その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は木田浩理、石原一志、佐藤祐規、神山貴弘、山田紘史、伊藤豪(共著)の『 ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術 』です。
【はじめに】
「ビジネストランスレーター」とは何か
DXの実態
「DX」(デジタルトランスフォーメーション)はこの数年の大きなトレンドです。コロナ禍において従来型の対面コミュニケーションを中心とした業態は大きなビジネスモデル転換を余儀なくされ、データやデジタル技術を駆使していくことこそが競争優位の源泉とされています。DXにおいては、デジタル技術を単に導入することだけでは不十分であり、デジタル化により得られるデータをいかに分析・活用するかが重要なポイントです。
ですが、企業がDXにおいて必要不可欠なデータ分析に取り組もうとすると、まず「データ分析人材がいない」という課題に直面します。やっとの思いでデータ分析人材を獲得しても、活躍してもらうには受け入れ先企業の環境を整えることが必要です。そのためには受け入れ側の理解がないといけませんが、中間管理職から経営層までの意思決定者のなかに、データ分析の専門人材がいる企業は珍しいのが実情です。そもそも、「データ分析者を採用しても何をするのか明確に決まっていない」ことも多く、社長の鶴の一声でデータ分析者を採用したような企業の現場は混乱を極めて成果どころではありません。
企業のデータ分析推進には当然ながら多くのコストがかかりますし、単純にデータ分析者やデータエンジニアを1人雇ったらすべてが解決するというわけではありません。また、データ分析者だけで何か価値を生み出せるわけではなく、組織全体の意思決定方法を同時に変化させなければなりません。ヒト(データ分析人材)、モノ(データ分析の環境)、カネ(予算)がセットになっている必要がありますが、経営層がこの点を認識していないとデータ分析組織はただのコストセンターと見なされ、結果、存在意義が不明確となり、必要な予算が手当てされず、データ分析人材が流出してしまうことにもなりかねません。
データ分析現場で起きている問題
データ分析現場で起きている典型的な問題を挙げてみます。まず、「データで何を解決したいのか」というそもそもの目的設定が曖昧で、「意見がバラバラなのでプロジェクト全体像が描けない」という壁に直面しています。さらに、「そもそも必要なデータや環境が整備されていない」といったケースがある他、「データ分析手法の妥当性が判断できない」ために、結局「データの利活用が進まず」、引く手あまたのデータ分析者はより良い条件を求めてすぐに辞めてしまうのです。
こうした問題を解決するために、筆者たちは前著『データ分析人材になる。目指すは「ビジネストランスレーター」』(日経BP、2020年)にて「5Dフレームワーク」を提唱しました。5Dの「D」とはDemand、Design、Data、Develop、Deployのことで、過去のデータ分析プロジェクトの失敗経験を基に編み出したフレームワークです(図表0-1)。データ分析プロジェクトが失敗するのは5つの「D」のどれか(または複数)を乗り越えていないからで、言い方を変えれば、5Dを順番に進めていけば、データ分析プロジェクトを成功に導くことができます(5Dフレームワークは本書でも後述します)。

前著(『データ分析人材になる。』)では文系でもデータ分析人材になれる方法を紹介しつつ、データ分析プロジェクトがなぜ失敗するのかを解説しました。お読みくださった方から「データ分析プロジェクトがうまくいかない理由が分かった」といった感想を多くいただき、また、様々な企業のデータ分析プロジェクトの責任者の方々からご相談を受け、彼・彼女らが直面している課題の解像度が鮮明になってきました。それは、「データ分析組織をつくったが、ビジネスに生かせていない」という課題です。本書はこの課題に向き合っています。
ビジネストランスレーターという役割
データ分析をビジネスに結び付けることができているケースはもちろんありますが、その多くは、特定の「人」の存在に依存していないでしょうか。例えば、統計数理の専門家でなく、マーケティングの豊富な実務経験があるわけでもないが、データ分析者が出した分析結果をビジネス視点で解説することにたけている人。また、データサイエンスを得意としていながら、意識的にビジネス現場に赴いてギャップを埋めようと努力し、現場目線に立ったデータマーケターとして活躍している人などです。
