その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はウリケ・シェーデ(著)、渡部典子(訳)の『 シン・日本の経営 悲観バイアスを排す 』です。
【はじめに】
外国人として来日するたびに、奇妙な認知的不協和に見舞われる。一方では、日本は素晴らしい場所だ。清潔で安全な都市、優れたインフラ、親切で思慮深く振る舞う日本の人々。もちろん食べ物も絶品で、すべてが素晴らしい。ニューヨークやカリフォルニア、私の母国であるドイツと比べても、日本の都市はよく整備され、国民の健康状態は相対的に良好で(医療制度が充実)、貧富の差はかなり限定的だ。無論、裏側では社会のひずみが燻り、所得や生活状況の格差が拡大しつつある。しかし全体的に見れば、他の国々と比べて日本はきわめて安定的で、きちんとした魅力的な社会といえる。
その一方で、日本の友人や知人と話をすると、自国への不満を口にする人が多い。実際に、日本人にありがちな自虐的な行動特性を割り引いて考えても、悲観論が渦巻いている。日本経済は「失われた30年」を経て、人口減少と高齢化、政府債務の増大、生産性の低下、地方の過疎化などに直面し、日本はもう「駄目だ」というのだ。
どういうわけか、過去30年にわたって「斜陽」で「停滞」した日本、「失われた30年」、「ジャパン・パッシング」といった話がまことしやかに語られてきた。各国の研究者は日本を邪険に扱い、特にアメリカではジャーナリストやメディアが日本には4つの奇妙な特徴があるという物語を仕立て上げた。①日本は年寄りだらけである。②日本はイノベーションを起こせない。③日本はロボットで溢れ返っている。④日本人は変なことをする(メイド喫茶、猫カフェ、人形との結婚といった奇行の数々)。これが今日の日本を正しく表しているとは、私には思えない。
しかし、日本の新聞もこの否定的な論調に加担してきた。たとえば、霞が関の官僚が「日経不況」と呼ぶように、毎週月曜日の朝刊は特に悲観的な見出しが多く、今週もまた良くないのかと世間の人々は思うようになる。問題は、外国語が瞬時に翻訳される今日では、こうした日本発の悪いニュースがまたたく間に世界中を駆け巡っていくことだ。
同じ話を繰り返し聞かされれば、たとえそれが真実でないとしても、次第に社会通念になっていく。実際には、日本のビジネスは世界に後れをとっておらず、30年間ずっと停滞してきたわけでもない。事実を見つめ、データを比較し、事業戦略を分析すれば、日本のビジネスが停滞どころか、再出発の準備をしてきたことがわかる。そろそろこの変革を解析すべき頃合いだ。本書では「停滞する日本」ではなく、「変貌を遂げて再浮上する日本」に目を向けたい。
日本が世間で言われるよりもはるかに強い理由は、日本企業の再興が進行中であり、グローバルな最先端技術の領域で事業を展開する機敏で賢い企業が新たに出てきたことにある。こうした企業の多くは最終製品ではなく、素材や部品などの中間財を製造している。消費者は日本の中間財の技術や生産設備の重要性に気づいていないことが多い。この新しいビジネスの強みを「ジャパン・インサイド」と呼びたい。それは陰に隠れているが、きわめて強力だ。
人目につかないことに加えて、日本の再浮上の第2の側面は、その進捗が遅いことだ。そのため、時にはイライラが募り、無能だと誤解されることさえある。しかし、遅いからといって停滞しているのではない。むしろ「遅い」のは、社会に損害を与えずに21世紀に向けて変革するという課題に臨むために、トレードオフがある中で、政治家、官僚、企業の上層部、多くの従業員や親たちが行った意図的な選択によるものなのだ。
成長の鈍化、高齢化と人口減少、進歩を妨げる複雑すぎる手続きや規制など、現在の日本に関する手厳しい指摘は確かに当たっている部分もある。昭和の「おじさん」経営者の古臭い考え方、伝統的な社会様式、硬直化した雇用構造は大きな課題だ。政府債務が過度に膨らみ、先見性のあるリーダーや目標に向かって突き進む若者が不足していることなど、確かに日本は独自の問題をいろいろと抱えている。
