その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は島津翔さんの『 生成AI 真の勝者 』です。
【はじめに】
サクラメントの探鉱者
テクノロジーの聖地・米シリコンバレーからサンフランシスコを経由して内陸に車で2時間ほど走ると、透き通る青空とうねる地形の間に何棟かの高層ビルが見えてくる。カリフォルニア州都であるサクラメントだ。
1848年、シエラネバダ山脈のふもとで金塊が見つかるやいなや、噂はあっと言う間に米国全土そして国外へと広がり、一獲千金のアメリカンドリームを狙う数多の人々がカリフォルニアに殺到した。ゴールドラッシュだ。
サンフランシスコ湾に入った夢追い人は、帆船でサクラメントリバーを遡ってアメリカンリバーとの合流地点であるこの地に船を着け、今度は帆船を解体して柱と梁(はり)を造作し、サクラメントリバーの岸に即席のバラックをこしらえた。瞬く間に街が出来上がった。これがサクラメントの始まりとされる。
旧市街の街並みは修復されて国定史跡となり、今は「オールド・サクラメント」と呼ばれる。木造の店舗をつなぐアーケードやセントラル・パシフィック鉄道駅などの歴史をしのばせるレトロな建築物、ゆらゆらと揺れるスズカケの葉、その影が岸に落ちるサクラメントリバーから、当時の雰囲気を想像できる。金鉱探しに必死な人々、険しい顔で先を急ごうとする者、鉄道敷設に挑むエンジニア、そして夢破れた者──。史跡内にある歴史博物館をのぞけば、その生き生きとした様がよみがえる。
ゴールドラッシュは金の採掘を中心として新たな経済圏をつくる壮大な実験でもあった。鉱山労働者の「作業着」に着目したリーバイ・ストラウスは帆船などで使われていた頑丈な生地で「デニム」を発明し、サミュエル・ブラナンは採掘用のショベルやツルハシなどを買い占めて卸売業を展開し、億万長者となった。リーランド・スタンフォードは卸売りで築いた資本でインフラ整備を進め、大陸横断鉄道を敷設した。採掘者たちが稼いだキャッシュを保管する需要に着目したヘンリー・ウェルズとウィリアム・ファーゴは資産管理ビジネスを始め、米国最大規模の銀行を築き上げた。
もうかったのは探鉱者だけではなく、その周辺の商機に目を付けた者たちだったわけだ。こうした「道具」に着目した商売は、ビジネススクールでは「マイニング・ザ・マイナーズ(採掘者を採掘する)」と名付けられ、ウォール街では「ピック&ショベル企業」と呼ばれ投資の対象になっている。
2023年に起こった空前の生成AI(人工知能)ブーム。ChatGPTが鳴らした号砲は、米グーグルや米マイクロソフトなど巨大テック企業が総参戦する大競争時代を告げた。「生成AIゴールドラッシュ」とも呼ぶべきこの時代も、採掘者を採掘する動きが起こり、ピック&ショベル企業が登場し、新たな経済圏が生まれるはずだ。その勝者は誰だろうか。日本企業の勝ち筋はどこにあるのか。
本書は、生成AIによって勃興した覇権争いを5つの領域に分け、シリコンバレーで取材したファクトをベースにその勢力図と知られざる勝者を描き、未来を予測するものだ。群雄割拠のAIモデル開発競争はどう帰結し、争奪戦が続くAI半導体にどんな死角があるのか。「ピック&ショベル」の代表格であるAI開発基盤の覇権を握るのは誰か。米中対立を背景とする「AI地政学」がどう変化するのか。そこには勝者と敗者が存在する。
覇権争いの領域で分けた第1章から第5章は関連しているが、それぞれの章だけを読んでも文意が通るように工夫した。例えばAI半導体に関心がある場合は第2章を、AIを巡る地政学の行方を知りたい読者は第4章を、興味のあるテーマから読み進めていただきたい。
インターネット以来の発明とも言われるテクノロジーを、過度な期待も過小評価もせず、客観的に推し測る。本書は生成AIに関するノウハウを提供するものではなく、有力プレーヤーの戦略や技術力、思惑などを通して新しい経済圏の未来を見通す試みである。それが、企業で生成AIを利用した事業企画やサービス開発に従事するビジネスパーソンにとって、このテクノロジーと正しく付き合う一助になると信じている。
日経BPシリコンバレー支局 記者
島津 翔
【目次】




