その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は藤掛直人さんの 『ファンをつくる力 デジタルで仕組み化できる、2年で25倍増の顧客分析マーケティング』 です。

【はじめに】

ファンはすべての原動力になる

 2021年3月、川崎ブレイブサンダースは天皇杯で優勝し、プロバスケットボールリーグであるB・LEAGUE(Bリーグ)発足以降初のタイトルを獲得しました。
 決勝戦の相手は宇都宮ブレックス。場所はさいたまスーパーアリーナ。

 実は4年前にも同じ組み合わせで決勝戦が行われました。
 Bリーグ初年度の2017年5月のチャンピオンシップ※ ファイナルです。

※リーグ戦の年間優勝チームを決めるためのトーナメント戦

 田臥勇太選手も所属する栃木ブレックス(現・宇都宮ブレックス)は、当時からBリーグで最も人気のあるチームの1つでした。まだ私が携わる前だったため、直接会場で見たわけではありません。ただ、どちらのホームでもない中立地であるはずの代々木第一体育館※ が、ブレックスのチームカラーである黄色いTシャツを着用したファンで埋め尽くされていたと聞きます。川崎ブレイブサンダースのチームカラーである赤は少なく、まるでブレックスのホーム会場のようだったと当時の関係者は口を揃えます。
 それほど両チームのファン数に差があったのです。そして、その年のレギュラーシーズンで勝率1位だった川崎ブレイブサンダースは決勝戦で惜敗し、ブレックスが優勝しました。

※国立代々木競技場第一体育館

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↓ 2年かけてファンが増えた、川崎ブレイブサンダースのホームアリーナ

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 それから4年経った、同じ組み合わせの天皇杯決勝戦。今回の会場である、さいたまスーパーアリーナを埋め尽くすファンの雰囲気は様変わりしていました。赤色が黄色と同じくらい。いや、贔屓目の自分には赤色のほうが多く、応援も勢いがあるように感じました。
 集まってくださったファミリー※ の皆さんによる応援の後押しもあり、Bリーグ発足以降無冠だった川崎ブレイブサンダースがついにタイトルを獲得したのです。ファンが増え、その力で優勝したことに心が震えました。

※川崎ブレイブサンダースでは、応援してくださる皆様をファミリーと呼びます。以後、本書では一般に理解しやすいよう「ファン」と記載します。

 そして、
「ファンが増えましたね」
そう言っていただけることが増えました。

 特に、川崎ブレイブサンダースのデジタル面での取り組みを知っていただき、その文脈の中で触れていただくことが多いです。
・YouTubeチャンネル登録者数10万人突破(Jリーグ・Bリーグ合わせて1位)
・TikTokフォロワー数10万人突破(日本のプロスポーツクラブで読売ジャイアンツに次ぐ2位)
 Bリーグのクラブの売上規模は、プロ野球の約1/10、Jリーグ(プロサッカー)の約1/5と言われているため、驚きをもって見られることがほとんどです。
 特に2年前は4000人だったYouTubeチャンネル登録者が、25倍の10万人を突破したことは多くのメディアにも取り上げていただきました。

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 そして、これらのデジタル戦略は、試合への動員に結びついています。DeNA承継前の1試合平均来場者数はBリーグ7位でしたが、承継3年目には1位まで押し上げることができました。また、連動してチケット以外の売上も伸び、2年で2倍近い売上増を達成しています。

 つまり、川崎ブレイブサンダースではファンを増やすことができた結果、チケット売上やスポンサー売上などの事業成績につながり、話題にもつながり、そしてチームの勝利にも結びついたのです。

あらゆる仕事で「ファンをつくる力」は必要不可欠

 プロスポーツビジネスという一見特殊な業界のため、他の業界の方からは全く別世界の活動として見られがちです。しかし、そんなことはありません。戦略的にデータやデジタルを活用することによってファン層を拡大したという、一般の企業活動と変わらない努力の結果です。
 もちろん各選手の丁寧なファンサービスや心震わせるプレーが、ファンを増やした大きな要素であることに違いありません。ただ、その良さを世に知らしめるための事業努力も欠かせませんでした。
 どんなに良い製品やサービスも、知ってもらう努力をしないと売れません。チームや選手の良さを広める活動の重要性は一般の企業におけるマーケティング活動の重要性となんら変わるところはないのです。

