その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は『 SFを科学する 士郎正宗を作るには 』(別冊日経サイエンス)掲載の士郎正宗さんによる「編者あとがき」から一部を抜粋してお届けします。

【編者あとがき】

 本書の記事構成は僕同様のオカルト妄想SF系諸氏や、普段あまり科学誌を目にする機会が無い方々であっても取っ付き易いB級SF風の話題に始まって、進化、ライフゲーム、脳や記憶からAI、AIや人間集団のリスク、意思決定に関わる少し不穏な空気の話題から国内量子コンピューターの話でふわっと希望が香った後、2つの課題から神の話と、不思議なサゲ味の選抜にしてみた。

 「集団の合理的選択」(112ページ)は難儀な話に感じるかもしれないが「現代のクレロテリオン」(122ページ)を合わせて見ると昨今課題の「民主主義のより良いあり方とは?」「人類はこの2000年で進歩&学習出来たのか? 何を成したのか」等を考えるきっかけとして良いと思う。SNSが発達し、偽情報や扇動情報、静戦工作等に日々悩まされる現代であれば、古の「吟遊詩人を都市から追い出せ!」という主旨の言葉が芸術に対する無理解ではなく「好き勝手に神々の物語を吟じ真実(仮)と創作を同列に流布する者達は集団に害をもたらす」との認識ではなかったかと妄想する。

 また、雑誌に緑色の枠が付いた頃から一段と素晴らしくなったレイアウトやグラフィックの力も実感する事が出来ると思う。勿論、雑誌全体像では他にも古代文明や考古学系や恐竜、地学や数学、心理学系、農業技術、環境問題、国際情勢その他に関連する記事も多数あり幅広い分野を取り扱っているのだが、『僕の妄想に関連していそうな』という条件下では選定が狭い範囲に限られる事をお詫びしておく。

 普段よく話題にする蜂や蜘蛛に関しては、別冊の『昆虫王国をゆく』(表紙のシロオビアリヅカコオロギとアリとの2ショットが童話的に可愛い過ぎて近所のスーパーでナスを見る度に思い出す…しかしこれは『オレオレ詐欺』的な犯行現場…)に収録の「エメラルドゴキブリバチは3度毒針を刺す」「昆虫たちの頭の中 AI時代に考える効率脳」「昆虫に心はあるか ハチが感じる喜びと苦悩」等を始めとする記事達をご覧頂ければ良いかと思う(51ページ参照)。

 宇宙関連では別冊の『 太陽系新時代 探査機で迫る生命の起源 』『 天の川銀河130億年 渦巻く星々の進化を探る 』、SF好きな方には特に『 太陽系の外に生命を探す 』が、いずれの収録記事もグラフィックが美しく文も図も親切で大変お薦め(155ページ参照)。昔は太陽系内を飛び交っている小天体(特に地球に落下または接近する隕石に該当するもの)達の話や、地球外生命の可能性を話題にするのは空想・妄想・オカルトの類、以上終わり!といった笑い話的な受け止められ感覚だったが、昨今はようやく安全保障分野や心理学分野で、少しは真面目に捉えて考えてみてもいいかな?的な雰囲気が出来てきたのではないかと、個人的周辺環境を見渡して感じる。

 未だ既知宇宙のほとんどがダークマター&ダークエネルギーと呼ばれる正体不明&我々自身を含む部分は5%程度のみとか、重力も正体不明、既知宇宙の中で最も身近で現時点だとおそらくは最も複雑な構造物の一種である我々自身が有するとされている心や自我や知能や意識も単語の定義不詳&確認困難とか、世の中まだまだわからない事だらけだ。そうした未解明事案山積の迷路を探求・理解・記録・検証・応用などしていくのがサイエンスの役割なら!という事か否か僕ではよく分からないという前提で、日食月食や彗星、地震や雷、ブロッケンの妖怪や棒人間、様々な病気や、ゴリラもダイオウイカも昔は神話やオカルト話だったが、科学的に解明されたり誤認が証明されてオカルトではなくなったのだから、現時点でのオカルト=100%全て永遠に事実無根の妄想というわけではない。オカルトの多くはいつか順次解明・誤認解消されてサイエンスに吸収されていくものと根拠なく期待している。

