その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はノア・スミス(著)、片岡宏仁+経済学101(訳)の『 ウィーブが日本を救う 日本大好きエコノミストの経済論 』。「序文」をお届けします。また著者から「日本の読者のみなさんへ」と発せられたメッセージもどうぞ(序文の下の「関連情報」リンクから「経済学101」のページを表示します)。

【序文 Preface】
なぜ「WEEB ECONOMY」を提唱するのか

5秒で日本への移住を決断

 大学を卒業して間もない頃、ある日、友人がなにやら両手で後ろに隠し持って歩み寄ってきた。

 「こいつを見たらさ。5秒後には、日本に行こうって決意しちゃうと思うよ」

 「へぇ、見せてよ」

 背後から取り出して彼が披露してくれたのは、『Fruits』だった。ファイドン・プレスから刊行された本だ。ページをめくってみると、そこには日本のストリート・ファッションの写真が所狭しと並んでいた。それは、青木正一が創刊した雑誌『FRUiTS』掲載の写真から選りすぐりを収録した本だった。青木正一の『FRUiTS』は、1990年代の東京・原宿や大阪アメリカ村発で世間にブームを巻き起こしていた鮮やかで創造的なファッションスタイルを収集して記録していた。

 友人の言ったとおりだった。雑誌を目にしてから5秒後には、もう日本に住みたいという気持ちになっていた。そして、その年のうちに私は移住した。2003年のことだ。

 2000年代半ば、欧米人が日本に移り住む理由と言えば、大体、次の3つのどれかだった。(一)多くの人は、経済的な機会を求めて日本に移り住んだ。まだまだ豊かで繁栄している経済大国だと認識されていたからだ。

 (二)一部には、日本の伝統文化に魅了されて移住する西洋人もいた。そして(三)アニメ・マンガ・TVゲームといった日本のポップカルチャーの輸出品を愛するあまりに日本に引き寄せられた人々だ。そうした人たちは、この頃からだんだん増えてきていた。

 かくいう私は、この3つのどれにもうまく当てはまらなかった。当初、私が日本に引き寄せられたのは、2000年代のアングラ文化だった。

 『バトルロワイヤル』『下妻物語』『PiCNiC』などの映画や、椎名林檎、The Pillows、あふりらんぽ、ボアダムスなどの音楽、村上龍などの作家、デザインフェスタギャラリー原宿で見つかるタイプのアンダーグラウンド・アート、そして、『FRUiTS』で目にするようなストリート・ファッションに心惹かれて、私は日本にやって来た。

 アニメも見たけれど、いかにもなアニメよりは、『フリクリ』や『魁!!クロマティ高校』のような風変わりな作品やパンクを主題にした作品を好んで見た。

 大阪に着くやいなや、アンダーグラウンド・シーンにどっぷり浸かった。その熱気は、想像を超えていた。大阪のアングラに触れながら思い出したのが、自分が憧れながら育ったアメリカのスラッカー文化だ。

 あの文化とまるっきり同じように創造的で反抗的でありながら、同時に、スラッカー文化に時折見られた薬物濫用や暴力や鼻につく気取りが、日本のアングラ文化にはなかった。

 私が気に入ったのは、このアングラ文化だけではなかった。当時出回っていた日本についてのステレオタイプで信じ込まされていたイメージとは大違いで、ごく普通の日本社会は、はるかに開かれていて外からやってくるものを受け入れやすく、それでいて体制順応的とはほど遠かったし、抑圧的でもなかった。

 多くの点で、日本で過ごした20代前半の経験が、自分の人格を形成した。あのときまで、自分はちょっと温室育ちめいたところがあった。静かな小さい街で育ち、その後はスタンフォード大学のキャンパスで4年を過ごしただけだった。

 私は2005年から翌年にかけて、JETRO(日本貿易振興機構)大阪本部で仕事をした。大阪は、私が真の意味で独立した生活を送る経験をした初めての場所だった。当時、人生の岐路にあって難しい選択を迫られていた。学部で物理学を学んだあと、「変化が必要だ」と決心したのはいいが、一体、なにがやりたいのかわからずにいた。だが、日本で過ごした時間のおかげで、経済学に転進しようと決意できた。

 日本にやってくる前に、日本経済がいかにひどいことになっているかという話をさんざん耳にしていた。アメリカのメディアでも山ほどそういう話がされていたし、他でもなく日本の人たちからも聞かされていた。

 しかし、いざ自分の目で見てみると、2000年代中盤の日本経済はうまくやっているように見えた。1980年代の熱狂的なバブル経済の日々はとっくに過ぎ去っていたが、日本株式会社は小泉首相の指導の下で復活を遂げていた。生活水準は上がってきていたし、仕事も見つけにくくはなかった。全体的に、楽観的な感覚があった。

 物質的な豊かさはわずかに下がってはいたけれど、日本がもともと持ち合わせていた強みがその分を埋め合わせていた。安全な都市、素晴らしい交通機関、豊富な住居物件数、創造的な文化がそれだ。そのおかげで、生活の質でサンフランシスコのベイエリアと並んでいた。

 一方で、日本人の友人たちは、会社の仕事文化が息苦しくて、非生産的なことも多いことにイラだっていた。多くの人たちはもっと大きな夢を望んで、キャリア上昇のさらなる機会を求めていたのだが、そんな機会がどこに見つかるのか知っている人はほぼいなかった。

 かつてスタンフォードで浸っていたテック系スタートアップの文化は、日本には存在していないも同然だったし、ソフトウェア産業をまるごとないがしろにしているようにも思えた。

