その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は安井翔太さん、伊藤寛武さん、金子雄祐さんの『 原因と結果を武器にする思考 』です。
【はじめに】
データの根拠があっても正しいとは限らない
私たちは日々の生活で、「効果」という言葉を様々な場所で耳にします。薬の効果、政策の効果、食事法の効果、宣伝の効果など、例を挙げればキリがありません。効果があると聞いたとき、薬・政策・食事法・宣伝などの施策や取り組みが、健康状態・経済状況・売上に実際に影響を与えるという因果関係を自然と期待しています。つまり、効果があるといわれた薬を飲めば健康状態が良くなり、効果があるといわれた宣伝を行えば売上が増える──そう信じているのです。
専門家と呼ばれる人がテレビなどのメディアに出演し「この成分が効くから効果が出る」「科学的に効果がある」と主張すると、そこには確かな裏付けがあるように思えます。一昔前までは、こうした主張はそのまま受け入れられることも少なくありませんでした。
しかし、近年ではデータの活用が一般的になり、主張にはデータによる根拠が添えられるようになっています。「なんかそういうデータあるんですか?」というフレーズも、すっかりおなじみになりました。ある食事法を行う人の健康状態がそうでない人より良い、あるいは特定の宣伝を行った場合の売上が高い、といったデータ分析の結果を目にする機会も増えています。その結果、データによって情報を正しく判断できるようになったと感じるのではないでしょうか。
しかし、こうした取り組みは本当に効果があるのでしょうか? 根拠となる分析結果が見せているものも、もしかすると見せかけの効果かもしれません。
残念なことに、こうした分析結果の多くが示しているのは、因果関係ではないことが多々あります。例えば、宣伝された商品の売上が高いというデータがあったとしても、「宣伝したから売れた」と解釈するのは早計です。もしかすると、良い商品だから宣伝しようと思ったのかもしれません。そうだとすれば、実際には「売れる商品だから宣伝された」ということになります。同じデータからまったく逆の2つの関係性を見出すことができてしまうのです。
つまり、データによる根拠が示されていたとしても、それが本当の意味での効果──因果関係としての効果──を保証しているわけではないのです。
このように私たちがテレビやSNS、ビジネスの現場で見聞きする「効果」の多くは、実際には因果関係を示していないことが多いのです。一見すると効果があるように見えても、本当の意味での効果ではないもの、いわば見せかけの効果が数多く存在しています。
見せかけの効果とは、誰かが意図的にデータを捏造(ねつぞう)・改ざんしたりして効果を大きく見せたものではありません。正しく分析したつもりでも、「因果関係を取り違えた結果として生まれる、見せかけの効果」のことを指します。本書の大きなテーマはこの見せかけの効果を見抜き、本当の効果を知ることで、あなたの関わるビジネスの意思決定をより良いものにすることにあります。では、私たちはどうすれば因果関係としての本当の効果を知り、見せかけの効果を見抜くことができるのでしょうか?
警察官が多いと犯罪も増える?
