その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は佐藤愛さんの『 ファイナンス・セオリー 世界に通じる金融リテラシー 』です。
【はじめに】
理論と実務に役立つ知識の体系
本書は、Finance(ファイナンス)における合理的な意思決定を行うために必要な数学的・体系的知識を提供し、金融に関する基礎力の習得をめざす読者を支援することを目的としています。ファイナンスを初歩から体系的に学び、応用力を養いたいと考える大学生や大学院生に加え、これから投資を始めようとする社会人や、企業や官公庁などで金融実務に携わっている方々にとっても、本書は有益な学習の手引きとなるよう構成されています。ファイナンスの基礎的理解を深めるとともに、マクロ金融、コーポレート・ファイナンス、投資、さらにはフィンテックといった応用分野への土台となる内容を提供することで、理論と実務の双方に資する知識体系の構築をめざしています。
そもそもファイナンスとは、筆者の言葉で簡単に言うと、世の中のお金の流れを読み解き、個人や企業、政府など、広く社会の人々がお金を利用して不確実性の中で未来の選択を導くことを可能にする学問です。
日本では、戦後の経済成長が主に銀行業を中心に進められた歴史的背景もあり、会計学や経済学、経営学といった学問体系が整備されてきた一方で、アメリカのようにファイナンスを独立した学部として体系的に教育する枠組みは十分に確立されていません。その結果、ファイナンスに関する教育は、これまで主にマクロ経済学や財務会計の延長線上で扱われることが多く、専門的な教科書であっても、内容的には財務会計や経済学の枠組みにとどまるものが少なくありませんでした。
Asset(アセット)とCorporate(コーポレート)の双方に応用できる基盤を提供
本書は、これまで日本において周辺的に扱われてきたファイナンスを、ひとつの独立した学問領域として正面から取り上げ、その体系的理解を促すことを試みたものです。理論的な構成においては、アメリカのトップクラスのビジネス・スクールで用いられているファイナンス教科書との整合性を意識しながらも、それらに単に準拠するのではなく、日本の制度的枠組みと国際的な制度の双方を踏まえた分析を通じて、日本の投資家や実務家にとって理解しやすく、かつ応用可能なものとなるよう工夫を凝らしています。
本書では、ファイナンスの基礎理論を徹底的に解説するとともに、日本固有の制度的背景を踏まえた理解を促し、さらに計算問題や事例研究を通じて実務に直結する応用力を養えるよう構成しています。本書1冊で、ファイナンスのAsset(アセット)とCorporate(コーポレート)の双方に応用できる基盤を提供することをめざしています1。現在の日本には、この両分野の基盤となるファイナンス・セオリー(Finance Theory)ないしフィナンシャル・エコノミクス(Financial Economics)の体系的教科書が未だ存在しません。本書は、その端緒を開く試みとして位置づけられるものです。
本書の特徴は、筆者が海外のビジネス・スクールで高く評価され、賞をいただいた教授法を取り入れている点にあります。ファイナンス理論をより直感的に理解していただくために、各章でタイムライン上に人物の顔を記載しています。これは「どの時点でお金の価値を評価するのか」を明らかにするために、顔がその瞬間を見つめているということをイラストで表したものです。読者の脳裏にタイムラインとともに鮮明に焼き付く効果を狙い、難解な理論を時間という四次元的枠組みで考える際にも、ほっこりとした表情が安らぎを提供し、理解を支援する役割を果たします。
さらに、本書には筆者によるコラムを設けています。ここでは経済学的・ファイナンス的に重要な内容を扱いながらも、肩の力を抜いて読んでいただけるよう工夫しています。大事な理論を、筆者との会話のように自然に受け取っていただけることを願い、その雰囲気を西山寛高氏の描く「私の顔」がさらに引き立てています。難解な理論から少し離れて「ちょっと会話しましょう」という空気を演出することで、読者の皆様が安心して本書に向き合えるよう意図しています。ぜひ、コラムも楽しみながらお読みいただければ幸いです。
世界の第一線で活躍する研究者がコラムを寄稿
本書の大きな魅力のひとつは、米ボストン・カレッジのナディア・マレンコ(Nadya Malenko)教授、米カーネギー・メロン大学のサイモン・メイヤー(Simon Mayer)教授、英ロンドン大学のメズィアン・ラスファー(Meziane Lasfer)教授、そして豪モナシュ大学のチャイポン・ヴィセソンティ(Chaiporn Vithessonthi)教授の4名に特別寄稿としてゲスト・コラムをご執筆いただいている点にあります。これらの先生方は、学術界においてきわめて高い評価を受けており、ファイナンス分野の最も権威ある学術誌に多数の論文を掲載されている、まさに世界のファイナンス研究を牽引する第一人者の方々です。
