その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はみんなの銀行の『 イノベーションのジレンマからの脱出 日本初のデジタルバンク「みんなの銀行」誕生の軌跡に学ぶ 』です。
【はじめに】
新しい銀行の在り方とは
現代は、あらゆる業界の成熟産業や企業が、デジタルディスラプションにより存続の危機に見舞われる時代です。このことは、老舗として安泰であろうと思われてきた企業が経営危機に追い込まれたり買収されたりするニュースが流れる度に、経営者やビジネスパーソンの方々が自分事として危機感を持って認識されていると思います。
このような時代に追い打ちを掛けるかのごとく感染症拡大が生じ、国際紛争が起きるなどにより経済的・社会的状況が激変しました。その結果、人々の価値観も大きく変化しつつあります。先の予測が困難なVUCAの時代と呼ばれる現代では、意図する・意図しないにかかわらずDX(Digital Transformation)の推進により自らの変革を進めてきた企業とそうでない企業の差が顕著になってきました。
そのため多くの企業がイノベーションの創出を急務であると捉えているはずです。しかし成熟した企業ほどその変革が困難であることは、世界的ベストセラーとなった『イノベーションのジレンマ』(クレイトン・クリステンセン著、翔泳社、増補改訂版2001年)や『両利きの経営』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン共著、東洋経済新報社、2019年)の分析により広く知られています。
金融業界も、この大きな世界的な潮流からは逃れられません。私が勤めてきたふくおかフィナンシャルグループ(英文表記Fukuoka Financial Group,Inc.、略称「FFG」)もまた、イノベーションの模索を続けている成熟企業と言えます。
しかし、新しい銀行の在り方とはどのようなものかを考えたとき、これまでの延長線上で改革を進めるには困難がありました。この困難さの説明については本書でも取り上げていますが、基本的には前述の『イノベーションのジレンマ』や『両利きの経営』で詳細に分析されている通りです。
そこで私たちは、既存のビジネスの延長線上での改革ではなく、新規事業を立ち上げることで新しい銀行の在り方を目指したのです。
デジタルディスラプターに対抗し得る敏しょう性
もちろん、新しい銀行の在り方を目指すとはいえ、それが銀行である以上は既存事業の延長線上で展開した方が、長い歴史の中で蓄積されてきた様々なリソースを利用できたり、多くのスペシャリストたちのサポートも得られたりするとも思えました。
しかし、成熟した大きな組織でイノベーションを起こすには、従来のビジネス慣例や組織にとらわれない身軽で自由な、そして何よりもデジタルディスラプターと呼ばれる新興企業に対抗できる敏しょう性を獲得することが困難であると判断したのです。実際、多くの企業で既存事業の延長線上での変革に挫折している根本原因は、そこにあるはずです。
そうして新規事業として立ち上がった私たちみんなの銀行も、まだまだ成功者ではなく、ようやくチャレンジャーの位置に立った状態です。
しかし、私たちみんなの銀行は、日本初のデジタルバンク(ネット銀行との違いは本書で述べます)としていくつもの壁を一つひとつ乗り越え、世界でも注目されるアウトプットを生み出してきた実績があります。
もちろん、新規事業を立ち上げるには、業界や企業により環境や条件が異なりますから、私たちの経験をそのまま活かすことはできないかもしれません。しかし、私たちが新規事業を立ち上げて変革に挑戦してきた経験を、読者の皆さんに共有することで、同じように変革を必要とする方々の手掛かりになるかもしれない、そして勇気を持っていただけるかもしれない。その結果、日本をもっと元気にすることができるかもしれないと思い、本書を執筆することにしました。
本書の内容
みんなの銀行がまだ影も形もない2014年、FFG取締役社長(現取締役会長)の柴戸隆成は、経営企画部に所属する中堅銀行員であった私、永吉健一(当時42歳)にミッションを与えました。
「10年後の銀行のあるべき姿を見据えて、これまでの延長線上にない、非連続の成長戦略を描いてほしい」
この柴戸の言葉がすべての始まりであり、この言葉を受けた私は、後にみんなの銀行を設立します。
本書はみんなの銀行の設立の話ですが、その多くの舞台はFFGの内部であり、みんなの銀行が生まれる背景にはFFGや銀行業界の変遷があります。そこでまず、第1部ではそうした歴史的な経緯を説明します。
図表0-1は福岡銀行がFFGとなり、みんなの銀行を設立するまでの主な取り組みを示しています。みんなの銀行の開業(銀行システム稼働)は2021年1月、本書はその7年前の2014年ごろからの話になります。本書では図にも記載しているiBankマーケティングという会社が何度も登場します(同社が提供するサービスがネオバンク「Wallet+」です)。これは、私たちがみんなの銀行の前に挑戦した新規事業で、みんなの銀行のプロジェクトを語るのに欠くことのできない取り組みです。
