その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は近岡裕さんの『 日産 最後のサバイバルプラン 転落の真因と復活への提言 』です。

【はじめに】

 日産自動車が経営危機に直面している。固定費を賄いきれず、2万人の削減と7工場の閉鎖という大規模なリストラに追い込まれた。新社長の就任と同時に発表されたこのリストラ内容をメディアはこぞって報じ、名門企業の窮地は誰もが知るところとなった。
 生活に密接に結びつき、宣伝を目にする機会の多いクルマという商品は、レピュテーションリスク(企業の評判を害する恐れ)を受けやすい。実際、その影響は販売の最前線にも及んでおり、日産自動車は販売台数の下方圧力を十分に跳ね返せないままでいる。

 2026年4月に、日産自動車は成長に向かう長期経営戦略(長期ビジョン)を発表した。リストラの進捗ではなく、その先にある前向きな将来展開を説明する趣旨だった。本社での会見後に技術開発の拠点である日産テクニカルセンターで開いた取材会では、通常は門外不出である開発中の新型車を数多く披露した上に、ソフトウエア定義車両(SDV)や全固体電池をはじめとする将来有望視される技術開発への取り組みを説明するなど、確かに「技術の日産」の底力を感じさせるものがあった。
 この長期ビジョンの内容を好意的に報じるメディアもある。だがその一方で、会場では厳しい評価の声が上がっていたのも事実だ。

 「大谷がホームランを100本打つと言ったら、いけるかもしれないって思うけど、実績のない若手投手が今年は10勝しますって言っても、信じられないんだよな」

 記者やモータージャーナリストが集まった会場から漏れ聞こえてきたこの言葉が、筆者には妙に説得力を持って聞こえた。大谷とは、米大リーグのドジャースに所属する大谷翔平選手のことだ。投打に活躍してしっかりと数字を残してきたこの選手と比べて、実績が伴っていない若手投手への期待感は、どうしても薄れてしまう。もちろん、この若手選手が今の日産自動車を暗喩していることは言うまでもない。
 将来の目標を懐疑的に見るのは意地が悪いかもしれないが、いまひとつ期待しきれない理由を忖度(そんたく)なく言わせてもらうと、多くのライバルがいる中で、日産自動車の業績だけが伸びるという確証も感触も得られないからだ。
 日産自動車は足元のリストラを済ませた後、人工知能(AI)を使った運転技術と、より多くの部品を共通化する設計手法とで稼ぐとエスピノーサ氏は説明した。方向性は間違っていない。これからAIを積極的に活用するのも、開発設計や部品の調達、生産面で効率化して利益率を高めようとするのも、むしろ当然と言える。だが、日産自動車だけの付加価値が見当たらず、他社との違いが感じられない上に、日産自動車は取り組みを開始するのが遅すぎる。
 AIを使った先進運転支援システム(ADAS)や自動運転の技術開発や実用化は、中国の自動車メーカーのほうが進んでいる。複数の車種をまたいだ部品の共通化設計、いわゆる「モジュラー設計」については、ドイツ・フォルクスワーゲンやトヨタ自動車などが既に多くの車種で実績を重ねている。つまり、AI活用でもモジュラー設計でも、日産自動車は周回遅れの感が否めない。
 たとえ出遅れて同じ方向に進む場合でも、質的に差を付けることで他社を上回ることは不可能ではない。ところが日産自動車の場合、実はそこが難しいと筆者は見ている。これまでも日産自動車は他社と似たような領域で勝負し、他社の後塵(じん)を拝してきたからだ。小型車からピックアップトラックまでのフルラインアップ戦略、世界最大の米国を主力市場に据えて稼ぐ戦略、ハイブリッド車と電気自動車を中心とする電動化戦略……。これらの戦略に、例えばトヨタ自動車との差異はあまりない。だが、両社の業績には大きな差がある。

 率直に言って、このままでは日産自動車が復活する姿は見えにくい。では、どうすればよいのか。

 日産自動車が復活する上で必須となる真因(問題を引き起こした本当の原因)の分析、および解決策の提案を試みたのが、本書である。筆者は、当時最高執行責任者(COO)だったカルロス・ゴーン氏が「日産リバイバル・プラン」を発表した1999年から同社を取材し続けており、自動車業界に限らず製造業全般を幅広く取材してきた。
 そうして培った知見や識者の人脈を生かし、本書ではトヨタ自動車をはじめ業績が好調な企業との比較から日産自動車の衰退の原因に切り込んだ。そして、日産自動車が現在の経営危機から立ち直り、持続的な成長に向かうために必要な解決策の提案を試みた。

 具体的には、3つの根本的な解決策(部品メーカーとの連携の再構築、部品種類の削減、売れるクルマづくりへの改革)と、2つの大胆な施策(追浜工場でトヨタ車を造る、ホンダ×日産の経営統合でトヨタに挑む)という提案を本書で行っている。

 日産自動車を支え、同社と発展を共にしている部品メーカーは皆、異口同音にこう語る。

 「日産には復活してほしい。いや、復活しなければならない」

 そう、日産自動車は自社が生き残るためであるのはもちろん、部品メーカーや設備メーカー、株主、そしてなにより、日産ファンをはじめとする顧客のために、復活しなければならない。しかも、一時的な黒字転換や利益の向上などではなく、持続的な成長を伴う復活を実現しなければならないのである。こうしたステークホルダー(利害関係者)の中に、これまでの経営について口さがないことを言う人はいても、日産自動車の復活を願わない人は、まず見当たらない。

 リバイバル・プラン以降、日産自動車は何度もリストラを重ねてきた。だが、中・長期的にはうまくいかず、縮小均衡を繰り返して現在の経営危機に至っている。持続的な復活を果たす上で、もう失敗は許されない。そのためには、耳に心地よく響く甘言も希望的観測も排除しなければならないと覚悟を決めて、筆者は執筆に臨んだつもりだ。

 本書を、製造業の取材歴29年の記者が、日産自動車に対して一切の忖度なく書き記した「最後のサバイバルプラン」と受け取ってもらえたら幸いである。

 ビジネスパーソンにとって、日産自動車に起きていることは、決して対岸の火事ではない。どの企業にも、日産自動車が抱えているものと似たような課題に直面する可能性はあるからだ。今は経営が順調な企業であっても、明日は深刻な課題を抱え、それを乗り越えなければ生き残れないという日が来るかもしれない。
 ほんの少しでも油断すれば、どんな企業であっても経営が危うくなり得る時代に突入した。そう言っても過言ではないほど、世界は競争が激しくなり、そして高速に変化している。我が社は安泰だなどと思っている企業は、明日の日産自動車かもしれないということだ。

 本書を手に取っていただいた方にとって、自社を含めて日本企業の持続的な成長を考える機会となれば幸いだ。本書の存在理由は、その一点にあると信じて筆者は筆を執った。その意味では、多くの企業にとっての「最後のサバイバルプラン」であると言えるかもしれない。

2026年6月  近岡 裕


【目次】

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