その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日本経済新聞社(編)の『 国費解剖 知られざる政府予算の病巣 』です。

【はじめに】

 1日で「4兆円」を上積みしたという。

 2022年10月26日、政府が総合経済対策を打ち出すために第2次補正予算案を固める最終局面のことだ。鈴木俊一財務相が岸田文雄首相に示した総額25兆1000億円とする案に「少なすぎる」と自民党幹部がかみつき、翌日になると総額は約29兆円に膨れ上がっていた。まさに「規模ありき」である。

 新型コロナウイルス対策に加え、ロシアによるウクライナ侵攻や急激な円安に端を発する物価高を抑制するとの名目を前面に打ち出したが、そこには熟慮を重ねて大事な血税を使うという姿勢はない。

 一般会計の追加歳出は28兆9222億円に達した。追加歳出の8割は新たに国債を発行して穴埋めをする。当初予算を合わせた2022年度の一般会計の歳出は139兆2196億円とコロナ対策で膨らんだ2020年度、2021年度に続く過去3番目の規模となり、国債発行額も当初計画から7割増の62兆4789億円と過去2番目の水準となる。2021年の国内総生産(GDP)と比べた日本の債務残高は263%と、米国の128%、英国の95%を大きく引き離す。世界最悪とも言える財政状況なのに、歳出膨張に歯止めをかけるブレーキ役はほとんどいない。

 補正予算は本来、例外的な措置である。財政法29条では、法律や契約で国が支払う義務のある経費が不足した場合や、当初予算の作成後に生じた事象に基づいて特に緊急で必要となった経費や債務負担を賄う場合に限って補正予算の作成を認めている。つまり安易に補正予算を組んではいけない、ということだ。

 この財政法の規定にもかかわらず、補正予算の編成が毎年度の恒例になっている。それぞれの中身は予期しなかった緊急事態への対応とはほど遠い項目のオンパレードだ。

 当初予算で希望が通らなかった政治家や官僚のガス抜きとなっているのではないか。補正予算の編成は国会審議の時間が短くバタバタと決まるため、厳しい目をかいくぐりやすいのだ。

 規模ありきなのでそれぞれの政策の根拠が薄弱だ。2022年度第2次補正予算ではガソリン補助金の延長に加え、電気・ガス代の負担を抑える補助金を導入。燃料価格が高騰すれば需要は抑制され、価格は下がる方向に転じるはずだ。目先の価格対策よりも脱炭素技術の支援に手厚く配分する方が、日本のエネルギー需給構造の強化につながるのではないか。

 今後も歳出拡大の圧力は強まる一方だ。一般会計歳出の3割強を占める社会保障費は少子高齢化の影響で膨らむ。過去の借金の返済と利払いも歳出の2割を占め、国債を乱発しているので当然これも増えていく。このままではほかの必要な政策に充てる財源が先細りしていくことになる。

 日本の財政規律は崩壊している。ずさんな税金の使い方を放置すれば、将来世代に巨額のツケを回すことになる。

 日本経済新聞は長年、日本の財政問題と向き合ってきたが、タガが外れたように「100兆円超え」の予算を組み続ける政府に危機感を募らせた。規律を取り戻させるためには、国民とともにメディアとして政府への監視を強める必要がある。

 そのために日本経済新聞や日経電子版で2021年8月に始めたのが、本書のタイトルにもなっている調査報道シリーズ「国費解剖」だ。単純に個別予算の無駄遣いや利益誘導に焦点を当てるのではなく、国民からは見えにくい「ブラックボックス」にメスを入れることによって日本の財政の構造問題を明らかにすることにこだわった。

 最初に目を付けたのが国の「基金」だった。きっかけは2020年度第3次補正予算で作った「グリーンイノベーション基金」だ。脱炭素技術の開発を支援するのが目的で当初の見積もりは1兆円だったが、当時の菅義偉首相による鶴の一声で2兆円に膨らんだ。基金は必要額が見込みにくい事業のために設置し、複数年で拠出する。単年度主義の予算と異なり、柔軟に資金支援できる半面、国会の監視が働きにくい。そんな基金が簡単に倍増する。

 政府の使い勝手のいい「財布」になっているのではないか。そんな問題意識が芽生え、どんな基金が存在しているのかを少し調べたところ、主に補正予算を組むたびに新増設が繰り返され、補助金を配る目的の国の基金事業は200件近く存在し、多額の資金が滞留していることが分かった。基金に関するニュースはあまりなく、関連する専門家の論考もわずかしかない。見えないところに構造的な問題が潜んでいるに違いないとの直感が働き、取材を進めた。その内容は本書で詳述する。

 同じような切り口で、予備費や委託費、特別会計など通常の予算や財政の記事ではあまり取り上げてこなかったテーマに対象を広げた。その過程で次々と浮かび上がったのは、規模ありきで確保した予算をいたるところで塩漬けにしている実態と、既得権益を保持・拡張しようと無駄な政策メニューを乱立させる実態だった。

 繰り返すが、その財源はわたしたちの税金だけでなく巨額の国債発行によって賄われている。あるところではタンス預金をするために借金をし、ある場面では札束を燃やすために借金をしているようなものだ。

 私たちは日本の財政に潜む病巣を発見し、解剖し、その病理を明らかにする作業を繰り返した。そのための武器としたのが「データ」だ。実は普段目に触れることはなくても、国や自治体は膨大な統計や資料を公表している。オープンデータに加え、数多くの行政資料を情報公開請求し、手元にたぐり寄せた。これらを独自の切り口で分析し、関係者の証言や表面的な事象だけに頼らず、国費がどこへ流れ、どこで滞留し、浪費されているのかを掘り起こしていった。

 取材の過程では国や自治体の当事者たちが残した記録やデータが不完全で、誤りが極めて多く、あえて国民の検証を妨げるように仕組んでいるのではないかと疑いたくなるほどずさんであることもわかった。過去の政策を検証しようにも当時の担当者は入れ替わり、後任に聞いても事情が判然としないことが頻繁にあった。いずれも行政の無責任体質の一面である。このために私たちの取材や分析は何度も壁にぶち当たった。

「国費解剖」シリーズの取材班は調査報道を担当する記者と日常的に中央省庁を相手にしている記者、コンピュータープログラミングのノウハウを持ち、データ分析を得意とする記者を中心に構成した。取材班の大半は財政問題を取材した経験がなく、基本的な資料を読み込むことから始めた。前例やいわゆる官庁の常識にとらわれない新鮮な視点で調査報道に取り組んだことが、財政問題に新しい光を当てることにつながったと自負している。

 本書は日本経済新聞や日経電子版に掲載した「国費解剖」の記事をベースに再構成した。紙面で紹介しきれなかったエピソードやデータを盛り込むなど、大幅に加筆・修正した。なお登場する人物の肩書などは原則、取材時のままとした。

 残念なことに「国費解剖」が始まってからも、財政規律の崩壊が一段と強まっている。読者のみなさんにも国費の流れに厳しい目を向けていただきたいと考え、本書ではできるだけ取材・調査のプロセスを紹介する。隠れた問題発掘に私たちとともに取り組む一助としていただければ幸いである。

2023年2月   「国費解剖」取材班代表
日本経済新聞社
社会・調査報道ユニット調査報道グループ
部次長 鷺森弘


【目次】

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