その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は杉本貴司さん、藤本秀文さん、湯前宗太郎さん共著の『 ものづくり興亡記 名も無き挑戦者たちの光と影 』です。
【はじめに】
日本の「失われた30年」──。
今や言い古された言葉だが、バブル崩壊から始まる日本経済界の失われた30年間は「製造業=ものづくり」の衰退の歴史とほぼ重なる。
その衰退は造船や鉄鋼など重厚長大産業に始まった。かつては半導体や液晶テレビなどで世界を席巻したエレクトロニクス産業も中韓勢に追い抜かれ、その栄華は長く続かなかった。
ものづくりの分野でかろうじて世界に伍して戦っている自動車産業も、クルマのバリューがハードからソフトウエアへ、エンジンから電気へと置き換わる100年に一度のパラダイムシフトを前に、その流れをリードしているとは言いがたい。
その強さゆえに度々、米国などとの間で貿易摩擦の火だねともなってきた日本のものづくり産業。「メード・イン・ジャパン」からかつてのような輝きが失われて久しい。
日本のものづくりはなぜその輝きを失ったのか。その未来に光はないのか。このまま衰退の一途をたどってしまうのか──。こうした問題意識のなかから、日経産業新聞で立ち上げたのが連載「ものづくり記」だった。2021年10月から2年近くにわたり断続的に連載を続けてきた。日経電子版にも同時に公開し、多くの反響をいただいた。本書は「ものづくり記」をベースに大幅に加筆したものだ。
「ものづくり記」では毎回、会社ごとに連載したのだが、その会社や産業の歩みを象徴する拠点を舞台に選んできた。そこで働く人たちがどんな思いでこの国のものづくりの歴史を紡いでいったのかを再現しようというのが当初からの狙いだった。それぞれのシーンや証言をリアルに再現するため、大変失礼ながら連載では文中の敬称を省略させていただいた。本書でもそれを踏襲した。
本書でも基本的に会社・拠点ごとに構成している。それぞれの章に特に関連はないため、ご関心のある章から読み進めていただければ幸いだ。補足ながら、各章のダイジェストは以下の通りだ。
第1章の「今治造船」では、愛媛県今治市の小さな港湾を本拠とする造船会社がどうやって国内首位に成り上がったのかを描いた。大手企業から露骨なさげすみを受けながらしたたかに生き抜いてきた地方企業による下克上の物語だ。そこに、地方企業ならではの、どんな知恵があったのか。今、どうやって中国や韓国の巨大なライバルと向き合おうとしているのか。拠点としては便宜上、本社工場を題材としているが、瀬戸内海に散らばる造船所を一体運営するところにその強さの秘訣がある。
第2章は三菱重工業。広範な事業を手掛け重厚長大産業のコングロマリットのような会社だが、その中で航空機を担う通称「名航」を舞台に選んだ。世間の注目を集めたジェット機「MRJ」の開発現場は、どんな人たちがどんな思いで取り組んできたのか。悲願の国産旅客機開発計画はなぜ失敗したのか。そこにあった、本社との確執とは。なお、MRJは後に「三菱スペースジェット」に改称されたが、本稿では原則、MRJとする。
第3章は「日本製鉄」。わが国の鉄鋼業の象徴と言えば多くの方が官営八幡製鉄所を思い浮かべるのではないだろうか。ここではあえて、その八幡の流れをくむ君津製鉄所を選んだ。情報産業や環境技術との融合といった先端的な取り組みをリードしてきたのは君津であり、中国という巨大なライバルをつくりだしたのも君津だからだ。
第4章の「シャープ」は、ある意味で先述した日本のエレクトロニクス産業の盛衰を象徴してしまった。液晶で乾坤一擲の大勝負に出て、パナソニックやソニーに次ぐ地位に甘んじていたシャープが、「家電の王様」で天下を取った。そしてあえなく凋落した。ジェットコースターのような歩みから、なにが見えてくるのか。
第5章の「日立金属・安来工場」は、失礼ながら他社と比べれば地味な存在だ。だが、規模では劣っても確かな技術力で生き抜いてきた。本書では勝手ながら「変態工場」と命名したが、ハガネなら何でもつくる「メタモルフォーゼ(変態)」の力に敬意を込めたつもりだ。だが、そのオンリーワンの力が皮肉なことに品質不正という大失態を招いてしまった。近年、日本の大企業で続出する工場での不正に共通するものが、そこにあった。
第6章と第7章はホンダの研究所を舞台として選んだ。大きく分ければ第6章が自動車、第7章が「空飛ぶクルマ」など自動車以外の次世代モビリティーだが、共通するのがモビリティーの世界に起きつつあるパラダイムシフトにどう挑み、どうやって未来をつくろうとしているのか、である。
本書には多くの時代の証言者たちが登場する。実際の取材では、成功の物語というよりは失敗についてお聞きすることも多かった。失敗を自ら語ることはつらいことだが、インタビューに応じていただいた皆さんが一様に「今後の日本のものづくりのためになるなら」と、あえて実名での掲載に承諾いただけた。なお、皆さんの所属や肩書は原則、紙面掲載時か2023年末時点のものとさせていただいた。
本書で描くのは単なる敗戦や没落の物語ではない。そのストーリーからなにが見えてくるだろうか。この先も日本のものづくりが生き残っていくために、どんなヒントが読みとれるだろうか。受け取り方は読者の皆さんによってそれぞれだろう。明日の日本のものづくりについて思いを巡らせていただく一助になれば幸いだ。
【目次】
