その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は福島渉さんの『 2050年の保険業界 膨張するリスクに挑む構造改革 』です。
【はじめに】
21世紀はリスクの時代と言われています。経済のグローバル化や技術革新が進み、私たちの生活はかつてないほど便利で豊かになりました。その一方で、金融危機、気候変動、パンデミック、地政学的緊張、サイバー攻撃など、社会全体を揺るがす事象が頻発しています。医療技術の進歩は病気になっても死なないという素晴らしい成果をもたらしている一方、長生きすることに対する不安は多くの人にとって切実な悩みになっています。──いま見聞きしている不幸な出来事が、いつか自分にも起こるかもしれない──私たちは日々こういった不確実な未来に対して不安を抱きながら生活をしています。
そんな不確実な未来に対しての不安を和らげる役割を果たしてきたのが保険です。保険は私たちの不安を和らげ、万が一そんな不幸な事象が起こってしまったら立ち直るための資金を提供してくれます。また自動車の運転、ローンによる住宅の購入など、保険があるからこそ利便性を享受できる場面もたくさんあります。保険は決してわくわくするような商材ではありませんが、世の中になくてはならない大切なインフラなのです。
私はこの30年間、保険会社の社員としての立場と、戦略コンサルタントの立場の両方から保険会社の経営というものを考え、また非常に多くの方と議論する機会に恵まれてきました。いま、あらためてこの産業に対して思っていることが三つあります。
一つ目は、この保険という産業は様々な人類の英知が精巧に組み込まれた芸術的といってもいいほどの仕組みの上に成り立っているということです。そもそもリスクというのはいつ、どうやって起こるかわからないということが本質です。そして保険という商材は、「あなたが困ったときには助けますよ」という目に見えない約束を売るビジネスです。これほど不明瞭で価値が定めにくい商材をこれだけ世の中に普及させ、そしていつどうやって起こるかわからない事象を精度よく予想し、かつそのために必要な資本を提供しているステークホルダーに利益を分配していくという仕組みを、安定的に継続・拡大していくということは並大抵のことではありません。このような仕組みができあがるまでに実に数世紀にわたる人間の創意工夫が組み込まれているのです。
二つ目は、21世紀に入り、残念ながらこの芸術的ともいえる仕組みが、うまく機能しなくなってきているということです。要因の一つは、いまどんどん広がっているリスクが、保険産業がこれまで数世紀にわたり培ってきた確率統計的なアプローチでは正しく捉えられないということです。こういったリスクが経済のグローバル化と相俟って相互に結びつきながらどんどん膨張しています。いま、私たちはこういったリスクを捉える科学を持っていないのです。さらに、これまで保険産業の発展を支えてきたオペレーティングモデルが、環境変化にうまく対応できずレガシー化してきています。生成AIのようにテクノロジーが目覚ましい発展を遂げている環境下、残念ながら現在の保険産業のオペレーティングモデルはそれをうまく取り込むことができない状態になっています。さらにここ数年起こってしまっている保険業界の不祥事事案なども、これまで産業の発展を支えてきた人的ネットワーク中心型のオペレーティングモデルが巨大化する過程で内在させてきた負の遺産が現れているという構造問題に起因するものです。こういった様々な外的な要因と内的な要因が重なり合い、産業としての機能低下が懸念されている状況にあると思っています。
三つ目は、かかる機能低下が起こり始めているとしても、それを克服することでさらに強い産業になれるということです。これまで培ってきたアセットを再構築し、新たな英知を組み込むことで膨張するリスクに対しても対処できる、先進技術を搭載した生産性の高いオペレーティングモデルに転換できるはずです。決して容易なことではなく、多大な覚悟と時間を要しますが、これまで数世紀にわたり様々な危機を乗り越えてきた産業であれば実現できると思っています。
本書はこの三つのポイントについて、特に三つ目の保険産業がさらに強くなるための構造改革について四つの視点から考察したものであり、世界で起こっている事象と私の保険業界とコンサル業界での経験、および世界中のこの産業に関わる実務者や有識者の皆様との議論を通じて、会得した知識と視点を基に描いた処方箋になります。これが今後産業に関わる皆様の視座の形成に、少しでもお役に立てれば幸いです。
【目次】