よくあるデータ分析の問題を理解するために、具体的な例で考えてみましょう。図表0は、1992年のアメリカにおける地域別の警察官の数と犯罪の件数を示したものです。*1
データを見ると、警察官の数が多い地域ほど、犯罪も多い傾向、いわゆる相関関係があることがわかります。この関係だけを見ると、「警察官を増やしても犯罪は減らない、むしろ増えている」と結論付けたくなります。実際、私たちが目にする多くの分析は、このようなデータ上の関係を基に議論されています。
しかし、多くの人は直感的に「それはおかしい」と感じるのではないでしょうか。犯罪者からすれば、警察官が増えるほど犯罪はしにくくなるはずです。つまり、実際には犯罪を抑える効果があるにもかかわらず、データ上では犯罪が増えるように見えてしまっているのです。
一見すると矛盾したこの状況の背景は単純です。犯罪が多い地域ほど、より多くの警察官が配置されます。そのため「警察官が多いから犯罪が多い」のではなく、「犯罪が多いから警察官が多い」という関係になっているのです。
このように、データ上の関係と実際の効果が食い違って見える状況は、決して珍しいものではありません。そして、この点を見落とした分析の多くは、見せかけの効果を生み出してしまいます。
「因果推論」という考え方で「本当の効果」を見抜く
警察官の例のように、常識からデータを疑える場合には、「何かおかしい」と気づけるかもしれません。しかし、自分の常識や知識が及ばない分野であったり、そもそもその常識自体が間違っていたりすると、私たちは見せかけの効果に対して無防備になってしまいます。その結果として、効果がないサプリや教育を取り入れたり、大して成果が見込めない施策に大きな予算を投じたりすることになってしまうのです。
では、私たちが効果について正しい情報を手に入れることは不可能なのでしょうか? その問いに答えるための技術が、因果推論と呼ばれるデータ分析の考え方です。
多くのデータ分析が、地域ごとの警察官の数と犯罪の件数という単純なデータ上の関係──相関関係──だけを見ているのに対し、因果推論は「もしそれがなかったらどうなっていたか」という視点から効果を定義します。警察官の数と犯罪の件数の例であれば、ある地域において警察官が増えた場合と、増えなかった場合の犯罪件数をデータから想像し、その差から効果を考えます。因果推論とは、見えているデータの裏にある本当の効果を考えるための道具なのです。
病気になったら血を抜きますか?
「因果推論と聞くと何やら難しそうな印象を受ける」という方も多いかもしれません。しかし実は、私たちはすでにその恩恵を受けています。その代表例の1つが医療です。
医療が発達していなかった古代エジプトから19世紀頃まで、瀉血(しゃけつ)という治療法が様々な病気に対して行われていました。患者から血液を抜くこの治療法は、発熱や下痢、咳といった症状にも用いられていました。1833年には4200万匹もの瀉血用のヒルが医療用としてフランスに輸入されており、瀉血がいかに広く信じられていたかがわかります。*2,*3
21世紀に生きる私たちの感覚からすると、正気とは思えない治療法ですが、当時の医療ではそれが常識だったのです。しかし、瀉血の効果に疑問を持ったフランスの医師が、因果推論の考え方に基づいた実験を行い、瀉血が多くの病気に対して有効な効果をもたらしていないことを示しました。
これが1つの要因となり、古代エジプトから数千年近く続いてきた瀉血は治療法として衰退しました。医療の世界では、このように因果推論によって多くの治療法や常識が見直されてきました。そのおかげで今日の私たちは、より効果的な医療を受けられるようになり、過去には考えられなかったほど健康的な生活を送ることができています。
医療の世界では、治療法が認可される前に因果推論に基づいた効果や副作用の証明が行われることはもはや世界的なスタンダードになっています。しかし、私たちの日常であるビジネスにおいては、そのようなスタンダードはなく、効果があるか怪しい思い思いの施策が実行されています。私たちの常識は19世紀の医療における常識とさほど変わらないかもしれないのです。
日本は実践のフロンティア
ビジネスの現場では、売上や経営目標に対して「効果のある施策」を実施したいと誰もが考えます。よって、多くの現場では何かしらのデータから施策の効果を分析する、いわゆる効果検証が行われています。ところが、その多くは因果推論という言葉を聞いたことすらないまま行われているのです。つまり、多くのビジネスの現場では、見せかけの効果が信じられていて、瀉血のような施策が日々繰り返されている可能性があるのです。
実は海外のテック企業では状況が異なります。グーグル、アマゾン、メタ、マイクロソフト、ネットフリックスといった企業では、自社のビジネスを理解し、効果的な意思決定を行うために、AIと並んで因果推論が積極的に活用されてきました。ChatGPTを開発しているオープンAIも、その例外ではありません。これらの企業の多くは、因果推論を用いた効果検証を通じて、自らのビジネスを学ぶことを組織文化として取り入れています。