そういう人は何をしているかというと、データ分析者とビジネス現場の担当者の間に立ち、ビジネス現場が抱えている課題を整理してデータ分析者に橋渡しをしたり、逆にデータ分析者が出した分析結果をビジネス現場が正しく使いこなせるよう翻訳したりしています。こうした人がいれば、データ分析をビジネスに確実につなげることができます。そういう人を「ビジネストランスレーター」と呼びます(前著『データ分析人材になる。』でも触れていますが、本書にて詳しく解説します)。
なお、ここまで「ビジネストランスレーター」という「人」の存在を際立たせて書きましたが、そういう専門人材が必要になるわけではなく、誰もがなることができます。本書では「ビジネストランスレーター」を役割と定義し、その役割を担うために必要な「スキルセット」を解説しています。データ分析者がこのスキルセットを身に付けても、ビジネス担当者が身に付けても、また、管理職が身に付けても構いません。データ分析プロジェクトに関わる多くの人がビジネストランスレーターに必要なスキルセットを身に付ければ、「データ分析組織をつくったが、ビジネスに生かせていない」といった問題は起こらなくなるでしょう。
ビジネストランスレーターの存在意義
データ分析者とビジネストランスレーターは別の役割を担います。例えば、DXの初期フェーズにいる企業は、恐らく熟練のデータ分析者は社内にいないと思いますが、それでも高度な分析スキルが必要になるときがあります。そうした場合、外部の分析専門会社にスポットで依頼することを考えるでしょう。しかし、専門会社のスキルはピンキリで、もちろん素晴らしい技術を持った会社は数多くありますが、知名度があってもスキルが伴っていない会社も少なくありません。さらには、気がついたらデータ分析プロジェクトのすべてを発注させられ、しかも大した成果はなく高いコストを支払い続けているというパターンもよくあります。
ビジネストランスレーターのスキルセットを備えていれば、そのような状況に陥ることは避けられます。なぜなら、どの部分を切り出して外部委託し、どの部分は自社内でできるのかといったことを適切に判断できるからです。ビジネスの課題を正しく整理し、分析結果を適切に実務につなげられる人材さえいれば、高度な分析作業だけを外部委託し、あとは自前で行えばよいのです。逆に、どれだけ高いデータ分析スキルを持つ人材が社内にいたとしても、ビジネスの問題を正しい分析課題に落とし込むことができなければ意味がありません。
高度なデータ分析を外部委託するときだけではありません。日常のデータ分析案件においても、分析者が結果を一生懸命報告しているにもかかわらず、現場のビジネス担当者はいつものれんに腕押しの状態で全く響いてくれない、ということはないでしょうか。逆にビジネス担当者は、分析担当者に分析をお願いしても、求める提案が期待する形で出てこなくて困っている、ということはないでしょうか。そのようなケースでも、ビジネストランスレーターがいれば、なぜ現場のビジネス担当者と温度感のズレが生じてしまっているのか、間に立って解決に向けた方向性を示してくれます。
データ分析のアンチパターンとビジネストランスレーター
そもそもデータ分析の「目的」は何でしょうか。ビジネスではあらゆるところに課題があり、その課題を解決するために、ヒト・モノ・カネなどのリソースを戦略的に投下します。データ分析はそうした課題解決における仮説構築に役立ちますし、意思決定に必要なファクトや予測を算出することもできます。
しかし残念ながら「はじめに結論ありき」の企業が少なくありません。例えば、ある部門がマーケティング施策を実施したいと考えたとします。さらに、特定のエリアにおいてカタログ配布や広告投下を検討しており、データ分析組織にROI(費用対効果)のシミュレーション依頼が来たとしましょう。正しい対応としては、過去の膨大なデータを基に、広告費やカタログ送付先リストをどこまで増やせばよいのかをシミュレーションし、「このエリアのこのリストの5万人に送付すればROIは最大化する予測になります」と提案することかもしれません。もしくは、この施策はどうやっても利益が見込めないということであれば、「方向性を変更するべき」という言いにくい事実を、数値根拠をもって提言する必要があります。
