その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は荒木博行さんの 『世界「倒産」図鑑 波乱万丈25社でわかる失敗の理由』 です。

【はじめに】

先人たちの苦闘から学びを深めよう

 私は、現在フライヤーというベンチャー企業や自身が創業した学びデザインという会社の経営に携る傍らで、ビジネススクールの教壇に立ち、社会人学生と「経営戦略」という領域についての議論を重ねています。本業としては組織を持ち戦略立案を行いながら、業務が終了した後にその実践的な学びを人に伝える、という「経営と教育の二足のわらじ生活」を続けて既に十数年が経過しました。セオリーを教える立場でありながら、経営の現場ではそのセオリーの実践がいかに難しいかを感じる毎日です。

 さて、ビジネススクールの現場においては、ケースという実際の企業事例を活用しながら、学びを深めていくのですが、使用される事例は国内外問わずどのビジネススクールにおいても、一般的には成功事例の方が圧倒的に多くなります。成功事例というのはハッピーな話なので、関係者はみんな語りたがり、その結果ケースになりやすい。

 しかし失敗事例はその逆で、責任問題やステークスホルダーとの関係などがあり、語りづらいことばかりで、ケースにはなりにくい、というのがその背景です。失敗経験を当事者が冷静に言語化し、それを学習の題材に活用するということはとても難しいものがあります。だからこそ、時として形になる失敗事例のケースはとても大きな気づきの機会をもたらし、私たちの行動を変えるヒントを与えてくれるのです。

 ではなぜ失敗事例を通じて学ぶことの方が示唆深いのか。敢えて言語化をすれば、「失敗することでしか気づけないことがあるから」ということだと思います。ひどい経営であったにもかかわらず、景気の波に乗って短期的な成功を遂げてしまう企業はたくさん存在します。しかし、その成功の途上で「経営の本質的な課題」に気づくことはとても難しい。なぜならば、成功してしまっているからです。

 本書の中でも「売上増は七難隠す」という言葉を引用していますが、この言葉の通り、売上が上がっている時には、失敗の要因につながるものがあったとしても全て水面下に隠れてしまうのです。しかし、やがてはその課題は水面下で肥大化し、企業が失敗した段階で初めて水面上に顕在化してくる。だからこそ、自分たちが成功や成長を遂げている時ほど、先人たちの失敗事例を通じて、その「水面下に潜む課題」というものにあらかじめ思いを馳せる必要があるのです。

 私が昨年執筆した『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑』においても、取り上げた35冊の名著の中で、古典的名著である『失敗の本質』を代表に、『イノベーションのジレンマ』や『衰退の法則』『失敗の科学』などの失敗のメカニズムを解き明かした書籍を数多く含めた理由も、そこにあります。

 失敗はネガティブな事象ではありますが、後世を生きる人間にとっては成功事例以上に貴重な学習材料になる、ということは、経営そして教壇という双方の現場に立つ人間として、強く感じていることなのです。

私たちはいつでも当事者になり得る

 そのような背景から、「失敗事例の言語化」という問題意識が頭の片隅にある中で、「企業の失敗事例のとりまとめ構想」を具体化してくれたのが、日経BPの中川ヒロミさんと坂巻正伸さんです。偶然にもお二人から「倒産のような企業の失敗事例をわかりやすい形でまとめてくれないか」というお声がけをいただき、一気に議論が進みました。

 「企業の倒産というネガティブな事象を扱いながらも、どこか親しみやすさが欲しい」

 「第三者的な批判ではなく、当事者目線での示唆を残したい」

 お二人との議論の末、このような何ともチャレンジングなコンセプトに挑もう、ということで、本書の執筆がスタートしたのです。

 特にこだわったのが、「当事者目線」ということ。つまり、失敗したことを揶揄するのではなく、こんな本を書いている私自身もこのような失敗の当事者になる可能性がある、というリアリティを持ちながら、「今、私たちは何を考えるべきか」という解釈まで含めて執筆する、ということです。

 取り上げた企業は25社。私たちにとって親しみやすい企業を中心に、時代や業界、地域にもできるだけ多様性が出るように選定しています。リサーチは全て公開情報のみにしました。直接取材をしてしまうと、却って書ける情報が限定されてしまうという可能性と、そして何よりも「これから私たちがどうしていくべきなのか」という解釈に重きを置きたかったことが背景にあります。

 もしそれぞれの企業の倒産の経緯についてさらに深く知りたい、という場合は、参考にした書籍や記事を掲載してありますので、そちらをご参照いただければ嬉しいです。

倒産の裏側にある5つのパターン

 さて、では本書の構成を簡単に説明します。

 この書籍では、それぞれ倒産した事例について「どういう企業だったのか」「なぜ倒産したのか」「どこで間違えたのか」「私たちは何を学ぶべきなのか」といった項目に分けて考察を深めています。先ほどご説明した通り、本書の大事なポイントは、「この事例から私たちは何を学ぶべきなのか」ということ。このような失敗事例を、先人たちから私たちへのメッセージと捉え、今日を生きる私たちの意味合いをまとめています。

 そして、倒産企業のカテゴリーは、その倒産原因別に分け、「戦略に問題があったケース」と「マネジメントに問題があったケース」に区分しました。

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 戦略上の問題は、「過去の亡霊」型と「脆弱シナリオ」型に分けています。

 「過去の亡霊」というのは、一度成功した企業が、その成功経験の亡霊に惑わされて、重要な戦略変換のタイミングで二の足を踏んで変われずに倒産してしまったパターンです。『イノベーションのジレンマ』という書籍の通り、やはりこのパターンでの倒産事例が一番多かったことを認識しました。一方の「脆弱シナリオ」型というのは、そもそもの戦略の成功確率が低過ぎて、結果的に失敗してしまったパターンになります。確率の低いギャンブルで勝負して、やっぱり負けてしまった、という事例が中心になります。

 戦略というよりもその運用方法、つまり「マネジメント」に問題があった倒産パターンも数多くあります。

 1つの代表例が「焦り」によるもの。競合との戦いに必要以上に焦ってしまい、一線を越えて加速し、自滅してしまうパターンです。もう1つのパターンが、マネジメントが大雑把過ぎる場合。戦略はいくら正しくても、その後のフェーズで適切な運営ができなければうまくいくものもいきません。そして最後が「機能不全」型。これは、典型的には、トップと現場の距離感が離れ過ぎていて、組織としての機能不全を起こし、それが理由で倒産に至ったパターンです。

 要因が組み合わさっているものが多く、明確に分けられるものではありませんが、敢えてパターン分けをするからこそ自分たちが何に気をつければよいのか見えてくるものもあると考えています。

 また、この本では、「親しみやすさ」という狙いから、私自身の手書きのイラストを挿入しています。企業というものを擬人化し、そのライフラインチャートを描くことで、その企業がどのような変遷を遂げてきたのかを簡単にまとめています。縦軸は売上や利益、株価などではなく、敢えてざっくりと「企業の幸福度」としました。実際に何か具体的な数値にすることも検討しましたが、それぞれ時代なども異なるため、統一的な指標を活用することは避けました。したがって、この点はかなり主観の入ったイメージなのですが、ほとんどの企業で、その直前までの絶頂からあっという間に倒産に至るライフラインの共通項が見えるのではないかと思います。

 さて、それではこれから具体的な内容に入りたいと思います。

 過去の先人たちの苦闘に学び、そしてともに「これから私たちはどうすべきか」ということを考えていきましょう。


【目次】

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