その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日本経済研究センター(編)、前嶋和弘、渡邊啓貴、安井明彦、岡部みどり、森聡、広瀬佳一、生貝直人、安藤淳、刀祢館久雄(著)の『 トランプがもたらす新世界 変容するグローバル秩序 』です。

【はじめに】

 米国で2025年1月に発足した第2次ドナルド・トランプ政権が世界に波紋を広げている。これまでの常識におさまらない考え方や政策を繰り出し、国際秩序を揺るがすこともいとわない。米国主導で構築され、日本も利益を享受してきた国際政治経済のシステムに何が起きていて、グローバルな秩序はどこへ向かいつつあるのだろうか。

 底流における変化は何年も前から始まっていた。国際秩序を支えてきた欧米諸国に焦点をあてて分析する意義は大きいと考え、日本経済研究センターは2023年に、第一線で活躍する専門家を招いて国際秩序に関する研究プロジェクトを立ち上げた。その研究成果として2024年春に報告書『転換期のリベラル国際秩序と西側世界』を刊行し、夏にその書籍版『漂流するリベラル国際秩序』(日本経済新聞出版)を上梓した。さらにこの春、新たなチームで第2弾の報告書『トランプ2.0の米欧世界とグローバル秩序』を世に問うた。

 この本は、その最新の報告書の内容を一般向けに再編集したものである。米国がジョー・バイデン政権だった時に刊行した前作に対し、今回はトランプ氏の大統領再登板を踏まえて考察した内容になっている。米国と欧州の政治状況を分析し、トランプ2.0のもとで米欧世界はどのように変貌する可能性があり、そのグローバルな秩序にもたらす影響は何か、といった点を論じた。

 各章のテーマには、「歴史的選挙イヤー」と呼ばれた2024年の米国と欧州における選挙と政治潮流の総括から、各国の世論を左右した移民問題の深層、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権の政策思想、米欧軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)の現在地とウクライナ戦争の行方、グローバル秩序の重要課題であるデジタル・人工知能(AI)分野の規制と脱炭素政策の議論まで、今を知り、今後を考えるために重要なものを選んだ。

 第1章では前嶋和弘・上智大学総合グローバル学部教授が、2024年の米大統領選挙を特徴づけた「未曽有の分断と拮抗」に照準を合わせて、米国の政治状況を読み解いた。平等や多様性を求める時代の動きに対して、反作用のように拒絶し反発する声が分断をもたらすとともに、保守とリベラル勢力の未曽有の拮抗状態も顕在化させた。この「病巣」が内政・外交の両面で米国政治の土台を大きく揺さぶっており、第2次トランプ政権下でもそうした状況が続くと予想している。

 第2章では渡邊啓貴・帝京大学法学部教授が、欧州のポピュリズム勢力の動向と論理を考察した。排外主義、多文化主義の否定、自分たちこそ「弱者」だという意識への訴えが特徴で、フランスの極右指導者ルペン氏は、「ライシテ(政教分離)」の考え方をイスラム教徒排除の議論に利用して勢力を拡大した。極右勢力は、経済合理主義でなく文化的アイデンティティを重視する「大欧州ナショナリズム」に基づく欧州統合を志向しており、その脈絡から親ロシアでも不思議はないと指摘している。

 第3章では安井明彦・みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部長が、トランプ再選の一因とされる米国の移民問題について論じた。移民急増による混乱が、格差などへの不満と相まって、支持政党を超えた対移民感情の悪化をもたらしており、米国経済の強みである移民流入の過度な抑制が避けられるかどうかは、秩序ある移民の受け入れに向けた議論の進展と、包摂的な成長の実現に左右されると分析している。

