その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西井敏恭さんの『 「顧客が増え続ける」科学 デジタル時代のマーケティング新定跡 』です。

【はじめに】

 筆者がマーケティングの世界に入って20年以上がたちました。20代の頃に会社を辞めて2年以上をかけて世界一周をしていた際、自作のWEBサイトで旅行記(今でいうブログ)を書いていたところ、ある出版社の目に留まり、書籍を出版することになりました。その経験から「インターネットは面白い」という理由だけでこの世界に飛び込みました。

 マーケティングの世界に入った最初の段階ではSEO(検索エンジン最適化)、WEB広告を活用。その後、SNSマーケティングなどを駆使して、気付けば「デジタルマーケティングの人」と呼ばれるようになりました。

 2025年現在、筆者はEC領域に限らず、レストラン、観光業、スポーツビジネスなど、自社事業も含めて、幅広い業種のマーケティングに関わっています。これらの多くはオフライン中心のビジネスで、マーケティングにWEB広告をほとんど使わないケースも多くあります。

 私たちは今、スマートフォンが生活の一部となり、SNSやECサイトを通じて、いつでもどこでも情報収集や購買ができる時代に生きています。この「デジタル時代」において、マーケティングは単に「手法がデジタルに変わった」という表面的な変化にとどまらず、もっと根本的な変化を迎えています。

 本書で扱う「デジタル時代のマーケティング」とは、例えばSEOや検索連動型広告、SNS運用といった施策の話に閉じられた内容ではありません。もちろんそれらも重要な要素ではありますが、本書で焦点を定めるのは、「デジタルの活用」が広がったことによって、生活者の意思決定プロセスや購買行動がどのように変わり、それに対してマーケティングの考え方や前提がどう進化すべきかという点にあります。

 デジタル環境が当たり前になった今、私たちは常に無数の選択肢に囲まれ、判断の基準も多様化しています。企業と生活者の関係性も、「発信する側」と「受け取る側」という一方向のものではなくなりました。SNSやレビュー文化の普及により、企業よりも生活者同士の声のほうが購買に大きな影響を与えることも珍しくありません。このような環境下で、従来のマスマーケティングに基づく「型」は、しばしば機能しなくなりつつあります。

 一方で、マーケティングは“勘や経験”ではなく、“科学的な思考”で取り組むべき領域にもなっています。デジタル技術の発展によって、生活者の行動は詳細にデータとして捉えられるようになりました。どの施策がどのように作用したのかを、仮説と検証のサイクルを通じて明らかにすることができるようになったのです。これはまさに「マーケティングの科学化」といえるでしょう。

 この変化を理解する上で、本書では「定跡(じょうせき)」という将棋の概念を一つの比喩として用いています。

 将棋における定跡とは、最善手を追求する中で長年にわたり蓄積された「勝つための型」のようなものです。経験と知識に裏付けられた定跡は、初心者にとっては学ぶべき道筋であり、上級者にとっても基礎となる盤面の指針です。しかし近年、この定跡に大きな変化が起きました。言うまでもなく、その背景にはAI(人工知能)の登場があります。

 将棋界では、AIが本格的に導入されてから10年以上がたちました。AIは人間の感覚では見過ごされていた一手や戦型を高精度にシミュレーションし、勝率の高いパターンを可視化します。その結果、過去には評価されていなかった手順が「実は合理的だった」と再評価され、新しい定跡が生まれ、古い定跡が姿を消すという現象が起きています。これは、知識が“感覚の体系”から“統計的・数理的な体系”へと移行したことを意味します。

 マーケティングにおいても、まさに同じことが起きています。

 これまでのマーケティングも、多くの実践知や経験則に基づいた“定跡”が存在してきました。「ブランド認知から始めよう」「マーケティングの4Pを意識して施策を組もう」「まずはマスメディアで広く伝えよう」。そういった従来型のフレームワークは一定の成果を上げてきたものの、今のように環境が変化し、生活者の行動が多様化する中では、必ずしもその“型”が最適解であり続けるとは限りません。

 むしろ、マーケティングにもAIやデータ分析が取り入れられた今、新たな「勝ちパターン」、すなわち「新定跡」が見え始めています。そしてそれは、固定化されたものではなく、状況や業種、タイミングに応じて常に変化し続けています。大切なのは、過去の成功に縛られすぎず、目の前のデータと状況を科学的に捉えながら、最適な一手を見いだしていくことです。

 本書では、そうした“変化し続ける定跡”の時代におけるマーケティングの考え方と、その裏付けとなる科学的手法を、実例や理論を交えて解説していきます。読者の皆さまには、これからの時代に適応するための視座を養っていただくとともに、自らのビジネスにおいて“新しい定跡”を見つける手がかりとして活用していただければ幸いです。

 「デジタル時代」「科学」「定跡」

 これら3つのキーワードを踏まえて、マーケティングの担当者だけではなく、ぜひ会社の経営者や今後経営に携わる方にも読んでいただければと思います。

株式会社シンクロ 代表取締役社長 西井敏恭


【目次】

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