その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は細谷功さんの『 ビジネス思考力を鍛える クイズで特訓50問 』です。

【はじめに】

問1 どちらが正解?/基礎

 皆さんは次のどちらが正しいと思いますか? 各々どちらかを選んでください。

Q1:部下に対して、A「ほめて育てる」のか B「叱って育てる」のか
Q2:国民全員に不公平が生じないように、A全員に同額の補助金を給付する
   B所得に応じて低所得者には厚めに高所得者には薄めに補助金を給付する Q3:顧客の要望は、A聞くべきか B聞かざるべきか
Q4:A仕事はできるが嫌われる人を採用する
   B人に好かれるが仕事ができない人を採用する
Q5:A理想より現実を優先して、軍備増強に関して真剣に議論すべきである
   B現実より理想を重視して、そもそも軍備増強のこと等一切語るべきではない

【解答】

「正解はない」(すべては状況や前提条件による)

 いきなり第1問から何を言い出すんだと思ったかもしれません。50問の問題に答えてもらうことで思考力を養うと言いながら「答えがなければ養いようがないではないか」と思ったかもしれません。
 5問をそれぞれ真剣に考えてみればすぐに「そんなの時と場合によって違うだろう」という結論になった人も多かったでしょう。このように、すべての問題は人によって、前提条件によって、つまりは時と場合によって適切な答えは異なります。ところが実際の世の中では、知識人と言われる人も含めて「前提条件を自分の視野や過去の経験から勝手に設定して」かつ「そのこと自体に気がつかないまま」それがすべてであるかのように「正しい」ことであると考えられていることがあります。

 逆説的に言いますが、「自分で考える」ための思考力を養ううえで最も重要で、50問中の一問目であえて最初に発したいメッセージは、以下のような根本的な姿勢を否定することなのです。
 ・問題には正解が必ずある
 ・「偉い人」(有名な学者、会社の上司、学校の先生、子供の時の親)は答えを知っているのでその人に正解を聞けばよい
 ・問題集には巻末に正解が載っている
 この程度のことであれば「そんなことわかっているよ」という人がいるかもしれません。すべての問題に正解があるとは思っていない人は多いと思いますが、それでも「ほとんどの問題には正解がある」と思っている人は多いように見えます。それはなぜかと言えば、ひとえに図1に示すように「見ている視野が狭いから」です(図1)。
 このため成績を決める多くの試験や「客観的な基準」で評価をしようとする会社の評価制度等は、「ほんのわずかな正解のある世界」を前提に設計されているように見えます。

図1 実際の社会には正解がある問題はほとんどない
図1 実際の社会には正解がある問題はほとんどない
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 さらに実社会で頻繁に見られる事象として、例えばSNS上のやり取りでは、世の中の問題に「正解と不正解がある」という前提で話をしていると思われる人が圧倒的な多数派に見えます。(簡単な判定方法は、会話の中に「正しい」「間違い」という言葉が出てくるかどうかです)建設的な批判は社会を成長させるうえで不可欠なものですが、SNS上のほとんどの批判は建設的なものでなく、(自分という)「正義」を広めることで「わかっていない他人」という悪を懲らしめるという構図に基づいているように見えます。炎上や誹謗中傷のほとんどは「正義感」からきているという意見もあります。

 世の中に「正解がある」と思っている人たちは、世の専門家や有名人にこのような質問を投げかけます。

「どの株を買えばよいですか?」
「どの本を読めばよいですか?」

「自分の頭で考える」人はこう答えるでしょう。

「知りませんよ、そんなこと。人によって違うでしょ!?」
 逆に上記のような質問に、ろくに相手の事情も確認せずにすらすらと「○○をお勧めします」と答える人も、「正解」(=自分の意見)が存在しているという前提で発言している人です。
 本書のテーマが「自分の頭で考える」ことを前提とすれば、出てくる「答え」は事情がすべて異なる個人間で本来違うものになるはずです。

 ということで本書は一問一答のような形をとりながら、ほとんどの答えは受験問題集にあるような「唯一の正解」を示したものではありません。

 ページをめくった2ページ目はすべて「自分で考えてください」で終わらせることもできるわけですが(まじめにそのような学校や本があっても良いと思っています。さらに言えば問題のページも同じく「自分で考えてください」が本来あるべき理想的な「自分で考えるための教材」です)、それではあまりに無責任だと著者の余計な親切心がささやいていますので、各問題にはあくまでも皆さんが自分で考えるためのガイドラインを載せておきます。
 ただしくれぐれも念を押しておきますが、それらのほとんどは「正解」でも何でもありません。
「自分の考え方や結論の方がはるかに良い」と思ったならば、ただちに本書を置いて身の回りの問題を自分で考え始めてください。幸か不幸か、それが本書が目指す最高の姿だからです。

 もう一点補足しておきます。それはどういう問題に正解があって、どういう問題に正解がないかです。第1問への正解がないのは、それらがすべて「状況による」からです。言い換えれば、問題というのは前提条件によって、すべて最適な答えが異なるということです。裏を返せば、試験問題のように「正解がある」問題というのは極めて限定的な範囲(例えば受験の世界の「教科書的な世界」)においてなので、正解や不正解が決められるということになります。それが先の図で示したような、現実の世界では極めて限定的な世界でしか唯一絶対の正解はないことの意味合いです。
「前提条件」の典型的な例は「言葉の定義」です。「公平」や「不公平」あるいは「平等」「不平等」という言葉は大変な曲者です。これらには大きく「結果が一緒になる」と「機会が一緒である」の両方が考えられるのですが、これを皆自分にとって都合の良いほうに解釈して、どちらが正しいとか間違いとか議論していることがあります。
 このことを別の側面から見てみると、問題が与えられた時に必要なことは「前提条件を確認して誰にでも誤解がないように明確に定義すること」になるのですが、実際の社会では先に述べた通りこれがなされる前に議論が始められて、各自が勝手な前提条件で「正しい」「間違っている」と言い合っていることがほとんどなのです。
 ここまでの話と矛盾するようですが、本書にも「正解がある」問題が数多く存在します。そのような問題には必ず、その問題の範囲を限定するような前提条件が存在するので、それらの問題を通じて実社会においても「前提条件を確認すること」の重要性が伝わればと思っています。

 本書はこのように一風変わった「問題集」になります。本書を通じて前提条件を含めて「自分で考える」癖付けとそのためのきっかけをつかんでもらえれば、本書の目的は達成されたことになるでしょう。
 なお各問題には目安として「基礎」「応用」「実践」の見出しをつけました。必ずしも難易度の順というわけではなく、解答の自由度の順という位置づけで、概ね次のような基準であると理解してください。
「基礎」・・・ 基本的な事項の確認で「正解がある」問題も多い。むしろ次の解説を読むための要点の確認を先に行うという位置づけのもの
「応用」・・・ おそらく最も考えどころの多い問題で、正解は一つでないことが多いが考え方の方向性を解説で示したもの
「実践」・・・ 自分自身はどうかという実践例に当てはめてみるという問題で、文字通り「なんでも正解になりうる」もの

 それでは50問の旅に、どうぞ行ってらっしゃい。

【目次】

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