その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西川幸孝さんの『 だから報連相は、うまくいかない。 個が育ち「決める力」を持つ集団のつくり方 』です。

【はじめに】

日本に蔓延する「意思決定不全」

 2024年は驚きの幕開けとなった。
 1月1日に能登半島地震が発生し、翌2日には羽田空港滑走路におけるJAL(日本航空)機と海上保安庁航空機の衝突炎上事故が起きた。JAL機においては機体が燃え上がるなか、乗客・乗員379名全員が11分間で無事脱出に成功し、この危機対応に対して世界から称賛が寄せられた。
 私自身この結果に大きな感銘を受けると同時に、2011年の東日本大震災における大川小学校の悲劇が対比的に思い出されたのである。大川小学校は避難場所もごく近くにあり、地震発生から津波到来まで避難するのに十分な時間があったのに、学校管理下にあった88名のうち助かった児童はわずか4名だった。事故と自然災害、その形態は違うものの、2つの危機がもたらした結果はあまりに対照的で、その違いが意思決定のあり方から導かれたものであることはほどなく理解できた。
 日本の企業ではコンセンサス形成が重視され、そのために「報連相(ホウレンソウ)」が求められることが実に多い。大川小学校での避難の際の意思決定も、危機が迫るなか、必死で報連相を行いながらコンセンサスを形成する作業がなされていたのである。
 私は、人事労務を主要テーマとする経営コンサルティングを本来業務としているが、日本企業の意思決定のあり方に対する問題意識があり、それが「失われた30年」の要因のひとつではないかという見解を持っていた。そして2024年正月の出来事を契機として、日本企業の意思決定不全の問題を体系的に捉え、言語化してみたいと考えるに至ったのである。これが、私が本書の執筆に向かった理由である。

集団形成本能と企業という人間集団

 意思決定に関する考察を進めていくなかで、意思決定はそれ自体単独で存在するのではなく、その背景にある標準化の状況が影響を与えること、そして組織内のコミュニケーションや集団形成のあり方そのものにも関係することをあらためて確認した。
 集団形成は人間の本性に関わることである。これは、拙著『物語コーポレーションものがたり』でも示した内容である。
 人類は進化の過程で、数百万年にわたり集団を形成し、狩猟採集生活を送ることで生存してきた。その結果、人間は集団を形成し、他者と協力・支援し合うなどの心理的な傾向性が備わったと考えられている。こうした心理的特性は、現代人にも受け継がれており、日常生活のなかでもさまざまな形で表れる。ここまでは、進化心理学で定説となっている考え方である。なお、「集団を形成し、他者と協力・支援し合うなどの心理的な傾向性」を、本書ではアカデミックな厳密さよりもわかりやすさを重視して「集団形成本能」と呼ぶこととする。
 以下は本文でも述べている、本書の前提となる私見による仮説である。なおこの仮説は、私自身多くの企業に関与してきたなかで形成されたものであるが、あくまで個人的な見解なので、読者のご意見を仰ぎたい。

 「現代の企業は、狩猟採集時代の集団にオーバーラップする。目標としての売上などの『獲物』が明確であり、集団アイデンティティが存在し、メンバー同士がお互いを親しく知ってコミュニケーションがとられ、一定のルールが存在した場合、社員は人間に備わった協力や教示、そして自分の役割を果たすなどの行動をとる可能性が高まる。つまり、人間の集団形成本能に合致した組織づくりを行っていくことが、人間に備わった本来の能力、行動を引き出し、その結果、人間集団である企業のパフォーマンスも向上していくことが期待できる」

 本書では、人間に備わった本来の能力や行動を引き出すために必要な、組織形成の基本、チームづくり、コミュニケーションのあり方、集団のシンボル(印)の持ち方等についても取り上げた。

社員を「トータルな人間」として捉える

 企業活動を適切に導いていくためには、経営者・社員の意思決定を含む行動を最適化していく必要がある。しかし、人間の行動は簡単には変わらない。理性によって合理的に導かれる行動は全体のごく一部であり、ある状況下で特定の行動を生み出す原動力になるのは習慣や情動の力である。そのため、社員を理性によって行動する合理的存在としてみるのではなく、さまざまな感情や認識のバイアスを持つ「トータルな人間」として捉える必要がある。そのうえで、社員が生き生きと行動し機能を発揮できるようになるために、マネジメントとしてどのような働きかけを行っていくべきかを考えることも、本書の重要なテーマである。
 社員を「トータルな人間」として捉えるマネジメントを行っている企業として、飲食業を営む物語コーポレーションと食品スーパーを営むクックマートの事例を詳しく紹介する。両社ともに私が深く関わる企業であり、そこから大きな学びを得たものである。
 物語コーポレーションについては、採用をテーマとする拙著『小さくても「人」が集まる会社』でその人材施策を紹介した。その後、『物語コーポレーションものがたり』でその全体像を取り上げ、今回が3度目の事例紹介となる。
 クックマートは初めての紹介となるが、成長戦略の中心に組織戦略を置き、非常に特徴あるコミュニケーション施策や人材活用施策を展開しており、多くの企業の参考になるものと考えている。

標準化による後戻りしない経営

 本書の最後で、社員の成長にも大きな影響を与える標準化への取り組みについて取り上げた。
 企業は営利を求める人間集団であると同時に、社会のなかの小さな社会でもある。社会において文化が発展していくように、企業という小社会のなかで、知識や技術、さまざまなノウハウといった「標準」を発展させていくのが企業経営の核心的部分だ。
 策定された「標準」が社員に共有されることで、そこに含まれる知識・ノウハウが組織全体に行き渡る。その「標準」に対して改革・改善が行われると、それが新しい「標準」となる。つまり、標準化プロセスを全社的に展開していくことで、「標準」の累積的進化が実現するのだ。これは、社会において文化が累積的に進化していくのと同様のアルゴリズムによるものである。
 この視点に立ち、本書では、企業が展開すべき標準化プロセスについて述べるとともに、個人・集団の学習メカニズムについても取り上げた。

 本書の内容が、企業の活力向上や発展を目指す経営者・管理者、そして企業で働き成長を目指す人々に少しでも参考になれば、これ以上の喜びはない。

  2025年6月

西川 幸孝

【目次】

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