 「経済学に転進しよう」という決断を後押しした1つには、「日本の助けになりたい」という気持ちもあった。「Ph.D をとって一目置かれる経済評論家になれば、いつか日本経済がバブル時代の栄光をいくらかでも取り戻す助けになるアイデアを提案できるんじゃないか」と、想像したのだ。

 年月が経つにつれて、その使命を果たさなければとますます切迫して感じられる一方だった。ミシガン大学で経済学研究をしていた2010年頃も、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で金融論を教えていた2012年頃にも、日本経済がますます躓(つまず)き、よろめいていく様子をまじまじと見ていた。2000年代中盤に安定して進歩していたのも束の間、やがて日本経済に本格的な停滞がはじまった。高齢化、中国との競争、企業の硬直ぶりが、いっそう重く日本経済にのしかかってきた。

輸出志向の外国からの対日直接投資と助っ人Weebたち

 ブルームバーク時代から、私は日本経済について多くのブログ記事を書いている。その一部は、本書に収録されている。そうした記事のなかには、肯定的なものもあれば、批判的なものもあるけれど、大半はひたすら記述に徹している。

 一国の経済を扱う壮大な包括理論をまとめようと試みる評論家は多い。だが、自分としては、それを否定こそしないが、いろんな細部に目を向けるほうがもっと面白いと思っている。日本は停滞しているとはいえ、自国の経済やその各種制度がうまく機能していることも多い。そういう様々な強みを見過ごしていては、生産的な議論にならないだろう。

 あるとき、日本の外務省の人にこう言われたことがある。

 「あなたの書くものは、『親日』か『反日』かに分類できない。欧米の書き手では珍しい」

 素晴らしい讃辞だと思った。

 ただ、日本に関する自分の論評には、つねづねひどく不満をおぼえていた。いまや第二の故郷のように感じている国に成長と進歩を蘇らせるための骨太なアイデアをいつまでたっても考えつけないような気がした。求めていたのは、単純かつ劇的なアイデアだ。

 「日本の生活水準を絵空事でなく実質的に変えられる、実行可能で明快な助言は一体、どういうものだろう?」

 2022年、それが閃いた。その前年、輸出志向の外国直接投資を軸にポーランドとマレーシアがいかにして経済を築いていったのかについて、ずっと書き続けていた。「そんなことはできっこない」と多くの専門家たちが言っていたことを、両国は成し遂げた。

 外国直接投資の威力が過小評価されていたのは、明らかだった。それから2022年と2023年に、台湾の積体電路製造(TSMC)が熊本に半導体工場を建設するのを、それも同社のアメリカ工場よりも迅速かつ効率的に建設していくのを見ていて気づいた。

 「日本を考えるときに見落としていたものは、これじゃないか?」

 輸出志向の対日直接投資にもとづく経済戦略を従来の経済モデルに加えるのに、日本は完璧な条件を揃えている。日本には高技能労働力が豊富で、世界屈指の優れた教育制度を備えている。それでいて、豊かな国にしては労働コストが低い。サプライヤー(供給業者)が織りなす既存のネットワークは強固だ。

 アメリカと違って、ことあるごとに開発を阻止するのではなく逆に開発を促進する規制・行政制度がある。ヨーロッパと違って、日本にはまだまだ成長への渇望があるし、中国と違って、日本には自由な社会がある。

 それになにより、日本は教育水準の高い外国人たちが愛する場所だ。私自身の日本への個人的な親近感には少し異例なところがあるけれど、アメリカや台湾のテック系産業に身を置く知人たちのほぼ誰もが、日本に渡って長期滞在するのを大いに喜んでいる。

 実は日本に移住して企業・工場・支社を設立するのは容易なのだと気づく人が増えていけば、実行に移す人も多くなるだろう。

 とにかく日本に欠けているのは、輸出志向の外国直接投資がもたらす機会を理解することだ。あまりに長いあいだ、外国直接投資といえば、日本の国内市場に売り込むために外国企業が日本企業を買収することばかり考えられてきた。有用性が疑わしいタイプの外国直接投資しか、念頭に置かれていなかった。けれども、ポーランドやマレーシアが自国のために活用した輸出志向の外国直接投資は、それとまるきり異なる。

 本書の書き下ろしパートである第1部では、従来の企業エコシステムに打撃を与えることなく、新しい輸出志向の外国直接投資部門を日本が加えられるという主張を展開している。それには、外国人たちが日本に抱いている愛着心に訴え、彼らを招き入れて日本国内に事業を構築してもらうのが最良の方法だ。そのために必要なことはただひとつ、輸出志向の外国直接投資を宣伝し促進する日本政府の大きな後押しだけだ。

 思えば、このアイデアを明確に表現する絶好の立場に私はいた。多くの点で、私は日本経済の復活に喜んで貢献するタイプの外国人の典型例だ。そう、実のところ、こうして書き綴っているのは、他でもなく自分のことだ。

 アメリカでは、スラングの「Weeb(ウィーブ)」が、日本に特別な興味と関心を抱いている人たちを言い表す言葉として定着している。「Weeb」で思い浮かぶ典型は熱烈なアニメファンや日本のポップカルチャーに熱を上げている人たちで、私はそれには当てはまらない。ただ、もっと一般的な意味でなら、私もWeebだと思いたい。

 とはいえ、2000年代中盤にはWeebなんて物珍しかったが、今や何百万、何千万にも増えた。そうしたWeebたちには、自分の才能や資本を持っている人も大勢いる。これが、「Weebタレント」、「Weebキャピタル」だ。もちろん、Weeb起業家もいる。

 私はWeebの1人として、人生をこんなにも豊かでより良いものにしてくれた国に、ささやかな形でも、日本経済復活のアイデアでお返しができたらと願っている。

【関連情報】<>
■ノア・スミスから日本の読者のみなさんへ@経済学101



【目次】

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