その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中山祐次郎さんの 『それでも君は医者になるのか』 です。

【はじめに】

『それでも君は医者になるのか』

 こんな挑戦的なタイトルのついたこの本は、神奈川県生まれ、医者になって15年になる現役の外科医である私が、日経ビジネス電子版に連載していた内容をまとめ、新しくいくつかの項目を書き下ろしたものです。

 本書では、さまざまな角度から「医者」という人間、職業についてライトをあて、なるべく嘘偽りなく、かっこつけずに描きました。ある章では医者の世界そのものを厳しく批判し、また別のところでは医者の給料を下げるべきと提言しています。医者である私にしか、医者の世界の内部にいるものにしか見えない世界を、風穴をあけて「医者に興味のある」皆さんに届けたい。どうしても、伝えねばならない。私には、そういう強い気持ちがあります。

 新型コロナウイルス感染症は、誰もが予想しなかったレベルでこの世界を大きく変えました。戦争が起きるより多くの人を死に至らしめ、独裁者に支配されるよりも行動を制限してきました。この日常で、医療現場の人びと、特に医者に対する関心が高まったという印象を私は強く感じています。最前線で戦う私たち医師は、いったいどんな人たちなのか。特に小学生、中学生、高校生や、その親御さんたちが医師という職業に強く興味を持っている。そんな話をよく聞きます。そんな高まったニーズの中で、本書は世に出ました。


 初めまして、中山祐次郎と申します。私は外科の医師として、鹿児島大学医学部を卒業後、東京と福島県で合計15年医者の仕事をし、現在は神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院というところで働いています。毎日病院で入院患者さんを診察し、週に何度かは手術をし、ときどき緊急手術のために夜中や休日に呼び出され、月に何日かは病院に泊まり込む「当直」をする、ごく普通の外科医です。大腸がんの手術を専門とし、小さいキズでしっかり治す「腹腔鏡(ふくくうきょう)手術」や「ロボット支援手術」を得意としています。

 また、小説家としての顔も持っています。2017年に出版した小説『泣くな研修医』は、2021年の春にテレビ朝日系列で連続ドラマ化しました。それ以外にもいくつかの作品を発表しています。いずれも医療ものばかりです。

 ですから、この本は、「現役の医者で、なおかつ15年のキャリアのある人間」が、「小説家としての技術をもって面白く書いた」本である、と言えます。これ以上に、医者の実像をあぶり出した本はないのではないかと自負しています。現役の医者が書いた本はたくさんありますし、小説家やライターが書いた医療業界の本も存在しますが、その両方を一人の人間の中に持って書いたものはほぼ存在しないからです。

 また、私は2019年から2年間、京都大学の大学院で日本や世界の医療システム、法制度、業界の特殊性、研究について幅広く学び、修士号を取得しました(公衆衛生学修士です)。ですから、いち医者の立場のみならず、医療の世界全体を俯瞰(ふかん)した目を持って見定めています。その意味で、本書はある特定の立場に偏った、つまり医者に特に優しかったり厳しかったりといったことはなく、極めて冷静かつ公平な評価で書かれています。

 本書を手にとった皆さんは、これまで持っていた医者像を大きく変更せねばならないことになるかもしれません。本書を読んだことで、医学部志望だった学生さんが路線を変更することになるかもしれません。よけいな虚飾や変な勧誘をするつもりはありません。ただ、私たち医者のありのままの姿を、曇りなき眼で見定めていただきたい。そして、医者になりたいとお思いの皆さんは、それでも医者を目指したいのか、自問自答をしていただくことを筆者として強く望みます。

 医者は生半可な努力と覚悟ではなれませんし、続けられません。が、苦心して登った坂の上からは、まだ見ぬ景色が見えることでしょう。私と一緒に、いつかその景色を見てみませんか。

【目次】

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