本書の第1部「実践『両利きの経営』ふくおかフィナンシャルグループの経営戦略」(第1章と第2章)をお読みいただくと、iBankマーケティングやみんなの銀行を別会社にしたから、新規事業としてうまくいったように感じるかもしれませんが、これらのプロジェクトを経験して言えることは、「別会社にすればイノベーションのジレンマから逃れられるわけではない」ということです。
そこで第2部「『イノベーションのジレンマ』と闘ったみんなの銀行の奮闘」(第3章~第7章)では、みんなの銀行がいかにしてイノベーションのジレンマと闘ったのか、5つのテーマに分けて詳しく解説します。個々に見ていくと単なる新規事業の話に思えるかもしれませんが、FFGという大企業から立ち上がった新事業を成功に導いたという意味では、その一つひとつの工夫が「イノベーションのジレンマ」と無関係ではありません。
第3章は「逃れられない大企業の論理」というテーマです。みんなの銀行はFFGから多額の出資を受けており、みんなの銀行設立時はFFGの企業論理が働き苦闘します。
第4章のテーマは「小さく始めるアジャイル型ビジネス」です。システム開発で利用することの多いアジャイルを、ビジネスにも適用することで、困難を乗り越えていく話です。
第5章のテーマは「銀行であって『銀行らしくない』ブランディング」。みんなの銀行はいわゆる銀行員と非銀行員(デザイナーやエンジニアなど)の混成チームです。特に銀行員とデザイナーの間では折り合いをつけるのが難しく困難が続きます。それを乗り越えたデザインの力を紹介します。
第6章は「ゼロからの組織づくり」というテーマで、数百人規模になっても価値観を共有する現場の奮闘を追います。
第7章は銀行の根幹であるバンキングシステムを開発した話で、「フルスクラッチのシステム開発」というテーマです。みんなの銀行は、勘定系システムをパブリッククラウド上にフルスクラッチで開発しています。技術に詳しい人に言わせれば「前代未聞の挑戦」でした。システム開発の話ではありますが、最も人間味のある話題が多い章です。
第2部を通して、みんなの銀行のリアルな現場に触れていただきますが、詳細に書いているので、かえって勘所が見えづらくなっているかもしれません。そこで第3部「『イノベーションのジレンマ』に陥っている読者への提言」(第8章、付録)では、第2部の要点を抽出します。
第8章は「イノベーションのジレンマからの脱出メソッド」(=Escape Methods)と題し、5つのポイントを提示します。もし今、イノベーションのジレンマに陥ってすぐにでも「どうしたらいいのか知りたい」という方は、第8章をお読みいただくのがいいと思います。
付録では、第2部で何回も登場することになる、みんなの銀行の仕事の流儀を示す「INSIGHT」について詳しく解説します。
地域金融機関の銀行マンたちの挑戦
みんなの銀行は2023年5月で、サービス提供開始から2周年を迎えます(図表0-2)。おかげさまで口座開設数も順調に推移しています。しかし、私たちが目指している目標はまだまだ先にあります。もっと多くの方々に、新しい銀行の在り方に挑戦している面白い銀行がある、と知っていただきたいと考えています。
また、みんなの銀行は200人ほどのチームですが、私たちの後ろには1万人からなるFFGが、全社を挙げてDXの推進という山を登っている最中です。私たちのチャレンジを書籍にまとめて共有することが、グループ全体のモチベーション向上にも貢献できるのではないかとの思いもあります。
ありがたいことに、私たちは現在、様々な講演やセミナーなどのイベントにお招きいただき、イノベーションに取り組まれている多くの方々とお話をする機会を得ています。そこでは、「とても参考になった」あるいは「勇気をもらえた」などのお言葉を頂く一方で、イノベーションの進め方や壁の乗り越え方が今ひとつ分からないとの声も聞こえています。私たちにしても、限られた時間の中ではいまひとつお伝え切れていない感があったのです。
本書の制作は、創業メンバーたちと共に自分たちのたどってきたイノベーションの経緯を振り返り体系的にまとめる良い機会となりました。そのことで本書が、これまで語り切れなかった部分を補えるのではないかと思います。
ともすれば堅くて地味、そして保守的な印象のある地域金融機関の行員たちが、手探りで日本初のデジタルバンクを創業し、国内外の数々の賞も頂くことができました。もちろん、決してその道のりは平坦ではありませんでしたが、私たちが無謀とも思われたイノベーションにまい進した姿が、一人でも多くのビジネスパーソンに「自分たちにもできるかもしれない」との思いを抱いていただける契機となれば、これほどうれしいことはありません。
永吉 健一
株式会社みんなの銀行 取締役頭取
【目次】