その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は、2022年6月2日に逝去された出井伸之さんの 『個のイノベーション -対談集-』 です。


【はじめに】

 ソニーの社長時代、マイケル・ジャクソンを見ていて感じたことがある。

 マイケルはソニー・ミュージックの専属ミュージシャンだったが、ソニー・グループ全体を率いていた私に直接、頻繁に連絡してきた。音楽の担当者はいるし、ソニー・ミュージックの社長ももちろんいる。だが、私にいろんな相談を持ちかけてきたのだ。

 彼はいろいろとやりたかった。しかし、担当者や役員、音楽会社の社長では、どうしても権限の範囲が決まっており、それを超えることは難しい。そこで、私に電話をかけてきたのだ。これはマイケルに限らず、マライア・キャリーも同じだった。

 アメリカのミュージシャンたちは、当時からすでに「個」が確立していた。だから、強かったし、イノベーティブなものが次々に生まれていったのだと思う。そのときから、日本もやがて「個」が求められてくるようになるに違いない、と感じていた。

 実際、マイケルやマライアのアクションと、日本のエンターテインメントを比べてみると、とてもわかりやすい。ミュージシャンであれ、俳優であれ、彼ら彼女らは事務所やエージェンシーに所属する。そして多くが、所属する会社の言う通りに活動する。

 それこそレコード会社のトップ、ましてやレコード会社の親会社のトップに直訴する、などということはないだろう。日本は「個」ではなく、組織で動いていくのだ。

 だから、日本はイノベーションが遅れたのである、と私は思う。「個」の尖りを、組織は押しとどめてしまった。そして結果的に、エンターテインメントは韓国にすっかりお株を奪われてしまった。アジア市場でも、アメリカにおいても、圧倒的な存在感を持っているのは、K-POPをはじめとする韓国のエンターテインメントだ。

 だが、これはエンターテインメントの領域に限らない。日本は組織、もっといえば「会社」という概念が強すぎるのである。会社の概念では、「個」は薄くなる。そうすると、どうしても尖ったものは出てこない。

 一方で、組織から外に飛び出した人たちは、次々にイノベーションを起こしていく。まさに「個」だからだ。イノベーションは「個」が生み出しているのだ。

 最近では、会社から部門ごとごっそりと抜けたところが、輝きを取り戻したりすることがある。これも「個」のイノベーションの一つだと思う。会社という組織から抜け出し、みんなが一緒にやっていたところからバラバラになることによってイノベーションが生まれたのである。

 日本は経済が停滞して久しい。いかにしてここから脱却できるか、さまざまなチャレンジが行われてきたが、うまくいっている事例はまだまだ少ない。そこで私が提案するのが、「個」の再定義であり、「個」のイノベーションを意識していくことだ。

 インターネットに乗り遅れたことを、日本の停滞の理由にしてはいけない。日本企業がいかに社員を縛り付けていたか。「会社」がいかに日本人をがんじがらめにしていたか。それこそ、まるで言論統制をしていたかのように、個人は会社や組織にとらわれていた。

 これからは「個」をもっと意識するべきだ。「個」の発想から生まれるイノベーションに踏み込むことだ。会社員も、大学の先生も変わっていかないといけない。「自分はこの担当だから」「ほかのことはよくわからない」は、組織の発想である。「個」で考えれば、すべてはつながっているのだ。

 日本に求められているのは、閉塞した状況を「個」が突き破っていくことだ。ダイバーシティーという流れも、まさしく「個」に向かう変化である。

 では、具体的にどうすればいいのか。そこで本書では私が「今こそ、この人に話を聞くべきだ」と感じてきた6人の「個」のプロフェッショナルにご登場をいただき、私とさまざまにディスカッションさせていただくことにした。

 彼らの強烈なエネルギーとともに、これからの「個」の突き破り方について、さらには彼らが見ている世界について、学びを深めていただければ幸いである。

【目次】

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