その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は 『パナソニック覚醒 愛着心と危機感が生む変革のマネジメント』 です。
【はじめに】
「まるで別の会社になった」
「変われなかった会社が変わった」
2017年4月に25年ぶりにパナソニックに戻ってから、6年目を迎えました。
新卒で松下電器産業株式会社(現パナソニックグループ)に入社したのは、1980年。その後、ボストンコンサルティンググループ、アップルコンピュータ株式会社、日本ヒューレット・パッカード株式会社、株式会社ダイエー、日本マイクロソフト株式会社と複数の企業を経ての「出戻り」は、日本の大企業には珍しいこともあって、メディアでも大きく取り上げられました。
同年6月にはパナソニックの代表取締役 専務執行役員に就任しましたが、一方で私に委ねられたのは当時の4つのカンパニーのひとつ、パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社の社長、カンパニー長でした。
主として企業向けのBtoBビジネスを手がけ、従業員が世界で約2万5000人、売上高が1兆円を超えるこのカンパニーは当時、経営的に厳しい状況にありました。これをどう舵取りし、どう成長軌道に乗せていくか。
私がとにかく強く意識したのは、20年、30年先、いや100年先のために今、何をするべきなのか、ということでした。
あれから5年が過ぎ、私が担当してきたカンパニーは「大きく変わった」「まったく別の会社になった」「変われなかった会社が変われた」といった声を内外からもらっています。産休・育休から戻ってきたり、ほかのカンパニーから異動してきたりする社員は、本当に驚くようです。
私が何よりうれしいのは、「会社に来るのが楽しい」「日々の仕事が充実している」という声が、社員から次々に上がっていることです。
実際、大きく変わったのは、社内のカルチャーや社員のマインドです。
当初、私の目に見えたのは、利益を上げたり、顧客満足を高めたりする本来の仕事ではなく、社内調整などそれ以外の仕事に忙殺されている社員の姿でした。しかも、それが当たり前になり、何の疑問も持たなくなっていました。
しかし、今では社内調整など内向きの仕事はどんどん減り、顧客起点の仕事へとシフトしています。与えられた仕事を無難にこなそうとしていた部署が、「必死で頑張るぞ」という空気を出しています。
紙の書類が詰まったキャビネットに取り囲まれ、誰もが毎日、同じ席に座っていたオフィスはフリーアドレスとし、部署の垣根も取り払いました。社長の私をはじめ役員も個室を持たず、いつでも上司に話しかけられる環境ができ、一気に風通しをよくしました。
スーツに代表される、誰もが何も考えずに着ていた画一的な服装をやめようと提案し、カジュアル化を推奨しました。カジュアル化によって、会社の雰囲気は明るくなりました。発想も、画一的から、間違いなく柔軟になったと感じています。
ビジネスにおいては、戦略をはっきりと定めました。ハードウェアはいずれアジア諸国のメーカーからキャッチアップを受け、コモディティ化する流れを避けられません。そこで単品のハードウェア事業の立地を見直しつつ、ソリューション型のソフトウェアによるビジネスへのシフトを推し進めました。
そしてフォーカスすべき領域として見定めたのが、「造る、運ぶ、売る」というサプライチェーンの「現場」です。我々の持っている技術力で、お客さまの現場のプロセス改善をサポートしていく。これを「現場プロセスイノベーション」という言葉にまとめ、新しい旗印としました。
そして現場プロセスイノベーションをグローバルで本格展開していくには、我々には足りていないパーツがあることにも気づきました。ソフトウェアです。そこで推し進めたのが、M&A(合併・買収)でした。
2021年、パナソニックが総額約8630億円で米ソフトウェア企業のブルーヨンダーを買収したことは大きなニュースになりました。このM&Aは早くから見定めていたものでした。
これまでの事業ポートフォリオをマネジメントする一方、ブルーヨンダーが我々のビジネスに加わったことで、新たな大きなポテンシャルを手に入れることができたと考えています。そして当社の持つハードウェアの力を組み込むことで、ブルーヨンダーのビジネスは、さらに強いものになります。
また何より全世界に3000以上の顧客を持つブルーヨンダーのグローバルなビジネスとのシナジーは、これからさらに大きなものになっていきます。
私たちは、「カルチャー&マインド改革」「ビジネスモデル改革」「事業立地改革」の3階層でトランスフォーメーションを加速させていきました。この結果、2017年度以降、9.4%、8.4%、8.9%と3年連続で全社基準を上回る営業利益率を達成することができました。
また、コネクティッドソリューションズ社のさまざまな取り組み、改革は、売上高6兆6980億円、従業員約24万人を擁するパナソニック全体にも好影響を与えているという声をもらっています。東京のカンパニー本社のオフィスには、外部の方はもちろん、社内からもたくさんの見学者を迎えました。
2022年4月、パナソニックは新しいスタートを切りました。持株会社制を導入し、事業会社がそれぞれ独立した株式会社になります。
新会社パナソニック コネクト株式会社(コネクト)も、ブルーヨンダーの社員約5000人を合わせた約3万人とともに始動しました。パナソニックでの私の6年目は、新しい会社の発足とともにスタートすることになりました。
新会社のスタートにあたり、3階層の改革は、ひとつの区切りを迎えます。ということで、これまでの改革の取り組みを1冊の本にまとめてはどうか、日本企業の変革の参考になるのではないか、と提案をいただき、誕生することになったのが、本書です。
これまでの5年間の道のりは、当然のことではありますが、簡単なものではありませんでした。苦しいこともたくさんありました。思うようにならずに悩み抜いたこともありました。あまり表には見せませんでしたが、実はくよくよしたり、くじけそうになったりしたこともありました。
しかし、周りにいる仲間たち、社員たちが私を支えてくれました。時間をかけながらも3階層の改革をうまく進めることができたのは、ひとえにみんなのおかげだと思っています。
私は34歳でパナソニックを離れてから、ダイエーの社長時代を除き、長く外資系企業で過ごしました。激烈な競争を戦い、勝ち抜いていくグローバル企業の強さを肌で実感してきました。
しかし、久しぶりに日本企業に戻って改めて感じたのは、日本の人材はやはり優秀だ、ということです。素直さもある。柔軟性もある。変わる力もある。やればできるのです。
一方で、足りないものもたくさんあると感じました。したがって、これからご紹介する取り組みは、まさにそれを意識したものとなりました。
日本は今、「失われた30年」の最中にいると言われています。どうにかしてここから脱却しようと、日本企業の改革に格闘している、多くの方々がいることを私は知っています。日本の復活を真に願っている、そうした方々に本書が少しでもお役に立てれば、と考えています。
世界の企業は目覚ましく進化していきますが、私はまだまだ間に合うと思っています。遅すぎるということは、いつもありません。無理と思ったら何もできない。問われているのは、やるか、やらないか、だけなのです。
【目次】