ところが、その部門の責任者は「いやいや、この施策は経営層にコミットしてしまったからもう引き返せない。施策の実施が正しいという結論になるような分析結果を出してほしい」と言ってくることがあります。このとき、中途で採用されたデータ分析者は、入社して日が浅くまだ発言力も弱いため、思わしくないシミュレーション結果が出たとしても嫌々ながらも無理やり都合の良い部分だけを切り取って依頼側のイメージに沿うようにレポートします。その結果、マーケティング施策は大した効果なく終わり、目利きのできない経営層はそのマーケティング施策の実施に当たって穴があったことなど気づくことなく、「データ分析は大した成果を出せない」という印象だけが残ることになります。分析自体が目的化してしまったアンチパターンです。
前述のようなビジネスサイドの「政治」に巻き込まれたケースがあれば、分析サイドの「思い込み」や「ビジネス知見のなさ」が原因でうまくいかないケースもあります。あるデータ分析者は、製造業の特定の箇所におけるリスクを予測するモデル開発を依頼されました。ただ、手元にあるデータは特定の期間、特に年間の中で最も多くのデータが発生するお盆の期間のデータだけでした。依頼側のビジネスモデルを理解できていれば、手元にあるデータは、通常時とは異なる異常値であることが容易に分かります。もしくは分からずともデータの内容について細かく依頼元にヒアリングをすればよかったのかもしれません。
しかし、そのデータ分析者は特に疑問に思うこともなく、そのまま分析を開始してしまいました。その結果、出来上がったモデルは年間の数日間のみに最適化され、実際の現場では全く役に立たない代物になってしまったのです。ビジネス現場側もそのモデルの問題点に気づかず、結果として「全く使えない」との評価が下されることになりました。
これら2つの事例は、ビジネストランスレーターがいたら全く違う展開になっていたでしょう。前者の場合、分析の目的がおかしく、このまま突き進んでも誰も得をしない結果になるであろうと予測し、ビジネス現場や経営層を巻き込み、きっちりと指摘して方向修正をするでしょう。後者の場合、手元にあるデータの偏りに気づき、モデル作成の前に、必要なデータ収集を推進するでしょう。
データサイエンティストの役割
第3次AI(Artificial Intelligence:人工知能)ブームが始まった頃、ハーバード・ビジネス・レビュー誌にてデータサイエンティストは「21世紀で最もセクシーな職業(Data Scientist:The Sexiest Job of the 21st Century)」と評され、それをきっかけに「データサイエンティスト」という言葉が世の中に一気に広がりました。それから約10年がたち、現在「データサイエンティスト」という言葉が独り歩きしているように思います。「データアナリスト」と「データサイエンティスト」という言葉があり、筆者が調べた限りでは、現在、日本で「データサイエンティスト」という言葉は大きく2種類の意味で使われています。
1つは、統計学や機械学習などの深い専門知識を有し、プログラミング言語などを用いて複雑なアルゴリズムを処理できる人材という定義です(図表0-2の定義1)。これは、「データアナリスト」の主業務がExcelやBI(ビジネスインテリジェンス)ツールなどを用いて可視化やレポーティングを行うことで、「データサイエンティスト」はビジネス面よりも統計解析の専門性にこそ重きを置くべき、という考えです。
もう1つは、単に統計解析に関する高い知識やスキルを持つだけでなく、データ分析が正しく課題解決につながるよう、経営やビジネスにも精通した人材という定義です(図表0-2の定義2)。この定義では、「データアナリスト」は分析作業だけを担う人材で、「データサイエンティスト」はビジネス上の課題を発見してビジネスに活用するところにまで責任をもって対応することができる人材であるとしています。
図表0-2で見ていただくと分かりやすいのですが、この2つの定義は、データアナリストから見たデータサイエンティストの位置づけが全く異なっています。なぜこのようなことになっているのでしょうか。

定義1は、データサイエンティストという言葉にある「科学者」のイメージから、研究者としてビジネスには関与せずただ専門性を追求する人たちという印象があるのかもしれません。
そしてもう一つ、これは専門人材の方にとっては耳の痛い話かもしれませんが、データ分析を主業務として取り組む方の中には対人コミュニケーションや社内政治などに重きを置くビジネス現場を嫌忌し、「現場のビジネスの世界には関わらず、数値と分析の作業のみに集中していたい」と考える方が決して少なくないという理由が考えられます。そういった方にとっては、定義1のようにビジネスから分析を切り離し、ただただ得意な専門性だけを求めることを意味する用語であると都合が良いのです。
