その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は萩原浩さんの『 結果を出す空間デザイン マーケティング理論や心理学が握る成功の秘訣 』です。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

 皆さんは「建築」や「空間デザイン」にどのようなイメージを持っていますか。建築家がつくる独創的な意匠でしょうか。それとも、おしゃれなインテリアでしょうか。芸術作品のような「美しい空間」を思い浮かべる人も多いでしょう。

 しかし、周りに目を向ければ、今居る自宅、外出先ではカフェや大型店舗、ビル群などが視界に入っていると分かります。これらもすべて「建築」「空間デザイン」であり、どこかの建築設計者が何らかの意図をもって設計したものです。私たちの日常はそうした実用的な建築や空間であふれているのです。

 「建築」「空間デザイン」として皆さんがイメージしがちな、著名な建築家やインテリアデザイナーが手掛けた美しい「空間作品」はそのごく一部にすぎません。日常でそうした作品を見たり訪れたりする機会は、それほど多くないでしょう。「空間作品」と呼ばれるものはそのくらい希少で、本来の建築や空間デザインは、もっとありふれた身近なものなのです。

 私が大学で最初に受けた講義で、建築家でもある先生はこう言いました。「プラトンはイデア(本質)という考え方を示した。イデアとは、私たちが生きる現実世界の背後に存在する、完全で永遠不変な真実の理想的な形だ。現実世界のものはその虚像にすぎない。建築家がつくる建築とは、虚像を理想的なイデアに近づける行為かもしれない」。

 私は、建築や空間デザインはもっと自由であるべきだと考えます。そもそも建築や空間デザインは、美しい空間をつくり出すためだけの手法ではありません。何らかの目的を達成するためのアプローチの1つなのです。目的が「美しい空間」であれば美しさを追求すればいいし、「収益」であればマネタイズを主眼に置けばよいわけです。多面的なアプローチがなければ、理想的な形には近づきません。

 ただし、多くの場合、建築や空間デザインには多額の費用が必要です。「不動産」と呼ばれるだけあって、それ自体にも大きな価値があります。さらに、基本的に一品生産です。たくさん製作して売るTシャツのデザイナーは、気に入って買ってくれる人を想定してデザインします。対して建築設計者は、施設整備に多額のお金を払う施主が満足するように設計します。ミスなどでのやり直しには大きな費用を伴うため、失敗は許されません。設計やデザインの際には施主の本質的な目的を見極めることが重要です。

 「建築」や「空間デザイン」の大半は、住宅や商業施設、オフィスです。公共施設や個人の住宅を除けば、多くは不動産投資が絡んだ収益物件となります。となれば、施主の多くはマネタイズを望みます。投資をして建物を建てたりインテリア空間をつくったりする以上、大きな目的の1つは利益確保となるわけです。

 もちろん、直接的な利益確保以外の目的もあります。商業施設では商品販売やサービス提供の収益が主な目的ですが、それ以外にも、たくさんの人に「来てもらう」「見てもらう」といった目的もあります。ブランドショップであれば、たくさんの人に商品を見てもらい、企業に良いイメージが定着すれば、単体店舗では収支が合わなくてもブランドイメージの拡大によって、Eコマース(EC)の売り上げが増える可能性があるからです。また、オフィスであれば、その企業の売り上げや利益の向上が目的となります。そのためには「クライアントから信頼される」「優秀な人材が集まる」「離職率が低い」といった要素を満足する建築や空間をつくることが大切になります。

 このような空間の目的に対して、あるべき空間デザインとはどんなものなのでしょうか。本書ではこのような「マネタイズ」や「目的達成」のための空間デザインに「マーケティング」の手法を取り入れて、結果を出した実例を中心に紹介します。建築家である私の知識や設計プロセスにおいて、いかにマーケティング手法を取り込んだかを解説しています。マーケティングの手法を取り込むとなれば、建築設計だけにとどまらず、事業計画やリサーチ、PR、ブランディングなども含めた多岐にわたるデザインをしなければなりません。そうした業務の内容も実例を基に分かりやすくお伝えします。

 本書は、私が手掛けたオフィスや商業施設の設計案件をベースに、空間をマネタイズしたり、施主の目的を達成したりするためのプロセスを説明しています。そのため、企業経営や店舗経営を手掛ける方、オフィスや商業施設の運営に関わっている方に、直接的なノウハウ本として役立つと思います。内容の理解を助けるために、設計プロセスや空間における「公式」も提示しています。

 建築設計や空間デザインとは異なる分野の仕事に携わる方でも、ご自身が手掛ける仕事にマーケティングを取り入れるとこうなるかもしれない──といった具合に、思考の材料としても活用できる内容となっています。マーケティングの基礎の本を読んだが、理論が書いてあるだけで自分の仕事とどう関係するのか分からない、自分の仕事に理論が生かせるのか分からない、といった方にもお勧めです。

 AGI designでは、マーケティング手法を取り入れる際、建築や空間デザインのプロセスに合うようにアレンジしています。「使えるのは何か」を見つけることがマーケティング手法をうまく活用するコツです。使えるようにアレンジして、ビジネスツールに昇華することが大切なのです。建築や空間デザインの考え方やアプローチは自由です。まずは「一番やるべきこと」や「本当にあるべき姿」を見つけ、それをゴールに設定し、実現するための手法やアイデアを見つけていくプロセスが重要です。皆さんも、「自分たちの目的を達成する空間とは何か」を考えながら、ご自身の仕事を進めていくとよいでしょう。


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示