その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は近岡裕さんの『 技術者天国 日亜化学工業、知られざる開発経営 』です。
【はじめに】
「今、当社のテレビ事業の売却を受けてくれる企業は、まずないと考えている」──。
衝撃の発言だった。高いブランド力を誇っていた日本メーカーの社長が、「家電の王様」とも評されたテレビ事業をリストラ対象に位置付けたのだ。しかも、その知名度をもってしても、事業ごと買ってくれそうな企業が世界中を探しても見つからないというのである。
家電業界では、日本でトップクラスの企業でも十分な利益を出せずに苦しんでいる。中国をはじめとする新興国の製造業が急成長し、日本企業がこれまで維持してきたシェアを徐々に奪っているからだ。家電以外のエレクトロニクス業界も産業機器も、似たような状況に陥っている。
自動車業界も例に漏れない。電動化や知能化に関する開発スピードで中国企業の後じんを拝し、日本が誇る世界的なメーカーが独立経営の危機に瀕(ひん)している。電気自動車(EV)の装備を見ると、洗練された外観デザインや、中国企業が自動運転機能と呼ぶ先進運転支援システム(ADAS)などの点で、日本車の先を行っていると認めざるを得ない。
なぜ、こうなってしまったのか。
詰まるところ、機能や性能、品質の面で中国企業の製品との差異が薄れてきており、価格勝負に持ち込まれているからだ。ある製品を量産すると決まったときの中国企業のパワーはすさまじい。人・物・金といった経営資源を存分に投入し、量産効果を最大限に生かしてコスト削減を図り、日本企業の製品よりも低価格な製品を造ってしまう。もちろん製品にもよるが、価格差は2〜3割違うケースは珍しくない。
低価格競争一辺倒になれば、多くの日本企業に勝ち目はない。やはり、高くても売れる付加価値を乗せた製品を生み出さなければ、これからの日本企業は勝ち残ることは難しくなる。逆に言えば、日本企業が今、抱えている最大の問題は、「付加価値を生み出せていない」ことに尽きる。
では、どうしたら付加価値を生み出せるのか。口で言うほど簡単なことではないのは分かっている。それでも、悩める日本企業に何かヒントを与えてくれる企業はないか。そう考えて見つけ出したのが、日亜化学工業である。
日亜化学工業は過去30年で売上高を30倍にした会社だ。2024年12月期は2次電池の正極材料に関する原料在庫の評価損という特殊要因によって足踏みしたものの、主力の光半導体事業については成長を続けており、日本の製造業において高い成長力と収益力を誇る企業の1つである。
日亜化学工業の成長力と収益力の源泉は、付加価値の高いものづくりにある。その代表格は、「20世紀に実現は難しい」と言われた青色発光ダイオード(LED)であり、青色LEDと蛍光体とを組み合わせたシンプルな構造の白色LEDだ。さらに、開発の難易度がLED以上に高い青色半導体レーザーも忘れてはならない。こうした世の中にない画期的な製品を創造し、さらに性能や品質でも他社の追随を許さない新製品を生み出し続ける取り組みが、同社に競争優位性をもたらしているのだ。
今でこそ大企業だが、光半導体を開発する前は地方の一企業と見なされていた。そうした企業が大手企業の向こうを張って、高輝度な青色LEDをはじめ、白色LED、半導体レーザーの開発・量産に成功した。
なぜ、日亜化学工業は付加価値の高い製品を生み出し続けられるのか。
その答えを記したのが本書である。結論を言えば、日亜化学工業は「技術者天国」と呼べる環境をつくっている。技術者が自ら取り組みたいと願う研究や開発テーマに取り組ませ、そのために必要な資金や設備、人員はできる限り会社が手当てする。目標は高く掲げて挑戦を促す一方で、失敗したときには一切、責めない。むしろ、失敗したことで駄目だと分かったことを新たな知見と捉えて、再挑戦の背中を押す。
付加価値の高い製品を生み出せと号令を発する経営者は多い。だが、それが可能な環境づくりを意識し、実践している日本企業はどれくらいあるだろうか。本書に記した日亜化学工業の知られざる開発経営は、日本企業の競争力の強化にきっと役立つと信じている。
2025年4月
近岡 裕
【目次】








