その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はトマス・ソウェル(著)、村井章子(訳)の『 差別と格差の経済学 』です。
【はじめに Preface】
本書の初版では、ある重大な誤りを取り上げた。それは、地位や所得など社会経済的な結果に統計上の格差が存在するのは、遺伝的要因か、でなければ差別的な扱いに起因する、という思い込みである。これは一見もっともらしいが、本書で繰り返し述べるように、正しくない。この増補改訂版では、現代の支配的な社会観を支えるもう一つの誤りも取り上げる。それは、ある人の手にした経済的利益が当人の能力や資質のみに拠らないのであれば、その利益を取り上げて再分配するのは正当だ、というものである。
いま挙げた二つの考えは、どちらも正しいように見える。だからなおのこと、その前提や根拠となる事実を厳しく吟味することが必要だ。本書ではこのほかに新たな問題も取り上げ、初版と同じくグローバルな視点から論じていくが、さきほど挙げた二つの誤謬はたびたび登場することになるだろう。というのもこの二つは、今日では「社会正義」とさえ称される支配的な社会観の大前提と化しているように見えるからだ。
社会問題をめぐる意見の対立は、避けられないと同時に有意義でもある。少なくとも、対立する双方が、以前はあまり考慮されなかった意見をぶつけ合い、これまで十分に注意が払われていなかったデータや証拠を検証するならば、有意義だ。どちらの側も、ふだんはすべての要素を洗い出して注意深く考えを巡らせるわけではなかろう。しかし正面切っての議論となれば、双方が相手の意見に耳を傾け、初めは考えもしなかった見方も考慮せざるを得なくなる。
ところが自分と異なる意見を再検討する姿勢は、政治でも、メディアでも、それどころか学問の世界でさえめったに見られなくなった。「ここで教えるのは何を考えるべきか、ではない。どう考えるべきか、だ」という姿勢がまかり通っている。すくなくとも社会問題に関する限り、今日の大学は特定の結論を広めることに躍起になっているようにしか見えない。だからこそ、対立する意見をどこかの時点で再検討することがますます重要になってきている。さもないと、私たちはレトリックに容易に同調する人間、都合よく選別された事実や数字にころりとだまされる人間になってしまうだろう。
具体的な「解決策」を求める読者には、ここには答えはないとあらかじめお断りしておかねばならない。心地よい「解決策」なら、どこにでもいくらでも転がっている。筆者としては、しばしば独断と混乱にまみれている多くの社会問題の一部なりとも整理し、その本質をあきらかにすることができれば、本書の目的はひとまず達せられたと考える。読者はそのうえで、自分の価値観と目的に沿った解決を見出してほしい。ダニエル・パトリック・モイニハンがかつてこう語ったが、これはまことに正しい。「誰もが自分独自の意見を持つことができる。しかし自分独自の事実を持つことはできない*1 」。
トーマス・ソウェル
フーバー研究所
スタンフォード大学
【目次】