 第4章では岡部みどり・上智大学法学部教授が、欧州の重要政治課題である移民・難民政策の問題点を考察した。移民政策の厳格化を求める世論を背景に、多くの国が外国人受け入れの選別化を進めたが、選挙でポピュリスト政党の伸長を阻むには不十分で、欧州連合(EU)による庇護申請者の抑制策もこのままでは効果は不透明だと指摘している。対応として、受け入れ社会における労働者への影響に関する実証的研究とそれを踏まえた政策の強化が必要だと主張する。

 第5章では森聡・慶應義塾大学法学部教授が、ポスト冷戦期のリベラル覇権秩序がいかに形成され、それが第2次トランプ政権によってどのように変容しうるかを論じた。米国が国際秩序を主導・推進すべきとするリベラル国際主義は、冷戦終結後の米国の卓越した力の下でバージョン2.0へと変質した。バラク・オバマ、ジョー・バイデン両政権がバージョン1.5へと修正したが、第2次トランプ政権はリベラル国際主義の正統性を否定している。同盟を相対化し、管理貿易と脱価値的外交を推進して、大国間に新たな均衡が形成されれば、力と利益に基づいた多元的秩序へと変容しうる可能性を指摘した。

 第6章では広瀬佳一・防衛大学校総合安全保障研究科教授が、ウクライナ戦争がNATOに及ぼす影響を分析した。NATOは冷戦後、従来からの「集団防衛」に加え、民族紛争や対テロの「危機管理」、ロシアなどとのパートナー関係による「協調的安全保障」の3つの機能で欧州の安定を目指したが、この「NATOによる平和」路線はロシアのクリミア併合とウクライナ侵略で「集団防衛」のみへと後退し、ウクライナの停戦後の新たな欧州秩序へのNATOの役割もトランプ政権によって不透明になっていると指摘している。

 第7章では生貝直人・一橋大学大学院法学研究科教授が、第2次トランプ政権のデジタル政策を概観した。AI政策、偽・誤情報対策、通商政策と対中関係、競争・プライバシー・データ政策を取り上げ、現状と課題を論じた。EUの政策動向にも触れた上で、日本が注視していくべき点として、米国における州法の重要性の高まりと、プラットフォームやAI分野の規制を巡る米・EU関係など国際関係の影響、デジタル分野における国際的な規範形成の場が変化することへの対応をあげている。

 第8章では安藤淳・日本経済新聞編集委員が、米欧それぞれの脱炭素政策を展望した。米国は第2次トランプ政権のもとで、温暖化対策を撤回する決定が相次いだ。企業の長期的判断や州レベルの取り組みは維持されるとの見方もあるが、政策の一定の後退は避けがたい。一方、欧州でも従来の政策からの揺り戻しが起きているが、競争力を高め中国に対抗する狙いもあり、大きく後退すると見るべきではないと分析した。日本は欧州と研究開発などで連携を深めるべきだと説く。

 第9章は刀祢館久雄・日本経済研究センター研究主幹が担当し、冷戦終結後にグローバルな課題解決の考え方として浮上し注目されたグローバル・ガバナンスの現状を、①国連システム、②国際課税ルール、③国家間フォーラムとしてのG7、G20、BRICS――の3つを題材に考察した。中ロなど現状変更を試みる国家だけでなく、米国がしばしば自国優先に走ってグローバル・ガバナンスを毀損しており、トランプ2.0はその傾向を一段と強める可能性が高いと予想した。

 研究プロジェクトの企画・運営および報告書と書籍の編集は、日本経済研究センターの刀祢館が担当した。とりまとめに際しては、報告書としての結論めいたものは求めず、それぞれが専門性を生かして自由に執筆する論文集をめざした。高度な水準の内容でありながら、一般の読者にわかりやすいものを、という狙いを十分に満たすことができたと思う。ご寄稿いただいた方々に深くお礼申し上げる。

 世界から日々飛び込んでくるニュースの背景を知り、これからの日本と世界を考えるためのしっかりとした視座を得たい。この本は、そう考える読者にぜひ手に取っていただきたい。

2025年5月

日本経済研究センター研究主幹 刀祢館久雄

【目次】

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