それは一部の分析コンサルタントにとっても同じです。彼・彼女らは、データ分析の専門家という立場で各企業に提案し、あくまで「依頼された課題」に対し淡々と分析作業を実施し、導出した結果をそのまま依頼元に渡してそれをもって業務完了とします。その結果がビジネスの現場で役に立つかどうかは関係ありません。課題設計の適切さや分析結果の活用自体はビジネス現場側の責任であり、自分たちは依頼されたことをきちんとこなすのが仕事である、というスタンスです。
そのような分析コンサルタントを否定するつもりはありません。ビジネスに関しては普段取り組んでいる人の方が詳しいことは確かであり、詳しい人に任せたいと考える気持ちは理解できます。また、「シンプルに分析作業だけを担当してくれる業務委託」というニーズも実際あることでしょう。
ただ、このような定義のデータサイエンティストの方の中には、スキル追求をこじらせてしまい、“高度な”データ分析スキルを使うこと自体が目的化し、保有する専門知識を振りかざし、ビジネス現場側の意向や意見を無視あるいは否定し、「自身のやりたい分析」だけをゴリ押しする方も残念ながら見かけます。ビジネス現場側への理解が薄いだけならまだしも、ここにまで至ってしまうとただの害悪でしかありません。
筆者たちはこのような自分勝手で害悪をもたらす分析者を「データゴリラ」と呼んでいます。分析スキルの専門性を圧倒的な力のように振りかざして相手の反論を防ぎ、暴力的に自身の意見を押し通そうとするそのさまは、(本来はおとなしい動物ですが)映画や物語で記号化されたゴリラそのものです。
ビジネスにおけるデータ分析は「ビジネスに使われる」ことが重要であり、使われない分析には全く意味がない、と考えています。使われなければ、ただの自己満足の作業にしかならないのです。データ分析作業は、やろうと思えばいくらでも深掘りして時間をかけることができます。しかし、どれだけ時間をかけようと、その分析結果がビジネスの現場で使われなければ、または経営の意思決定に使われなければ、何の価値も生んでいない無駄な作業となります。だからこそ、データ分析業務においては、課題発見や結果活用のビジネススキルが必須であると考えています。
定義2が示すデータサイエンティストのように、高度な分析スキルを持つ分析者が併せてビジネススキルも持っていれば一番理想的ですが、難しいようであれば分析の専門人材とは別の人がビジネス面をカバーしても構いません。ただ少なくとも、データ分析においては分析スキルとビジネススキルが両輪となって回ることが重要であると自覚し、ビジネス面をカバーする担当者を対等に考え、連携して取り組む必要があります。「データゴリラ」になってはダメなのです。
「ビジネストランスレーター」がいない分析プロジェクト
データ分析プロジェクトに「ビジネストランスレーター」がいないとどうなるでしょうか。分析プロジェクトは機能するのでしょうか。筆者たちが過去に経験した事例を2つ紹介します。
1つ目の舞台は商社です。一般消費者向け商品を取り扱う会社で、主力商品の売り上げが減少してきたので、その対策としてデータ分析プロジェクトがスタートしました。グループ会社から高いスキルで評判のデータ分析者が呼ばれます。現状について共有したのち、話題は「データ」に移りました。そのデータ分析者は「とにかく保有している過去の販売データ・顧客データをすべてください」と言います。商社側は言われるがまま、各所からデータをかき集めて用意しました。
データ分析に関する打ち合わせはその最初の1回だけで、その後、メールのやりとりもないまま次の報告会を迎えます。データ分析者は、時系列モデルによる各商品の販売予測のグラフを示しました。確かに予測できることは素晴らしいのですが、これだけでは現場は手を打つことができません。一部の商品カテゴリーに至っては、「データが足りない」を理由に予測すらできていないものもありました。
データ分析者は、予測値と実測値のフィット具合をアピールしますが、「この商品はこれから拡大します」とイチオシしてきた商品は、現在は販売していない商品でした。「○○と△△は一緒に買われる」という併売分析もしてくれましたが、本体とそのオプション品の組み合わせのようなごく当たり前の内容で、現場から見るとおかしな提案ばかりです。
肝心の主力商品については、「今後さらに減少します」と言うだけで、「それでは何も手を打つことができない」と指摘すると、データ分析者は「もらったデータから作れるモデルとしては最善」「予測は予測である」として譲りません。
