その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は諏訪貴子さんの『 町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争 』。「文庫化によせて」と「はじめに」をお届けします。

【文庫化によせて】

 初めまして、諏訪貴子です。このたびは文庫版『町工場の娘』を手に取っていただき、ありがとうございます。本書の単行本が発売されたのは2014年、今から約10年前のことです。そして、それから10年が経過し、再び文庫本という形で皆様とこうしてお会いできるとは思っておりませんでした。

 本当に長期間にわたり『町工場の娘』を愛してくださり、お薦めなどを通じて、多くの皆様にお読みいただいたからこそ、今回の文庫化を実現できました。皆様には感謝しかございません。

 さて、本書は先代社長である父の緊急入院の前後から、起きた出来事をかなり具体的に書いております。実は、これは父が入院した日から日記をつけていたからなのです。

 その日記の最後のページには「こんな経験は誰もがするものではない。こうなる前に事業承継の準備をしっかりしてもらいたい。だから、いつかこの日記を本として出したい」と綴(つづ)っておりました。しかし、まさかそれが現実になるなんて、当時は全く予想していませんでした。

 以前から、「ドラマみたいな人生だね」と周囲に言われてきましたが、なんと! 2017年には、NHKで連続ドラマ化までされました。本書を通じて、本当に貴重な経験をたくさんさせていただきました。お力添えいただいた皆様には本当に感謝をしております。そして、強い思いは実現するのだ、と改めて感じております。

 私は現在も全国で講演活動をしております。20年前は、会場で聴講される方が男性ばかりでしたが、最近は明らかに女性も増えてきました。

 講演後、参加された女性経営者の中には「会社を継ぐか悩んでいましたが、本を読み、背中を押されました」とか、「事業を継承する時に銀行に本を薦められて読みました」「私も同じような経験をして共感しました」「元気をもらいました!」というご感想をくださる方がいらっしゃいます。また創業者の方からも「娘しかいないから、家族への承継はあきらめていたが、娘と話をして会社を継いでくれることになった」など、多くのお声がけをいただき、大変うれしく感じております。

 そして、ここ数年、事業承継だけではなく、経営改革やDX化、人材確保・育成などが中小企業の課題となっています。本書をお読みいただく皆様は、それぞれ業界も違えば、抱える課題も様々だと思います。また、私の事例や考え方、手法など、そのすべてが皆様の状況に当てはまるとは思っておりません。ですが、この本の中に何か1つでも皆様のお役に立てるものがあれば幸いでございます。講演にもぜひいらしてください。いつかお会いできる日を楽しみにしております。

2024年春 諏訪 貴子

*会社名、肩書を含め、本文中の表記、表現は、原則として単行本発行時のままとなっています。

【はじめに】

 「社長」と呼ばれるようになって10年が経つ。父の急逝を受けて、一介の主婦から町工場の2代目に。それから、もう10年なのか、まだ10年なのか。

 思わぬ受注増という追い風が吹いたり、100年に一度の経済危機と言われたリーマンショックがあったりした。なぜ、自分が社長の時に「100年に一度」が来なければならないのか。当時はついていないとも思ったが、今となれば良い経験だ。

 お客様が必要としてくれること、仕事があること、社員さんがいてくれることのありがたみを実感できた。そして、自分が意外にも強くなっていることもわかった。もう、「社長の仕事」とインターネットで検索した10年前の私ではない。

 ダイヤ精機で働く私たちは、東京都大田区でものづくりに取り組めることを誇りに思っている。それは大田区が町工場の集積地だからだ。高度成長期、父をはじめ、ものづくりに携わる人々は、幼い私の目に輝いて見えた。輝く時代をもう一度この目で見たい。

 しかし、現状は工場数の減少が止まらない。予想はしていた。そのため、少しでも参考になればと、2006年から講演などで自分の経営手法を公開し始めた。大田区だけでなく、製造業だけでもなく、この激変する経済環境の中で中小企業が生き残るためには知恵の共有が欠かせないと考えたからだ。

 私の講演はすぐに役立つ、効果が出るというものではない。ダイヤ精機でのこの10年の取り組みを紹介している。

 聴講してくださる方々の課題は様々、受け取り方も様々である。だから、参考となるヒントなり、考え方なりを1つでも持ち帰っていただきたいと思っている。それもなければ、せめてモチベーションだけでもと思い、続けてきた。

 講演内容も初めは生産管理についてのみだったが、その後、事業承継、社内改革、人材の確保・育成とテーマが広がっていった。その結果、ありがたいことに、聴講された皆様から「本を出してほしい」というリクエストを頂くまでになった。

 最近では、中小企業関係者から直接相談を持ち込まれるケースも増えてきた。高度成長期に創業した企業が事業承継の時期を迎えているからだろう。中には、少子化の影響かもしれないが、「後継ぎが娘しかいない」という相談もある。

 10年前であれば、「娘しかいないから、子供に継がせるのはあきらめる」というのが常識だったかもしれない。しかし、時代は変わり、今や国を挙げて女性の活躍を後押しし始めている。私が社長になった時とは様変わりだ。10年の歳月は常識さえも変える。

 親の七光り…。確かに。私は父の築いた土台があったからこそ、ここまで来ることができた。そして、これからの10年こそ、本当に私が経営者としての真価を問われることになると思う。

 自分の力で未来を切り開いていく新たな出発点。だから、この節目で過去を振り返り、自分の頭と心を整理し、これから進むべき方向を定めるための記録を残そうと思った。同時にこの記録がほんの少しでも誰かの役に立てるのであればうれしい。これから書き記す「町工場の奮闘記」をぜひお読みいただきたい。

 私の社長就任を知らずに天国に旅立った父、故・諏訪保雄に捧(ささ)げる。


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示

【関連記事】