 そもそもファンって、スポーツや芸能の世界だけの話じゃないの? と思う方もいらっしゃると思います。
 しかし、私はファンを「ブランドやプロダクトの個性を支持し、意識的にリピートし続けてくれる人」と捉えています。Apple信者やスバリスト、ザラジョなどの言葉があるように、商品・店舗・サービスあらゆるものにファンは存在するのです。

 そして2割のコアファンが売上の8割を生んでいるというパレートの法則からも分かる通り、売上におけるファンの重要性について疑う余地はないでしょう。
 加えてSNSが発達して、顧客の熱狂が伝播しやすい時代になりました。例えば、あなたもSNSでつながっている友人の熱心な投稿を見て、何かにはまった経験はないでしょうか。「いいね!」がたくさん付いてバズっているコンテンツを見て、興味を持った経験はないでしょうか。
 シェアや口コミはもちろん、視聴やいいね!に至るまで、ブランドに対するあらゆる行動が意味をなします。ファンの行動が次のファンを生み出してくれるのです。その結果、ファンは益々重要な存在になっています。

 ファンの存在は消費者向けビジネスの方が意識しやすいですが、企業向けビジネスでも同様です。むしろ消費者向けほどレビュー情報が出回っていない分、信頼できる人からの推薦が決断の決め手になることが多いのです。つまり対企業ビジネスでもファンになってもらうことは重要なのです。

 つまり、売上や市場拡大など、ビジネス成長における悩みの多くは「ファン」の存在が解決してくれます。これからの時代を生きる上で、あらゆる業種・職種において「ファンをつくる力」は必要不可欠なのです。

「ファンをつくる」は、仕組み化できる

「ファンをつくる力」というと特殊技能のようですが、分解すると、実は再現性のある形に落とし込めます。ファンづくりは仕組み化できるのです。

ファンづくりは3つのプロセスに分解できます。
 ①個性の定義と体現
 ②体験価値の最大化
 ③体験人数の増加

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「①個性の定義と体現」による共感はベースとして必要です。ただ、特に重要なのは「②体験価値の最大化」と「③体験人数の増加」の2つです。似たような個性を掲げたブランド・プロダクトでも、この②③の実行力の差が最終的な成否に直結するのです。なぜなら、どれだけ共感しやすい個性を持ったブランド・プロダクトであっても、結局は良いものでないとファンにならないし、そもそも体験しないことにはファンにならないからです。

 この3つのプロセスを精度高く実現することさえできれば、ファンがファンを生み、熱狂が熱狂を呼ぶ、そんな好循環の波に乗ることができます。

 しかし言うは易しで、現実には様々な障壁があり難しいものです。それでも川崎ブレイブサンダースでは、データ活用とデジタル施策によって体験価値向上と体験人数増加に成功しました。
 本書では前ページの図のように、データ活用とデジタル施策の2軸で「体験価値の最大化」と「体験人数の増加」の実現について、川崎ブレイブサンダースでの経験を事例に用いて解説します。

 これからの時代、ファンがつかないブランド、サービス、商品、個人は生き残っていけません。この本はスポーツビジネスという一環境における個別の施策について詳細に論ずる書籍ではありません。
 人でもモノでもない「川崎ブレイブサンダース」というブランドが、デジタルを活用してファンを増やした戦略・秘密を、あらゆるビジネスでも応用できるエッセンスとして抽出してお伝えする書籍です。エピソードや背景をふんだんに盛り込むことで現場の生々しさもお伝えし、役立ちつつも飽きない内容を目指しました。

 スポーツビジネスに興味のある方はもちろん、あらゆるブランド、サービス、モノに携わる方のお役に立てますと幸いです。


【目次】

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