データ分析者がもっとビジネスの現場に入り込んで、問題や課題の整理をしていたならば、明らかにおかしな提案にはならなかったはずです。分析を依頼した商社側も、手元のデータではこういった結果が出るだろうとイメージを描いたうえで分析を依頼していれば、後で慌てることもなかったでしょう。さらに「相手はデータ分析の専門家だから」と遠慮してしまい、結果が出るまでの間、何の確認もしなかった点も問題でした。分析結果が出てくれば何か改善のヒントが見つかるだろうと、楽観的に考えてしまったのです。
もう1つは、小売事業を展開する企業での話です。経営層の指示で社内の各部門から人が集められてプロジェクトが立ち上がります。その際の指示は「販売に関するあらゆるデータを1カ所で参照できるようにすること」「現在出している広告の効果を詳細に分析できるようにすること」「将来どこにどのような広告を出すべきか自動で分かる仕組みが欲しい」ということでした。自社にはこれまで十数年間蓄積された販売データや広告データがあり、AIを使ってそれらを分析すれば、経営判断に資する情報をリアルタイムで見られるようになるのではないか、というのです。経営層にはそのような成功イメージがあるようでした。
しかし、これまでそのような分析をしたことはなく、専門知識を持った人もいません。そこで、データ分析の専門業者が呼ばれ、ヒアリングやデータ収集が始まりました。定期的にミーティングの場が持たれ、専門業者から詳細な指示が出ます。IT部門にも協力してもらい、多くのデータを集めて渡しました。
数カ月たってデータ分析の専門業者から集計結果や予測モデルが提示されます。それに対して経営層は「思っていたものと違う」「もっとこんな機能が欲しかった」との反応。分析作業はやり直すこととなりました。新しいデータが必要になり、また関係者が集められて専門業者にデータを提出し、そしてまた数カ月がたちます。
時間がたつとビジネス環境は変わってしまうので、前回リクエストした機能を作ってもOKが出なくなります。こうなると、データ分析の専門業者側はその場で指示された通りの予測・シミュレーションモデルを作ることに終始してしまい、統計的には正しくても経営層や現場から見ると疑問に思うようなアウトプットしか出てきません。
また、専門業者が作成したモデルは複雑で、その業者の担当者にしか取り扱うことができませんでした。そのため、季節が変わったり、新しい商品が追加されたりすると、そのたびに専門業者にモデルの修正をお願いすることになります。結果、決して安くはないコストが延々とかかり続けるプロジェクトになってしまいました。
紆余曲折あり、当初とは大きく異なるアウトプットに変貌しても、まだ経営層の要望を満たすことができません。年単位の時間と億単位の費用をかけたにもかかわらず、何の成果を上げることなくプロジェクトは中止に追い込まれます。その後しばらく、社内では触れてはいけない話題となりました。
ビジネストランスレータースキル
データ分析者はコンピューターを使って演算しますが、いかにテクノロジーが進歩しようと、演算結果をビジネスに生かすのは人であり、人の感情や気持ち、人と人の関係性といったアナログで泥臭い部分を無視することはできません。そのような泥臭い部分を含めて、この数年、「データ分析にはビジネス力が不可欠である」と言われてきました。
しかし、データ分析に必要な「ビジネス力」とはどのようなもので、どのようにして身に付けることができるのかについて、言及している書籍やセミナーは多くありません。それぞれの人がなんとなく経験則で言っているにすぎないように思います。「ビジネス力」とは、単純にそのビジネスをよく知っているということではないでしょう。これまでビジネス現場で情報収集してきたが、それでもデータ分析結果をうまくビジネスに活用できなかった、ということは多々あると思います。
一方でビジネス現場の担当者も、ビジネスについてはよく理解しているものの、データ分析者から欲しい結果を引き出すことができなかった、ということがあるのではないでしょうか。長く当該ビジネスに携わっていても、データ分析者に適切に依頼し、欲しい結果を引き出せるわけではありません。データ分析者をうまくコントロールする力が必要です。
データ分析者には「ビジネス力」が必要で、ビジネス担当者には「データ分析者をうまくコントロールする力」が必要であるということは、それらを新たな「スキルセット」と定義できそうです。これまでデータ分析プロジェクトを成功させるには「データ分析スキル」が必要と考えられてきました。いわば1次元(図表0-3の横軸)でスキルの高低を捉えていましたが、そうではなく、もう一つの軸(同縦軸)を設けて2次元で考えるのです。この縦軸が「ビジネストランスレータースキル」です。