しかし、そうした課題だけを見ていくと、当惑せざるをえない。日本が本当に「失われた30年」に苛まれてきたとすれば、なぜいまだにGDP(国内総生産)で世界3位の経済大国なのか(直近のデータではドイツに次いで第4位だが、順位の低下は円安による為替レート変動の影響が大きい)。日本企業の海外生産ネットワークは急成長を遂げているが、そうした国外での活動はGDPに含まれない。また、日本の人口規模は世界で12番目だが、それでも世界3位の経済大国である。そうだとすれば、何かがうまくいっているに違いないのだ。
本書では、日本でうまくいっていることを主に考えてみたい。大リーグにとどまり続けている日本の成功企業はどんな顔ぶれで、どこにいるのか。どのように昭和の経営から令和の経営へと転換したのか。なぜ最先端の領域でイノベーターとして力強く競争できるのか。また、シン・日本企業の戦略と企業カルチャーの変革マネジメントについて、成功企業からどんなことを学べるのか。
この研究プロジェクトに私が着手したのは2010年に遡る。幸運にも、日本政策投資銀行(2008年に株式会社となった)設備投資研究所の下村フェロー(海外客員研究員)として招かれたのだ。プロジェクトの目的は日本の高収益企業を研究することにあった。当時の日本は1995年から2005年にかけて、金融危機、記録的な倒産、自殺者の増加など深刻な社会問題という非常に困難な10年を乗り越えたばかりだった。2005年頃から「小泉ブーム」で新たな希望が芽生えたが、2008年のリーマン・ショックとともに、このブームは突然終わった。そこで、2010年時点で、どのような企業が、どのように利益を上げているのか、改革のために何をしたのかを探ろうと、上場企業の営業利益率のデータを使ってランキングを作成してみた。
リストの上位には、日本人でさえあまり聞いたことのない企業名がずらりと並んでいて目を見張った。キーエンスやファナックなど、すぐに思い当たる有名企業はわずかにすぎない。大多数は、上場しグローバル化している大企業ではあっても、知名度が低かった(詳細は第4章で取り上げる)。これには興味をそそられた。
それ以後、数年にわたって、何度も日本を訪れては、成功企業に挙がった数社の経営者にヒアリングを行った。こうした会合を重ねるうちに、これらの企業に7つの共通点があることがわかった(英語の頭文字をとって「7P」と呼ぶことにする)。そのうちの1つが「ジャパン・インサイド」メーカーになる戦略であり、グローバル・バリューチェーンできわめて重要な市場セグメントに特化して、技術リーダーになるというものだ。こうした企業は特定の中間財や部品市場で大きなシェアを持ち、価格決定権を握っていた。つまり、言い値で取引ができるから、「収益性の高い企業」リストに入っていたのだ。経営者たちの話を聞けば聞くほど、その経営スタイルが、昭和の高度成長期の伝統的な日本企業とはまったく異なることがわかってきた。そこには、21世紀の日本のための新しい勝利の戦略があったのだ。
2010年代後半になると、日立、富士通、ソニー、パナソニック、NEC、NTTデータなどの大企業を含めて、再生に向かう日本企業が増えていった。そのトレンドを見るうちに気づいたのは、こうした企業がグローバル・インフラ、バリューチェーン、製造にとって不可欠な一連の重要な中間財、機械、システムで技術リーダーシップを発揮するという新戦略をとっていることだ。また、社内に目を向けると、両利きの経営を展開する組織を構築し、企業カルチャーの変革を進めていた。日立製作所などいろいろな企業が昭和時代のコングロマリット(非常に多様な複合企業)から脱却し、より特化型の機敏な技術リーダーへとピボット(方向転換)を始めていた。選択と集中から始めて企業カルチャーの変革やオープンイノベーションに次第に関心を持ち、優秀な人材を獲得し登用するために新しい組織を設計していたのだ。
本書はこの研究成果をまとめたものだ。前著『再興 THE KAISHA』(日本経済新聞出版、2022年)と一部重なるが、大きく異なる点もある。前著は日本の最新情報を知りたい投資家やビジネスパーソンなどアメリカ人向けだったのに対し、本書は日本人向けに執筆したものだ。一部の用語を変更し、国の文化、企業カルチャー、日本企業の事業戦略、イノベーションなどの側面に主眼を置いた。
本書を通じて、私が何よりも払拭したいのは、日本はもう終わりだとする考え方だ。そんなことはない。日本企業は力強く、機敏で、賢い新タイプのプレイヤーとして再浮上している。世界の製造やインフラ・システムに欠かせない多くの中間財や市場で、世界リーダーとして復活を遂げつつある。
