その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は野田由美子さんの『 サーキュラーエコノミー(日経文庫) 』です。

【はじめに】

限界点に達した人類文明

 サーキュラーエコノミーという言葉がようやく日本でもビジネスパーソンの必須用語となり、マスコミにもしばしば登場するようになってきました。サーキュラーエコノミーが、なぜ、いま必要とされているのでしょうか。これまでのリニアエコノミーとは何が違うのでしょうか。どのような未来を拓き、その実現は私たちにどのような課題や挑戦を突きつけるのでしょうか。

 結論から申し上げると、サーキュラーエコノミーは、これまでの私たちの経済やビジネスのあり方を根本的に塗り替える革命です。しかもそのインパクトは、経済やビジネスにとどまらず、社会、地域コミュニティ、そして私たちの暮らしそのものに大きな転換をもたらすものなのです。


 ではなぜ、そのような革命的な挑戦が必要なのでしょうか。

 答えは言うまでもありません。20世紀のグローバル規模での未曾有の経済成長を経て、私たちの人類文明が大きな限界点に達しているからです。

 グレート・アクセレレーションという言葉を皆さんはご存じでしょうか。20世紀後半以降、人類の活動が指数関数的に拡大したことを表現するものです。世界人口や、経済指標であるGDPはもちろん、エネルギーの使用量も、大気中のCO2濃度も、地球の平均気温も、海洋の酸性化も、熱帯雨林の減少も、生物多様性の損失も、飛躍的に増加しています。

 この20世紀の経済活動を象徴するのが、「大量生産、大量消費、大量廃棄」というリニアエコノミーです。企業は「作っては売り」、消費者は「買っては捨てる」を繰り返し、私たちの経済はこれまで拡大の一途をたどってきました。そしてそれはビジネスにとっても好都合でした。今あるものが古くなったり、陳腐化しないと、消費者は新しいものを買ってくれませんから。

 マーケティングに、「計画的陳腐化(planned obsolescence)」という概念があります。商品開発にあたって、計画的に商品を陳腐化させ、消費者が新製品を購入したり、買い替えたりすることを織り込むというものです。この原則にもとづいて、わずかにデザインが変わり、少しだけ機能が付加された新製品が開発され、PRされ、斬新さを武器に大量に販売されます。

 大量生産のスケール・メリットは大きく、製品が壊れたり部分的に損傷しても、修理をする手間やコストを考えると、新製品に買い替えるほうが圧倒的に安価で合理的です。私たち消費者も、この大量生産・大量消費・大量廃棄という経済システムの参加者になっているのです。

経済システムの抜本的変革

 こうした経済活動の結末はどうでしょうか。消費への欲望を煽あおり続けられ消耗する私たちも問題ですが、それ以上に深刻なのは地球への負担の増大であり、どのデータをとっても、経済活動に比例して右肩上がりになっています。本来、このことはデータを見るまでもなく、直感的に自明のはずです。しかし、私たちは、この生産→消費→廃棄という直線型の経済システムに慣れ親しみすぎて、不都合な真実から目をそむけ続けてきてしまったのでしょう。

 世界人口が2080年代半ばに約103億人に到達する見込みのなか、温室効果ガス(GHG)の排出はすでに地球の温度を危険な水準まで押し上げています。2024年の平均気温は観測史上最も高く、パリ協定目標の閾値である1.5度を超えた最初の年となったことが、欧州連合(EU)の「コペルニクス気候変動サービス」により公表されました。産業革命前の水準を1.6度上回る急速な温暖化は、世界各地で異常気象、熱波、山火事、巨大台風、洪水をもたらし、私たちの生活と生態系に深刻な影響を与えています。

 もはや目をそむけ続けることはできません。私たちは、ようやく経済システムの抜本的な変革の必要性に同意せざるをえなくなっています。それが、「リニア」から「サーキュラー」へという革命なのです。

どんな未来をもたらすのか

 サーキュラーエコノミーは、モノを使い捨てにせず、リペアやリファービッシュ、あるいはアップサイクル、水平サイクル、ダウンサイクルという様々なリサイクル手法を通じて資源を循環させると同時に、地球や自然から搾取するのではなくむしろその再生に努めるというものです。

 それはどんな未来を私たちにもたらすのでしょうか? 戦後の貧しい日本では、お古のセーターを子どもたちで使いまわし、破れた肘にもあて布をし、最後は糸をほどき、時には染め直し、再利用をしていました。そんな先祖返りのような不自由な生活に戻るのかと思われる方もおられるかもしれませんが、それは不可能でしょう。

 グローバルな交易から生まれる便益は、私たちの豊かで多彩な生活を支える柱であり、とりわけ日本のような資源に乏しい国では、輸出入を通じたグローバルな経済活動を否定するところに未来は生まれないはずです。グローバル規模での必要な資源の移動を前提としながらも、デジタル技術や科学技術イノベーションを最大限に活用し、モノや資源を循環させることで価値を生み出し、むしろ経済の持続性を確保し、雇用を創出しようとするのがサーキュラーエコノミーです。

 いつの時代も、変革は戸惑いと不安を生み、既存のやり方に慣れ親しんだ私たちには負荷がかかります。しかし、サーキュラーエコノミーは、経済や私たちの暮らしにとってコストを発生させるばかりでは決してありません。新しい経済システムへの転換は、起業家精神を刺激し、スタートアップの誕生や既存企業のイノベーションを誘発します。

 生産から消費への(一般に「動脈」と呼ばれる)プロセスと、消費から再生への(一般に「静脈」と呼ばれる)プロセスの融合は、産業地図を塗り替え、新たなビジネス機会をつくり出します。とりわけ地域コミュニティでは、循環の小さな輪を支える新たなローカルな(地元に密着した)プレーヤーが生まれてくるはずです。

 また、地域コミュニティにおける資源の循環の実現には、住民の参加が不可欠となることから、循環プロセスのなかで育まれる人々のつながりが、人間関係からなる社会関係資本を生み出し、共に地域を支えるメンバーであるといった仲間意識や連帯感を拡げ、人々のウェルビーイングの向上にも寄与することが期待できるのです。

繁栄を続けるための必要条件

 サーキュラーエコノミーは、一過性の流行では決してありません。人類が22世紀に向けて繁栄を続けるための必要条件です。その実現には、モノの製造や流通、回収・再生に関わる企業の活動のみならず、その企業間のやり取りをつなぐ情報やデジタルの仕組み、活動の再構築を後押しする金融が必要となります。また、政府や地方自治体による積極的な政策の推進、規制やルールの構築が不可欠です。より根本的には、私たち一人ひとりが消費者として、さらには社会の一員として、新しいマインドセットと行動様式、そして当事者意識を持って関与することが肝要となるのです。まさに総力戦が求められているのです。

 この本は、サーキュラーエコノミーの入門書です。一人でも多くの方々に問題意識を持っていただけるよう、ビジネス、政府、地方自治体、市民団体それぞれに関連するテーマごとに章立てをし、できるだけ多くの事例を紹介するよう心がけています。

 読者の皆様には、自身に関連する章から読み進めていただくこともできますが、サーキュラーエコノミーが、自身の所属するセクターの利害にとどまらず、私たち人類が持続的な繁栄に向けて向き合わざるをえない中長期的かつ包括的な挑戦であることを忘れずに、立場や利害を超えて協力し、共に前進することの重要性を意識していただければと思います。この本を通じて、サーキュラーエコノミーへの理解が深まり、共に持続可能な未来を築いてゆく一助となれば幸いです。なお、本文中の敬称は略させていただきました。


【目次】

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