各教授の寄稿内容は、ファイナンスの本質とその多様な応用を照らすものとなっています。マレンコ教授は、株主としての議決権(vote)の意義と、それが企業のガバナンスや長期的なリターンに与える影響について論じ、NISA(少額投資非課税制度)の理解を超えた株主の役割を再考させる内容となっています。メイヤー教授は、フィンテック分野の新星として、CBDC(中央銀行デジタル通貨)や資産のトークン化とアメリカにおける法整備の現状を紹介し、日本の制度設計への示唆を与えています。ラスファー教授からは2本の寄稿をいただいており、ひとつ目はネットワーキングと金融リテラシーの関係について、イギリスの大学の事例を交えて論じたもの。2つ目は、日本企業に多く見られるPBR 1倍割れが、ヨーロッパ企業との資本構成や株主還元姿勢の違いに起因する可能性を示し、単なる停滞の兆候ではないことを考察しています。ヴィセッソンティ教授は、金利が上昇し始めた日本において円キャリー・トレードがどのように再び機能しうるかを、国際金融の視点から分析しています。
ご多忙の中、ファイナンス教育について日本の現状と本書に込めた私の思いをお伝えしたところ、快くご寄稿をお引き受けいただきました。その背景には、日本におけるファイナンスの学問的理解が未だ十分に確立されておらず、しばしば「金儲けの手段」として誤解されている現状への問題意識があります。国際的には、ファイナンスはきわめて高度かつ厳密な学問領域として認識されており、その本質的な意義を広く伝える必要があると考えました。
また、ご寄稿いただいた先生方の所属する大学は、アメリカ、イギリス、アジア・オセアニア諸国に位置しており、これらの地域ではファイナンスに関する制度設計や法整備が進んでいます。日本にとって、こうした制度的背景を学ぶことは多くの示唆を与えてくれるものであり、大学教育や実務においてもきわめて重要です。世界的権威の研究者による知見を直接紹介する試みは日本の専門書においてきわめて稀であり、本書がその先駆けとなることを願っております。
健全な金融判断力の向上のために
このように、ファイナンスの本質的な理解と応用力の涵養を通じて、本書は、読者が「騙されない」「騙さない」といった健全な金融判断力を身につけることを支援し、教育・研究・実務の各領域における金融リテラシーの向上と、より持続可能な経済活動への貢献をめざしています。とりわけ本書では、投資行動に限らず、住宅ローンの選択といった日常的な意思決定においても、同一のファイナンス理論──すなわち、将来のキャッシュ・フローの割引、合理的意思決定、アニュイティの概念など──が適用されることを明快に示しています。これらの意思決定は、表面的には異なる文脈に見えるものの、実は根底にある数理的構造は共通しており、資産形成のみならず、無駄な支出の抑制にもつながります2,3。
金融の理解はもはや趣味や専門家だけの関心事ではなく、すべての人にとって不可欠な知識であるべきです。本書を通じて、読者一人ひとりが金融に対する理解を深め、主体的な行動へとつなげていくことが、より持続的で包摂的な経済社会の構築に寄与すると信じています。金融を「知る」ことは、未来を「選ぶ」力になる──その信念のもと、本書を執筆しました。
ファイナンスにおける用語や概念は、日本語に一対一で対応しないものも多く、翻訳によって誤解を招くケースもあります。そのため、本書では重要な用語・概念については英語と日本語の両方を併記し、英語表現のほうが本質を的確に伝えると判断した場合には、あえて英語を残すようにしています。
理論と実例を解説、実践的に学べる構成
近年、ネット社会の進展により書籍離れが進むなかで、本書をあえて出版する意義は、ファイナンスに関するネット情報の多くが不正確であり、なかには詐欺的な情報も含まれているという現実にあります。
私たちは「何を見ても、誰からどんな情報を得てもよい」という情報過多の環境下で投資を行うことになりますが、その情報を正しく評価し、活用できている人は決して多くありません。たとえば、ChatGPTのような生成AIも、ユーザーの金融リテラシーやリスクに対する理解度を把握したうえで回答を提供しているわけではありません。したがって、ネット情報を有効に活用するためにも、やはり体系的な学習が不可欠です。
ファイナンスは経済学の応用領域であり、加えて制度的要因の影響も大きいため、学習はなかなか容易ではありません。したがって、本書では、理論と実例を丁寧に解説し、できる限り現実的なケースを用いて理論の応用を示します。また、練習問題にも取り組みながら、実践的かつ楽しく学べる構成としています。
ファイナンスの世界を旅することは、決して楽ではありません。ですが、それは頂点をめざすアスリートの道のりと同じです。最初は苦しく、思うように動けません。けれど、その苦しみを乗り越えた先には、自由に動き、戦略を楽しむ力が待っています。ファイナンスもまた、知識を積み、自らの意思で選択肢を広げ、合理的な判断を下せるようになれば、きっと楽しくなります。
さあ、知のフィールドへ一緒に走り出しましょう! This is where the journey begins.
2 筆者を含め、金融資金市場および金融資産市場を理解している立場の者が、特定の金融商品を他者に勧めることはありません。むしろ、そのような「うまい話」は存在しないと考えるべきです。だからこそ、信頼できる書籍を通じて体系的に学ぶことが重要です。
3 現在の日本では、投資詐欺が多発しています。被害者に共通するのは、「儲けたい」という気持ちが過度に先行していることです。これは、よく受ける質問──「投資したいけど儲かる株を教えてほしい」──にも通じます。ファイナンスの基本が理解できれば、この質問がいかに本質から外れているかが直ちにわかるようになります。
【目次】




