その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日経トップリーダーの 『なぜ倒産 令和・粉飾編―破綻18社に学ぶ失敗の法則』 です。
[はじめに]日経トップリーダー編集長 小平和良
「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある。」――ロシアの小説家、トルストイが『アンナ・カレーニナ』の冒頭に書き記した至言です(望月哲男訳)。
しかし、さまざまな会社を長年取材してきて私たちが感じるのは、企業経営における法則は逆ではないかということです。成功している企業の成功の形はそれぞれに異なり、バラエティー豊かであるのに対して、企業が駄目になるときには、お決まりのパターンがあるようです。
私たち、日経トップリーダーは1984年に創刊した企業経営者向けの月刊誌です。原則として書店では販売せず、読者のご自宅やオフィスに直接、お届けする直販の雑誌なので、ご存じない方も多いと思います。約4万人の方々にお読みいただき、そのほとんどがオーナー経営者です。
私たちは長年、倒産を取材してきました。1992年に連載を開始した「破綻の真相」(連載開始時は「倒産の研究」)は30年続く人気コラムで、毎月、記者が注目する最近の倒産事例1社に焦点を当て、その経緯と理由を掘り下げて取材します。
本書では令和以降を中心に、私たちが取材してきた近年の経営破綻の事例から、普遍的な失敗の法則を探ります。
連載を愛読する経営者の方々は、口々にこうおっしゃいます。
「成功事例より、失敗事例を知りたい。成功に学ぶより、失敗に学びたい」
私たちは、成功している企業も取材しています。一般に名前は知られていない中小企業でも、ある分野で世界トップシェアを握っていたり、コアなファンに支持されていたりして、高収益を誇る企業は多くあります。こうした企業の経営者や経営方針、ビジネスモデルはそれぞれにユニークで、取材する私たちを魅了しますが、ほかの企業がそのまま真似しようとしても、なかなか難しいというのも事実です。
一方で、駄目になっていく会社というのは驚くほど似ています。30年にわたって倒産を取材していると、いくつかの類型があることにおのずと気づかされます。そんな失敗の定石を学べば、最悪の事態だけは避けられるはず。そういう絶対に踏んではならない地雷こそ知りたい。そう願う人は経営者だけでなく、一般のビジネスパーソンにも多くいると思います。
本書は『なぜ倒産』シリーズの第3弾になります。第1弾 『なぜ倒産 23社の破綻に学ぶ失敗の法則』 (2018年刊行)では2013~17年の破綻事例を分析し、第2弾 『なぜ倒産 平成倒産史編』 (2019年刊行)では、およそ四半世紀の日本経済史を経営破綻の事例研究で振り返りました。本書は前作、前々作を全く知らない方でも読んでいただける内容になっていますが、ご興味のある方は、併せて手に取っていただければと思います。
これまでのシリーズを読んだ方々から、こんな意見をいただきました。
「放漫経営だったり、無理な事業拡大だったり、すべて事実なのだろうが、どれも『まともな経営者』のやることとは思えない」
「冷静に自社を客観視できれば避けられることばかりだ」
一面の真理だと思います。倒産に限らず、あらゆる失敗がそうだと思いますが、致命的と思える失敗のほとんどは、全く予期していなかったところに突然、起きるものではありません。本人も薄々、「このままだとまずいことになるんじゃないか」とどこかで感じる「よくない状態」がもともとあり、しかし、何らかの事情でその状態を放置してしまった結果として起きるものです。第三者の目から見ればおそらく、問題点はもっと容易に、明確に見通せるでしょう。
本書では、経営破綻を経験した経営者の証言も多く紹介しますが、その中に、このような証言があります。「経営していて不安に感じ始める部分は、いわば病巣。初期の段階で解消する手を打つべきだったと痛感している」――。ずっと感じていた違和感を放置すべきでなかったという反省です。違和感を認識した後で、病巣を特定して取り除くのも簡単ではありませんが、漠然とした違和感を直視することが大きな失敗を避ける最初の一歩になるのでしょう。企業経営において致命的な失敗を避けるために感じ取るべき予兆、違和感は何か。本書が、それを知る一助になれば幸いです。
ここで「倒産」という言葉が意味するものについて少し補足したいと思います。倒産の定義については第1章で詳述しますが、倒産とは「会社の死」を意味するものではありません。「支払うべきお金が支払えなくなった」ことを指します。倒産しても会社が生き残ることはあり、本書で取り上げた破綻企業の中にも、その後、スポンサーの支援を得るなどして再生している企業もあります。ですから読んでいて「あれ、この会社は過去に倒産していたのか」と、驚かれることもあるかもしれません。
過去に破綻した企業が再生に成功し、今、しっかりと経営されているとすれば、企業経営を応援する私たちとしてはうれしいことです。経営破綻を分析するのは、あくまで過去の経験を未来に生かしたいからであり、個別の企業を誹謗(ひぼう)中傷する意図はないことを、ご理解いただければ幸いです。
この点と関連して、本書では破綻企業の元経営者の名前は原則として匿名にしています。雑誌掲載時は報道の原則に従って実名で書いていますし、今ならばネット検索で簡単に実名が分かってしまうかもしれません。それでも匿名にしたのは、経営破綻から時を経て、元経営者が歩まれている新しい人生を大事にしたいからです。
掲載した情報は基本的に記事掲載時のものです。社名、人物の肩書、取引状況などが本書発行時とは異なる可能性もありますが、ご理解ください。
本書は5章構成です。
第1章では、近年、目立つ粉飾倒産に焦点を当てます。会社の実態をよく見せたいという「経営の嘘」が破綻に至るプロセスを、2人の経営者の告白を軸に解説します。
第2~4章では、経営破綻の事例を「成長期の倒産」「停滞期の倒産」「突然の倒産」という3類型に分けて紹介します。企業の成長にはリスクも伴います。脚光を浴びた急成長企業が経営破綻することは多くあり、第2章では、その理由をひもときます。第3章では逆に、創業当初の成長を支えたビジネスモデルが古くなり、陳腐化した後に起きる問題を取り上げます。第4章は、外注先とのトラブルや社員の不正などから突然、倒産したケースを紹介します。あっけない倒産劇を分析すると、収益基盤の脆(もろ)さやリスク管理の甘さが見えてきます。
第5章では、創業200年を超える和食器販売の老舗たち吉を事実上の倒産に導いた14代目が、詳細な経緯と胸のうちを告白します。
紹介する18社には、いずれも輝いていた時期があり、どんな優良企業でも経営破綻のリスクと無縁ではないことを痛感させられます。
最後に、この場を借りて帝国データバンク、東京商工リサーチの皆さまに感謝を申し上げます。信用調査会社である両社には日々の取材でご協力いただいており、本書の編集にあたっても有益な助言を頂戴しました。
では、前置きはここまでに、18社の物語に目を転じましょう。
【目次】