者は、この章をスキップしても、大きな問題はないだろう。

 第4章から第6章までが、キーエンスの高付加価値経営に関する詳細な事例説明である。第4章は組織構造、第5章と第6章は経営プロセスである。第5章は、主に営業関係に焦点を当てて、いかにして優れたソリューション提案能力を構築しているのかを説明する。第6章は、新商品開発に焦点を当てて、高付加価値商品の開発プロセスを概説する。加えて、数種類の成功商品の事例分析を行っている。

 終章は本書全体のまとめに代えて、他企業がキーエンスの事例から学べる点を概説する。

 なお本文中の敬称は略させていただいた。

 本書は、筆者の学者人生、最後の著書になる可能性が高い。寡作ではあったが、最初から最後までほぼすべての著書に付き合ってもらったのが、日経BP日経BOOKSユニット第1編集部の堀口祐介さんである。最後にあたり、より一層の感謝を申し上げたい。

2023年1月 延岡 健太郎


【目次】

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