その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はフォーティエンスコンサルティングで長年サプライチェーンに関わり続けてきた笹川亮平さんの『 AI時代のサプライチェーン・エコシステム 価値を生成し続けるジェネラティブSCM 』です。
【はじめに】
サプライチェーン・マネジメントはどこに向かうのか
コロナ禍、地政学リスク、気候変動、サプライチェーンの分断、そして急激な人工知能(AI)の進化。私たちは、かつてないほど相互依存が強まり、変化の激しい世界に生きています。
私は2000年から25年以上にわたり、日本企業のサプライチェーン・マネジメント(SCM)変革支援に携わってきました。この四半世紀の間に大規模なSCMプロジェクトをいくつも手掛けてきました。どれだけ緻密に設計されたSCMも、世界が激しく動いた瞬間に機能しなくなります。ある企業で4年をかけ、150名規模のグローバルSCM刷新プロジェクトを推進していた最中、コロナ禍が始まりました。ロックダウン、港湾混乱、部品の突然の欠品、運べない貨物、人が現場に行けない状況。時間と資金を注ぎ込み、深夜まで議論を重ねて磨き続けた業務プロセスもIT(情報技術)システムも、ほとんど機能しませんでした。現場はExcel、電話、メールに戻り、人海戦術で対応するしかなかったのです。この無力感は、決して私一人のものではなく、サプライチェーンに携わる多くの方も同じ経験をしているはずです。
これまでのSCMではいかに「リードタイムを短縮するか」「在庫を最小化するか」「需要変化に反応するか」を基本テーマとして、業務のサイクル・バケット(管理単位)を細かく、短くすることがある種の定石でした。このSCMオペレーションの実例を弊社の社会人1年目のメンバーに説明した際、こう言われました。
「その業務は果たして、工場の人にとって幸せなのですか?」
本人にとっては何気ない、素朴な問いだったと思います。しかし、私にとっては頭をハンマーで殴られたような衝撃がありました。事実、その企業の東南アジアの工場では、生産管理部門に出向していた日本人の社員が週次の業務を回すために、毎週木曜日に深夜まで働いていました。工場のローカルメンバーからは「そのような業務を続けられるはずがない」とあきれられていたのです。この問いは、「モノ中心のSCM」から、「ヒト中心のSCM」へ発想の転換を迫るものでした。本書を書く動機は、私自身の思いから始まっています。
「サプライチェーンに携わる人が、もっと前向きに、創造的に、主体的にSCMを捉えられる未来をつくりたい」
AIをはじめとするデジタル技術が加速度的に高度化するなか、SCMにおける課題の本質は大きく変わっていません。なぜ、このようなことが起きるのか。私は次第に、テクノロジーの問題ではないのではないかと考えるようになりました。道具は進化しています。しかし、SCMを支えている前提はほとんど変わっていません。
これまで私たちは、サプライチェーンを「計算すれば解ける問題」として扱ってきました。因果関係が比較的安定し、分析を重ねれば正解に近づけるという前提に立っていたのです。しかし今、サプライチェーンは、相互作用が支配する複雑なシステムへと変質しています。需要と供給、企業と企業、国と国、テクノロジーと人間。無数の要素が絡み合い、結果は事後にしか分かりません。
私たちは今、AIテクノロジーが加速度的に進化し、Ambivalence(相反する状況)が同時に存在し、Interdependence(相互依存)が深まり、もろさと強さを併せ持つ関係性が広がる時代に直面しています。AI時代=「複雑性の時代」においては、いかにサプライチェーンをエコシステムとして形成するかが重要です。
混沌の後に、新しい航海が始まる
14世紀半ば、ヨーロッパを襲ったペストは、当時の社会秩序を大きく揺るがしました。封建制に支えられていた仕組みは機能不全に陥り、人々はそれまでの暮らしを失います。しかし、その混乱の中から生まれたのがルネサンスでした。それは誰かが設計した改革ではなく、多様な人々が自律的に動き、相互に影響し合うなかで新しい秩序が生み出された時代でした。「人間中心の世界観」「技術の進歩」「商業ネットワークの発達」は、やがて未知の世界へと漕ぎ出す原動力となり、大航海時代へとつながっていきました。
現代の私たちもまた同じような転換点に立っています。ルネサンス期に発明された活版印刷が知を民主化したように、AIは意思決定や知識創造のあり方を根本から変えつつあります。ペスト後にルネサンスが生まれ、大航海へとつながったように、今、私たちは新しい航海に出る時を迎えています。
2026年6月 フォーティエンスコンサルティング 笹川亮平
【目次】