しかし、なぜこの変革に30年もかかったのだろうか。ゆっくりと「ジャパン・インサイド」へ移行する形は、日本社会の好みを反映した特定の選択に基づくものだ。とりわけ日本の「タイトな文化」に照らせば、その選択は合理的かつ妥当だと見ることができる。日本社会にとって、遅いことは安定と秩序ある進め方の代償であり、それが強みになることもあるのだ。
ますますVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)になっていく世界で、急速な経済成長よりも社会の安定をとることで、日本は何らかの新しい先駆者になれるだろう。経済大国としてではなく、二酸化炭素排出量を削減し、おそらくは人口減少の中でも、新たな気候変動対応を考案して世界を主導する国として。少ないほうがより豊かで、少ないほうがより良いのかもしれない。日本はスピードと安定、お金と意義、あるいは、利益と目的の間で独自の落としどころを見いだしている。
本書の執筆に際して、多くの機関や人々に支援と協力をしていただいた。忙しい合間を縫って自社の戦略転換について語ってくれた多くの経営者や幹部に感謝している。本書で示した見解と、その他の誤りはすべて私個人に帰するものである。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のグローバル・ポリシー&ストラテジー・スクールでは、日本の官公庁、企業、銀行から来た優秀な日本人留学生と長年にわたって交流する機会に恵まれた。彼らとの交流や授業は、ビジネスや政策の変遷を観察するのに役立った。また、日本の企業、シンクタンク、大学、一般社会における多くの友人、同僚、協力者にも感謝している。
本書は日本の読者向けに書き下ろしたもので、英語版は出版されていない。日経BP日経BOOKSユニットの田口恒雄さんと、私の考えを日本語で適切に表現してくれた翻訳者の渡部典子さんに謝意を表したい。
なお、本文中では敬称を略させていただいたことをお断りしておく。
2023年12月、サンディエゴにて
ウリケ・シェーデ
【本書のメッセージ】 再浮上する日本には希望がある
✠日本は世間で言われるよりもはるかに強い。日本企業は力強くよみがえりつつある。悲観バイアスを持つ人々は、市場や経済がどのように機能すべきかについて米国経済を基準に考えているが、日本は独自の論理で動いている。
✠1990年代から2010年代は「失われた時代」ではない。産業構造または企業経営とその戦略が大きく変わるシステム転換期といえる。
✠遅いのは停滞ではない。日本の先行企業は改革を重ねて現在、再浮上している。「遅い」のは、安定と引き換えに日本が支払っている代償である。
✠日本企業が世間で言われるよりもはるかに強い理由は、「ジャパン・インサイド」にある。グローバルな最先端技術の領域で事業を展開する機敏で賢い企業が新たに出てきたのだ。
✠技術の最前線で競争し、飛躍的イノベーションに貢献する方向へと進む行動変革の道筋を、技のデパート=「舞の海戦略」と呼ぶことにした。
✠シン・日本企業は収益性が高く、戦略、企業カルチャー、リーダーシップなどで共通する7つの特徴がある。
✠「タイト・ルーズ」理論を使うと、日本の変革が「タイトな文化」の中で起きていることが理解しやすくなる。日本企業は「ルーズな文化」のアメリカとは異なる形で変革してきたのだ。
✠日本の企業カルチャーの中心には3本柱がある。「3つのうち2つ」という原則を使えばタイトな文化の中でも前進が可能になる。また、「LEASH」という新たな枠組みのもとで、タイトな文化の国において企業カルチャーの変革を成功させる方法が理解できる。
✠シリコンバレーやユニコーンなどは日本のイノベーションのお手本にはならない。日本独自のスタートアップ創出の試みが注目される。
✠VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)時代においても、日本は経済的な繁栄、政治の安定、社会の結束とのバランスを保ちながら、未来に向けた新しいビジョンと自信を持って新しいモデルへの道を歩んでいくことができる。
【目次】