新たな軸の出現によって、データサイエンティストが参加していてもデータ分析プロジェクトがうまくいかない理由を説明できるようになります。たとえ高度なデータ分析スキルがあっても、ビジネストランスレータースキルが低いと失敗するということです。ビジネストランスレータースキルを身に付けた人は、ビジネス現場とデータ分析者の間に立ち、適切な課題を発見し、それを分析案件に落とし込み、分析結果をビジネスに正しくつなげることができます。
データ分析プロジェクトを成功させるには、「データ分析スキル」と「ビジネストランスレータースキル」の両方が必要です。もし「データ分析スキル」がなければシンプルな分析しかできませんし、「ビジネストランスレータースキル」がなければ「的外れで使えない分析結果しか出てこない」ことになります(図表0-4)。

ビジネストランスレータースキルはデータ分析者が身に付けてもいいですし、ビジネス担当者が身に付けても構いません。もちろん、管理職などの意思決定者が身に付けても構いません(図表0-5)。既に一定以上のデータ分析スキルを有する方は、ビジネストランスレータースキルを身に付けることにより、課題解決・ビジネス活用につながるデータ分析を提供する「真のデータサイエンティスト」となることができるでしょう。また、分析スキルを有さないビジネス担当の方であっても、ビジネストランスレータースキルを身に付けることで、データ分析者をうまく活用できるようになります。

現在、ビジネストランスレータースキルを身に付けている人は多くありません。そのため、習得することで、データ分析プロジェクトにおいて必要不可欠な人材になることができます。例えば、「他の分析担当者は正直何を言っているか分からないけれど、○○さんだけは意味のある分析をしてくれる」とか、「分析担当部署に依頼をするときは、◇◇さんにマネジメントを任せるといつも非常にうまくいく」、そのように周囲から期待される立場になることができるのです。
汎用性のある「ビジネストランスレータースキル」
本書では「データ分析」という観点で「ビジネストランスレータースキル」を紹介しますが、実はこのスキルの大部分はデータ分析に限らず、システム開発、法務、経営などの様々な分野において、専門人材とビジネス現場をつなぐことができる汎用的なスキルです。
システム開発を行う際、SEの使う難しい専門用語にのまれ、お願いしたい開発要件を正しく伝え切れず、結果何の役にも立たないシステムが出来上がってしまったということはないでしょうか。逆に、システムエンジニアの方は、依頼者の本当の要求条件を読み取れず、苦労して作ったシステムやツールが結局使われなかったという悔しい経験もあるのではないでしょうか。
ビジネストランスレータースキルは、各種専門人材とビジネス現場の乖離を解消する際に有効なスキルです。実際、筆者たちの中にはプロジェクトマネジャーとしていくつものシステム開発を主導した者もいますし、中小企業診断士として経営者から経営課題を引き出し診断・助言する業務を行っている者もいます。それらに共通するのは、真の課題を引き出し、要件に落とし込み、専門性を活用して結果を導き、それをビジネスに活用することです。ぜひ、本書を通じてビジネストランスレータースキルを磨いていただき、データ分析案件だけではなく、様々なビジネス案件において活用いただければと考えています。
本書執筆メンバーは、これまで多くのデータ分析プロジェクトにおいて、あるときはデータサイエンティストとして、あるときはマーケターとして、そしてまたあるときはビジネストランスレーターとして関わってきました。データサイエンティストがプログラミングやデータサイエンスの知識を学んだり、マーケターがマーケティングフレームワークやウェブマーケティングの手法を学んだりするのと同様に、ビジネストランスレーターにも身に付けるべき知識とスキルがあります。本書では、ビジネストランスレーターの知識とスキルを誰でも身に付けられるように体系化していますので、明日からでもすぐにご自身で取り組めるものが多数あるはずです。
データ分析プロジェクトがあまりうまくいかないとお悩みのビジネスパーソンのみなさん、もしくはこれから社会に出る前に自分の専門性に不安になっている学生のみなさんにとって、本書がその方向性を指し示す一助の光になることを願っています。
【目次】