 とはいうものの…僕が初めて雑誌『日経サイエンス』(敬称略陳謝)を購入したのは、1977年1月号「いんふぉめいしょん」コーナーの虫歯菌の写真を手元に残したくてお小遣いをはたいたのが1冊目だ。正体がわかれば、菌ならいずれ他と同様に抑え込む事が可能な筈!と根拠無く喜んだものだ。1997年12月号「キシリトール耐性虫歯菌が虫歯を防ぐ」を見る頃にはそんな事は忘れていたし、あれから半世紀、歯磨き剤も歯ブラシも(電動歯ブラシも)歯間ブラシもうがい薬も物凄く進んだのに、未だに我が家の周辺500m圏内には3件も歯医者さんがあって繁盛している様子…(単に定期検診や歯列矯正や審美歯科なら良いのだが、たまたまの事例で全体を想像するのは良くないとはいえ待合室にいても結構削ってる音が聞こえるし…)未だに虫歯の無い世界の訪れは遠い様だ…(歯科医の皆さんを嫌っているわけではありません、虫歯を嫌っているのです、すみません)。

 なので、期待していると言いながら、僕が生きている間に全てが解明され対応される事は無いのかなと残念にも思っている。同時にそんな100年かそこらの短期間であらゆる謎が解明されるなどという奇跡も無く、人類の未来にまだまだ多くの未解明事案・挑む事が可能な謎、妄想の対象が存在するのは次世代の人達にとって幸せな事だとも思う。

 にしても、顕微鏡も微生物の概念も無かった時代にこの疾病を『虫歯』と名付けた誰かさんの感性または自然感覚に驚かされる。インプラント治療でも初期にはセンターボルトに該当する部分にアパタイト系の材料を用いる試みを聞いたことがあるのだが、自分の骨に置き換わるまで時間がかかり過ぎるのか、強度が保たないのか理由は知らないが個人的には噂を聞かなくなった。パンフレットや旧メディアCMでも金属製しか見かけない。金属と生体は相性があまり良くない(冠動脈治療で用いられる事があるステント等と同様に多孔質で抗免疫薬剤を帯びていても)と思うのは『しろうと屁理屈』なのだろう(笑)。

 『根拠なく期待している』部分に話を戻すと、「科学の目的は(中略)無限の誤謬にひとつの(“ひとつずつ”とか“順次”の方が好み)終止符を打っていく事だ」ブレヒト氏(カタルシス演劇論批判→異化効果の人。ちなみに僕はカタルシス全否定の過激派ではない。ヘタなので主軸に据えていないだけ)からの引用受け売りがベースになっている。地道な教育…識知率(&質)向上は勿論大事だが、その前に教育機関の中立公正性・不正な介入防止が充分に保てるか否か、社会的圧力と教育成果の関係、等の課題もあるのではないかとも思う…個人的にはサイエンスが相対しているのはオカルトよりも反科学や宗教や政治ではないかと感じる。神が世界を作った(または設計した)と仮定するのであれば、その被造物がどんな仕組みになっていてどう互いに関係しているか等知ることはイコール神の意を知ろうとする愛の行為であり、決して不敬神で邪悪な行為ではない、その為の道具である脳や意思や科学を人に与えたのも神なのだから、ということで宗教そのものは科学と相反しているわけではないだろうと思う。

 また、逆方向から見ると、サイエンス分野がオカルトに忌避感を持つ気持ちも分かるのだが、非合理や非科学・非思考はともかく、若い学生や異分野の未科学や科学不足までを「しろうと理論」と十把一絡げに否定するよりは、シチズンサイエンスの普及に努めて頂いた方が前向きで良いのではないかと思う。あと、娯楽妄想分野に関しては緩目に見て頂けると有難いのだが…。

【目次】

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