また近年ではDX化によって様々な企業がデジタル上でユーザーとの接点を持つようになりました。その結果、小売や旅行といったテック以外の業界でも因果推論の活用が進みはじめています。ウーバーやリフトでチーフエコノミストを務め、因果推論を用いた実験で知られる経済学者ジョン・A・リストは、2022年にはウォルマートのチーフエコノミストに就任しました。海外では因果推論は着実に広がりを見せているのです。
こういった企業の動きに対して、学術コミュニティでも変化が起きています。近年ではビジネスで因果推論を使う技術的な課題を研究する研究者が増えており、様々な企業との共同研究も行われています。そうした企業の中にはノーベル賞を受賞した経済学者が関わっているプロジェクトも存在しています。
一方日本でも、メガベンチャーを中心にテック企業で因果推論が使われはじめていますが、その考え方が広く共有されているとはいえません。その結果、多くの企業が今なお、見せかけの効果に振り回されているのが現状です。これは因果推論という技術にとっても、日本のビジネスにとっても大きなフロンティアがあることを意味しています。そして、因果推論を学び・使うことで、あなたの関わるビジネスに競争力が備わるだけでなく、あなた自身のスキルやノウハウの独自性を構築することにもつながります。
より良い意思決定を実現するための2つの視点
本書の目的は、単に「因果推論という分析手法を知ってもらうこと」ではありません。ビジネスの現場で、効果に基づいた意思決定ができるようになること──これが本書のゴールです。
多くの人は、「効果があるかどうか」ではなく、「効果があったように見えるかどうか」を根拠に判断を下しています。その結果、実際には効果のない施策に予算や時間を投じたり、本当に価値のある施策を見逃したりしています。本書は、そうした判断の癖そのものを見直すための1冊です。そのために、本書では主に次の2つの内容を扱います。
ビジネスの文脈で「本当の効果」を理解する
本書では、因果推論の手法について、複雑な数式や統計理論の解説は行いません。手法の解説は簡単なイメージの説明にとどめ、その代わりに実際のビジネスにおいて施策の効果を検証した事例を通じて、因果推論への理解を深めていきます。扱う事例には、「クーポンにはどれだけ効果があるのか」「1000円ではなく990円といった価格設定は、本当に購買行動を変えるのか」「レビューサイトの評価は予約を増やすのか」「ECサイトにおいて物流の品質はどれほど売上に影響するのか」など、身近なテーマを集めました。見せかけの効果と本当の効果はどう違うのかを直感的に理解できるように構成しています。
価値創造につなげるための実践論
因果推論は、ある側面から見れば、正しい効果を知るための技術といえます。しかし、効果がわかっただけでは、価値は生まれません。重要なのは、その結果を基に何をやるか、何をやめるかを決める意思決定に影響を与えることです。つまり、ビジネス上のインパクトを出す前提で考えれば、因果推論は分析の精度を上げるための技術ではなく、判断の仕方そのものを変えるための思考法だといえます。
よって、本書では、因果推論を一度きりの分析で終わらせず、組織として意思決定の質を高めていくための考え方についても扱います。すでに因果推論を活用している企業が、どのように因果推論を意思決定に組み込み、そしてどのように学習する組織をつくってきたのか。そのエッセンスを、ビジネスの視点から整理します。
2026年5月
安井 翔太
伊藤 寛武
金子 雄祐
【参考文献】
*1── McCrary, J. (2001). Replication of Steven Levitt, AER, 1997, Using Electoral Cycles in Police Hiring to Estimate the Effect of Police on Crime. https://eml.berkeley.edu/replications/mccrary/index.html. Accessed 2026 16 Feb. © 2001 Justin McCrary.Federal Bureau of Investigation. (n.d.) Crime Data Explorer. Uniform Crime Reporting Program. U.S.Department of Justice.
*2── 藤倉一郎、藤倉知子(1994)「瀉血の歴史」『日本医史学雑誌』40(1)、76―77.http://jshm.or.jp/journal/40-1/76-77.pdf
*3── Morabia, A. (2006). Pierre-Charles-Alexandre Louis and the Evaluation of Bloodletting. J R Soc Med. 99(3):158-60. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1383766/
【目次】



