その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は半澤智さんの『 PBR革命 ESGも情報開示も価値に変える新しい経営の指標 』です。

【はじめに】

 「PBR(株価純資産倍率)が日本企業を変えている」

 私は『日経ESG』という雑誌の編集部に所属し、日々、企業の取材に飛び回っている。ESGは、環境・社会・ガバナンスを表わす英語の頭文字を取ったものだ。一般的なビジネス誌と異なり、脱炭素や生物多様性の推進、人的資本の強化、取締役会の活性化など、財務諸表には表れない長期視点の取り組みに注目している。2023年の半ばから、冒頭のようなことを思うようになった。

 きっかけは、2023年3月に東京証券取引所が上場企業に出した企業価値向上の要請だ。東証の要請を受け、多くの経営者がPBRの向上に動き始めた。

 「失われた30年」などと言われ、日本はもう成長できないのではないかという諦めの雰囲気が見え隠れしている。PBRは、そうした雰囲気を打ち破り、起爆剤となる大チャンスではないのか。そう考えて、PBRにまつわるニュースや、PBR向上に奮闘する企業を追いかけるようになった。

 PBRは、企業の純資産に対して株式時価総額が何倍あるかを表わし、企業価値を示す指標の1つである。評価のラインとなるのが1倍だ。PBR1倍未満は「1倍割れ」などと言われ、市場から「価値を創出できていない」と評価されていることを示している。つまりPBR1倍は、経営者がクリアすべき最低ラインである。今後PBRは、経営者を評価する物差しになっていくだろう。
 東証の調べによると、2023年12月時点のプライム市場の44.4%(736社)、スタンダード市場の58.4%(945社)の企業がPBR1倍割れである。これは大変だ。

投資家の心理が分かる

 PBRについて調べ、取材するうちに、「これは経営者に役立つ指標だ」と思うようになっていった。企業と投資家、過去と未来、実績と期待と、相反する視点が総合されており、経営を評価したり見落としていることを発見できたりする。
 特に効果がありそうだと思ったのが、投資家の心理を理解することにつながることだ。投資家はその企業に対して、何をどの程度期待しているのか、経営者はその期待に応えられているのか、こうしたことがチェックできる。
 資本が効率的に利益を生み出しているかや、経営課題の発見や改善にも活用できる。さらに、ESGなどの財務諸表に表れない、見えない価値(非財務価値)と企業価値とのつながりも見えてくる。
 「優れた製品・サービスや技術を持っているのになぜ株価が上がらないのか」「ESGは株価につながるのか」。PBRが分かるとこうした疑問の解決策が見えてくる。PBRをうまく活用することで、株価と企業価値の向上につなげることができる。

 本書は、PBRとは何か、PBRを向上させるには何をすればよいかを解説した。そして、企業のケースを見て、実践で活用できるようにした。
 これまで会計や財務、企業価値評価などに無縁だった人でも大丈夫だ。これらの詳しい解説は、専門書に譲る。これまで会計や財務に無縁だった人でもPBRの「肝」が分かり、PBR向上に役立てられるようにすることを目指した。ROE(自己資本利益率)は「企業による過去の実績」、PER(株価収益率)は「投資家による将来の期待」など、ややこしいアルファベット3文字指標も、経営の現場でイメージがつきやすくなるようにした。

本書の使い方

 第1章は、東証が23年4月に上場企業にPBR改善要請を出してから、本書を執筆した24年4月までの約1年間の主な動きをまとめた。東証が要請を出した背景や、その衝撃度などが分かる。東証の要請って何だ? という人は、ここを読めばキャッチアップできる。

 第2章は、PBRとは何か、PBRを上げるにはどうすればよいかを解説する。企業価値とは何か、企業価値とPBRの関係など、基本からひも解いていく。一通り読むと、PBRを踏まえた経営の分析手法が身につく。財務や会計の知識がある程度あり、企業価値評価の理論を押さえている人は、この章は飛ばしてもらって構わない。

 第3章は、PBR向上に取り組む企業のケースである。第2章で見てきた分析手法を使い、企業の課題を探った。取材時には経営者や担当者に課題を問い、企業価値の向上策を探っていった。何をするとPBRは上がるのか、どんなアピールをすると株価が反応するのか、どんな取り組みが企業価値につながるのか。実際の現場を見ていこう。

 第4章から第7章は、企業のケースを見ながら、PBRによって何が変わるのかを見てみよう。PBR向上に奮闘する企業を見ていると、変わっていく日本企業の将来の姿が見えてくる。株主総会では、PBR1倍割れの企業の経営者に対して厳しく追及する声が上がる。中堅企業のPBR向上は、プライム市場への生き残りがかかる。低PBRの中堅・中小企業に対する同意なきM&A(合併・買収)も進みそうだ。PBRに注目した投資信託や株式指数も登場し、企業に対する投資家の要求も厳しさを増している。

 第8章は、キーパーソンのインタビューをお送りする。この書籍をつくるに当たり、私がどうしても話を聞きたかった人たちである。東証の有識者会議でPBRの議論を主導した元オムロン取締役の安藤聡氏、コーポレートガバナンスの専門家である東京都立大学教授の松田千恵子氏、ESGとPBRをつなぐ方法論を提唱する早稲田大学客員教授の柳良平氏である。

うまく使った企業が株価を上げる

 本書は、『日経ESG』のニュース記事、特集記事、連載記事を再構成して加筆したものだ。PBRは株価を踏まえるため、毎日動く。掲載した数値や肩書は、掲載当時のものであることをご了承いただきたい。
 『日経ESG』で初めてPBRの特集を組んだのは、2023年4月号「目指せPBR1倍超、成長軌道へ」である。当時、企業の担当者に「御社のPBRについて話を聞きたい」と言うと、やんわりと断られることが多かった。取材のアポ入れに苦労したことを覚えている。
 1年後の2024年4月号「PBR向上の心得」では、PBR1倍割れでも取材を受け入れ、企業が積極的にPBR向上策を発信するようになった。企業の変化は、こうしたところにも表れている。

 本書を執筆している最中に、日経平均株価が史上初の4万円を突破した。株価上昇の要因は様々あるが、PBR向上に取り組む経営者の奮闘と、それに対する期待が含まれているのは確かだ。この先、PBRを上手に活用する企業が株価を伸ばし、企業価値を上げていくだろう。本書がその一助になれば幸いだ。

半澤 智

【目次】

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